第14話 ヒアリングしても良いですか?
マナのポーション精製に必要な工程は、疲労回復のポーションに比べてかなり多い。
だが、そのひとつひとつはマツモトにも可能な作業だ。着実に一工程ずつ、ミスなく作業を行えば問題ない。
マツモトはアトリエに戻るなり、買ってきた原料を綺麗にテーブルに並べた。
そして結晶を1つ手に取り、筋を確認してから工具で分割する。
「わっ……」シュカは軽く声を上げた。
「ちょっと離れててくれ、怪我したら良くない」
手元から視線を外さず、マツモトは慎重に結晶を器具に固定した。
最初の工程は疲労回復のポーションと同じ手順だ。
温度を一定に保ち、相転移を起こしたタイミングで成分を抽出する。
1時間から2時間かかるのも同様で、結晶によって最適な温度設定が異なる点だけは注意しなければならない。
「ちょっと聞いても良いかな?」
マニュアルを開いて以降の手順を確認しながら、マツモトはシュカに尋ねた。
「は、はい。なんですか?」
「シュカちゃんはどういう種族なんだ? この世界、割と色んな人種がいるように見えるんだけど」
「……えっと、言っていることが……よく分かりません」
マツモトは手を止めて、シュカの方を見やる。不思議そうな顔で、マツモトの言葉を読み解こうとしている様子だ。
「あー、言い忘れてたな。俺は『ニホンジン』なんだ」
「えっ!? ニホンジンってあの……こことは別の世界から来たっていう……?」
「そうそう。4日前にこっちに来たばかりでさ、まだまだ慣れなくて。変なことを言ってたらごめん」
「い、いえっ! こちらこそ、そうとは知らなくて!」
慌ててぺこぺこと頭を下げるシュカ。
感心したように溜息を吐いて、マツモトをじっと見つめる。
全く知らない世界に、突如飛ばされてしまったマツモトの境遇。その苦労は想像しようにも、シュカの人生経験では想像しえないものであった。
「……マツモトさんは凄いです。まだ4日目なのに、ミシュアさんからもプロとして認められて……」
「まだまだだよ。生活するために必死なだけさ」
「そんなこと……あ、私の種族のことでしたね! 私、レッサーなんです」
聞き慣れない言葉だ。マツモトは眉を顰めた。
小さいとか、劣っているとかいう意味の単語だが、それが種族名になっているのだろうか。
訝るマツモトに気づいて、シュカが説明を付け加えてくれた。
「両親が別々の種族で、半端な特徴しか出てこない子どものことをレッサーって言うんです。私の母は獣人種で、父が異人種なんですけど……私は母の遺伝で、尻尾くらいしか出てこなくって」
「ほー、そういうこともあるんだ。シュカちゃんみたいなパターンって、よくあることなの?」
「はい、多くは無いですけど」
レッサーが生まれることを理由に、異種族間での婚姻を忌避する地方も未だに存在するらしい。しかし、レッサーであっても成長過程で問題になることはない、というのが近年の定説だそうだ。
なるほど、とマツモトは相槌を打つ。質問が終わったのを見計らって、シュカは微笑みながら言った。
「よければ、マツモトさんの『ニホン』の話も聞きたいです」
「日本の話? ……良いけど、面白いかどうか」
文化の話、食事の話。マツモトは日本のことを掻い摘んで話した。
シュカはうんうんと頷きながら、興味深そうに聞いてくれた。
異世界への憧れ。そして、マツモトに対する尊敬。シュカの瞳が燃えるような輝きを帯びていくことに、マツモトは気付かなかった。
そんな話をしているうちに、いつの間にか1時間が経過していた。
相変わらず、相転移についてはタイミングが今ひとつ掴めていない。シュカなら何か分かるかと思ったが、相転移ではマナ自体が変化するわけではなく、注意深く観察しても気付くかどうかということだった。
試しに結晶をカットしてみると、内側の色は明らかに変化している。最初に買った結晶のようにまばらではなく、全体的に色づいているのだ。
シュカの目利きのおかげだろうと思いながら、マツモトは次の工程に移った。
溶剤で結晶を溶かしていくのだが、今回はそこにひと工夫が必要となる。
購入した薬草で作った溶剤が2種、通常の溶剤を1種、計3種の溶剤に結晶を浸す。
それぞれの溶剤で溶け出す成分が異なる。最初の薬草溶剤で不要な成分を抽出し、残りの溶剤で必要な成分を取り出すのだ。
この作業にかかる時間が約3時間。最初の溶剤は浸しすぎると必要成分まで溶け出してしまうため、その見極めが重要となる作業だ。
不要な成分のみを抽出し、必要な成分を残すためには、薬草の分量が肝心となる。
結晶を浸す時間も溶剤の濃度によって変化するため、精確な調合技術が問われる。
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