第23話 PDCA回して良いですか?
「まあ、結果として的確な判断だったね」
『嗤うヒツジ亭』の奥にある、簡素な寝室。
マツモトから事の顛末を聞いて、ミシュアは穏やかにそう言葉を繋いだ。
「急性の『マナ欠乏症』には、マナのポーション飲ませるのが一番の特効薬だからねぇ」
言いながら、傍らに横たわるシュカの額を優しく撫でる。
少し前までの苦しげな表情が嘘のように、すやすやと寝息を立てていた。
……シュカが突然倒れた時。マツモトは咄嗟に、持っていたポーション粉末をありったけ水筒に流し込んで、シュカの口に含ませたのだ。
何故そうしたのか、自分でも分からない。ただ水を飲ませるよりは、効果があるかもと期待したのか。
とにかく。マツモトはもう、居ても立ってもいられなかったのだ。
自分の不注意で、自分が命を落とすのならまだ良い。だが──この何の罪もない少女を。
母親想いで少し恥ずかしがり屋の、未来ある少女を死なせることだけは、したくなかった。
「……俺の責任だ」
「まだ言ってんの? もう大丈夫だってば。良いじゃん、二人とも無事だったんだからさ」
ミシュアがいくらフォローしても、マツモトはうなだれたままだった。握りしめた拳が小刻みに震えている。
顔を上げることが出来ない。文字通り、シュカに合わせる顔がない。
ミシュアは溜息をひとつ吐いて、シュカの額に冷たいタオルを載せた。
「……"ヒィトランペイジ"、だっけ? 中級の詠唱術を、それも2回も! こんな小さな子が……無茶しすぎだよねぇ」
「俺が森になんか行ったから……」
「多分、この子も無茶だって分かってたと思うよ。分かってて無茶したんだよ。お兄さんを助けるためにさ」
自分のために。自分なんかのために。
何もかも失い、孤独に生きていくはずだったこの世界で。
自分のために命を賭けてくれる人がいる。それがどれほどありがたいことか。
マツモトが顔を上げたのと、シュカが薄目を開けたのは、ほぼ同時のことだった。
「ん……マツモトさん……」
「シュカ……!」
マツモトの姿を認め、シュカはにこりと微笑みを返す。
だがその直後、再び彼女は目を閉じて、眠りの世界へと落ちていった。
「マナ欠乏症特有の、半覚醒状態だよ。心配しないの」
「そうか……」
「ああ、それから良い知らせがあるよん」
ミシュアはそっと、シュカの額に手を伸ばす。
額に浮かんだ大粒の汗を、タオルで一粒一粒、丁寧に吸い取った。
「お兄さんの精製したマナのポーション、結構売れ行きが良くてさ。なんなら他の店からも、『ウチにも流してほしい』って言われてて……そんなわけだから、当面はあればあるだけ買い取ったげる」
「本当か!?」
「……ああでも、1万本とか持ってこないでよ? 流石に買い取れないからさぁ」
冗談めかした口調で、ケラケラと笑うミシュア。つられて、マツモトの表情にも笑みが浮かぶ。
「シュカを頼む」と言い残し、マツモトは酒場を出た。
ミシュアに任せておけば問題ないだろう。自分がここに留まっていても、出来ることなど限られている。
それよりは──ポーション精製に少しでも時間を費やすべきだ。
ようやく自分らしい、合理的な考えが戻ってきたな。
マツモトは自分でもおかしくなって、独り笑いを漏らすのだった。
*
結局、森で集めたブラッドベリーは、鞄を引き裂かれた際に落としてしまったらしい。
持っていたポーション粉末も全て使ってしまったが、幸い残りはアトリエに保管してある。
今後の精製スケジュールとしては、やはりマナのポーションを軸に据えるべきだろう。
その上で、『疲労回復』の代わりに『解毒』を隙間時間で精製出来ないだろうか。
マツモトはそう考えて、解毒のポーションの原料を買うことにした。
精製手順は、既にマナのポーションで経験した作業が殆どだ。
アマーラルートをすり潰す作業に時間が取られそうだが、それ以外で問題となりそうな工程はない。
ただし、結晶の目利きに関してだけはどうしようもなかった。
「シュカがいてくれればな……」
思わず口を突いて出た呟きに、マツモトは苦笑いする。
いつの間にか、シュカをここまで頼りにしていたとは。
シュカや、ミシュアだけではない。
『アナザー』に来てすぐ、声をかけてくれたサイトウさん。
日本人共済の人々。薬屋の店主。マツモトの精製したポーションを買っていってくれる人達。
独りで生きているつもりでも、知らないうちに、これだけの人から支えられている。
本当は、日本で生活している頃もそうだったはずだ。社会に出て企業に勤め、給料を貰ううち、そんなことは一切考えなくなってしまった。
これが、社会に生きるということなのかもしれない。
マツモトはフッと笑い、自分のアトリエへと足を向けた。
#異世界人『マツモト』
13日目・収支……
-60,000レナス (ポーション原料代)
-1,440レナス (食費)
残金 390,030レナス
所持品……
疲労回復のポーション:150本(-100)
マナのポーション:300本(-100)
原料セット(疲労回復):21/30
原料セット(マナ):20/30
原料セット(解毒):29/30(-1)
添加剤:10/30(-1)
薬学初級マニュアル
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます