第3話 制度説明してもらって良いですか?

しかし15万の見舞金と聞いても、それを手放しで喜ぶほど松本は短絡的ではなかった。

国の方針だとしても、最低限の破綻しないようにするルールはあるはずだ。それを確認しておかなければ。


「それで、俺がニホンから来た異世界人だってことはどう証明すんだ? もしかしたら既に見舞金貰ってるのに、何食わぬ顔で2回目貰おうとする奴がいるかもしれないだろ?」

「お兄さん、妙にそこ深掘りするね……心配しなくても大丈夫。おたくらニホンジンが作った『キョーサイ』のお陰でね」


キョーサイ? 聞き慣れぬ単語の連続で疲弊した頭でも、その単語だけは即座に脳内で変換することが出来た。


「……共済か?」

「そ、お兄さんの身元確認はニホンジンキョーサイがやって、キョーサイが国に申請すんの。国は見舞金をキョーサイに支給するだけ」

「そんなもん、いくらでも偽装出来るんじゃ……」

「ニホンジンが、そんな端金のために『信用』を犠牲にすると思う?」


女性はにまにまと笑っている。なるほど、それはぐうの音も出ない。

この異世界の地においても、こうして日本人が信用を勝ち取っていることに、松本は感動すら覚えた。


「しっかしまあ、試験前からここまで聞いてくるのは珍しいねぇ。お兄さん、かなーり変わり者じゃない?」

「いや、どこにでもいる普通の社会人だけど……それを言うなら、君もなかなかだと思うが」


特にその服装とか、とは言わなかった。

すると意外にも、女性は一層ケタケタと笑い始める。


「あ、やっぱり分かっちゃう? 実はさ、私ここの職員じゃないんだよね。受付の人が病気でぶっ倒れて、その助っ人ってワケ」

「ああ、道理で……」

「ホントは裏の酒場でマスターやってんの。『嗤うヒツジ亭』のミシュア、今後ともよろしく~」


そう言って女性──ミシュアは立ち上がり、松本に手を差し伸べる。

松本は快くその手を取り、握手を交わした。その際、ミシュアのはだけた胸が視界に入らないように、さりげなく手の位置を調整した。

ビジネスの話をしているのだから、よこしまな感情は1ミリでも入れるべきではない。


「んじゃ、改めて早速試験の方やってくよん。とりあえずこの書類に記入……って言っても、身元不明じゃ書いても意味ないか」

こっちで書くから良いよ、とミシュアは用紙を取り出す。


「お兄さん、名前は?」

「松本です」

「オッケー、マツモト……と」


用紙の最上段に、『マツモト』とカタカナで記入されるのが傍目で分かった。

こうして松本……もとい、マツモトの『アナザー』での第一歩、ライセンス試験が始まったのである。




簡単な適性検査だと聞いていたのだが、試験は実に3時間を要し、結果を通知されるまで更に1時間かかった。

数学的知識の問いが出題されたかと思えば、知るはずもないこの世界の社会情勢、体力テストまがいの試験もあったし、延々と流れる豆粒を数えさせられたりもした。

外はすっかり暗くなっている。マツモトは空腹を感じ始めた。

これが夜でまだ良かった。昼食は定刻に取らないと耐えられないが、夜は残業をするためどれだけ遅くても問題ない体質になっている。


「はいお待たせ。試験結果出たから開示しますね~。これどうぞ」


ミシュアから数枚の紙を受け取り、上から順にざっと目を通す。

戦士、闘士、銃士、魔導士、召喚士……いずれも『不適格』と横に書き添えられていた。


「上の方は、体力テストに問題あった感じ?」

「ぶっちゃけそうだね~。基礎体力も魔力もほぼゼロ。まあ、魔力はニホンジンだから仕方ないけどね」



その後も『不適格』の文字がずらりと並ぶ。学者関係が不適格なのは、社会知識が不足しているためか。


しかし、それにしても。こうして改めて不適格と評価されると、自分が如何に平凡であるかを痛感してしまう。

これは何も異世界だからではない。FPしかり、宅建しかり、簿記しかり、それぞれ資格を取るために勉強を積み重ねなければいけない。

勉強しなくても資格が取れるほど、自分は優秀ではないし、出来ることなどたかが知れているのだ。

日本だろうが異世界だろうが、自分には特別評価されるような才能など無い。慣れ親しんだ会社での業務が無性に恋しくなった。


そんなことを思いながら読み進めていくと、徐々に『適性あり』の文字が見受けられるようになってきた。

整理収納アドバイザー、硬筆書写、暗算。「それどんな役に立つんだ?」と言いたくなるようなライセンスも時に混ざっている。

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