夢の終わり

 ただ泣き続ける俺におろおろしている船長の姿が見て取れるが、その間に甲板に降り立つ仲間が2人。


「お疲れ様です。総長」

「お疲れ、ボス。星鯨は朝日に消えていったよ。この喧嘩、うちらの勝ちだね」


 全部終わった。悪夢も正夢も日が登れば、幻の様に消えていく。自分の体を動かしていた気力や心の力みたいな類のものも。どっと疲れが出てきた俺は腕で顔を隠しながら、片手をあげて返事すればその手を掴まれて背負われた。


「よっと、へーき?乗り心地に文句言わないでくれたまえ」

「ヘロンさん!? 生きてたんですね!! というか何して?」

「全身疲労で動けないでしょ。回復させてあげるから、大人しく外にでたでた」


 重たすぎる瞼を頑張って開ければ、ちらほらと見知った顔が雲に浮かぶ島で高らかに勝利の歓声を上げていた。そこに連れていってくれるのだろう彼女の背中に黙って揺られながら、俺はそこに感じたことのない安らぎを覚えていて。


「ところで、重たくないです?ヘロンさん」

「重いに決まってんじゃないか。こんだけ重たくなるとか、何を食べてたのかな? カップ麺ばかりじゃないかい?」

「まあ、そんなとこですね。降りましょうか」

「いや、いいさ。今はさ、この重さを感じてたいんだ。ほんと………重たくなったね」


 背丈が低い分、俺の足が地面に擦れている。八咫烏の面々が俺に気づいて、彼女に変わろうと声をかけたが俺は黙って首を横に振った。懐かしむ様に、悲しむ様に、小さく溢した涙を見ないふりにして彼女は一歩一歩、船へと近づいていく。


「本当、死に急ぎ野郎なんだから、大将は」


 出迎えたのはあまりにも懐かしい面々達。やんちゃしていた頃の面影のまま、肩を抱き、ジョッキ片手に騒ぐ馬鹿達だ。


「ああ、助かったよ。鷲宮。最初からこうすればよかったのにな」

「かもな。でも、譲れないもんがあった。だからこうでもしなきゃ折り合いなんざつけられなかったんだよ」


 鷲宮の自嘲気味の言葉に肩に拳を入れてやれば、寂しそうに笑った。それ以上の言葉はなく、彼は昇る朝日に消えていき、それを切っ掛けに仲間たちも旭光に照らされて現実の世界へと帰っていく。

 俺達の帰る時間ももうすぐかもしれない。残る懸念は後1つだけ。それがわかっているのか、彼女は檸檬色の欄干を撫でて寂しそうに笑った。


「さあ乗りなさいってば。時期に朝が来るからそれまでに元の場所に帰さないとね。アンタらに久しぶりに会えて良かっ──」

「良かねえよ。セイ、お前船を降りろ」


 そう言われると思っていたのか、彼女は嫌そうにため息を吐く。分かっていたが、彼女はどうしても船長をやめられない理由があるらしい。


「そうね。最後に少し話しましょうか。シン」

「っ!? お前、記憶が戻って!!」

「タカもルリも少し離れてくれる? 時間はあんまりかけないから」


 2人も驚きのあまり言葉が出なかったようだが、黙って船に乗ってくれた。残された俺と彼女は雲の島で向かい合い、朝日に照らされた彼女の姿を目に焼き付ける。生きて動いている。子供だけれど、成長した彼女の面影が確かにあって。


「何よ。邪な目で見て。えっち」

「見てねえよ。色々考えてただけだ。たまたま後輩のおまじない試した挙句、それが人体腐敗化症候を防ぐために行動するようになるとか、夢かよ。夢だわ」

「ふーん………ま、あの後輩可愛いもんね〜。大型犬みたいに構って構って〜!って懐いてくる姿、悪くなかったんでしょ? へんたい、すけべ」

「何だよ、妬いてんのか?」


 言葉のやり取りに懐かしさが灯る。夢のような時間だとわかっていても、抗えない言葉に俺は笑いながら、彼女の怒ったような口調を待って、


「──悪い?」


 耳を疑った。まさか別の人間じゃないか、と辺りを見渡すが誰もおらず、こちらを向かない彼女の黒髪から覗く耳。それが林檎のように熟れているのを見て、片手で顔を覆う。


「心臓が痛くなるから、そういう隠しデレやめろって………」

「で、デレてなんかないわよ、バッカじゃないの!?」

「そうだな。俺たちにとっては恩人の一番星だけど………お前は隼の事が好きだもんな」

「アンタの頭に風穴開けたら、物覚えよくなるかしら?」

「情緒不安定にも程があるだろ!? だいたい、隼にデレデレしてたのお前だからな!」

「アレは私の記憶を分割した上に隼の妄想が加わった私のラブドールでしょうが!! つか、アンタを鷲宮の悪夢から救ったの覚えてないわけ!?」

「覚えてますがー? 眠れるお姫様みたいなデレ方したお前のな!!」

「悪かったわね、ロマンチストな面倒臭い女で!」

「そこまで言ってねえよ!」

 ひとしきり言い争って両者共に大きく息を吸って、吐いて。

「うん、余計な言い争いはやめよう。無駄に恥ずかしくなる」

「そうね、そうだわ。変に意地張ると面倒臭いってこの5年でよく分かったからね」


 向き直り、両者欄干に寄りかかって星を見る。次に言葉を告げたのは彼女の方からで、

「ずっと見てたよ。私がいなくなってからの生き方。随分と不器用な生き方したわね」

「死んで報いようとしたんだけどな。隼の奴に呪いをかけられたから仕方ない。丈夫な体を歯車で擦り潰す、そんな生き方が罰になると思ってた」

「寧ろ、私への罰にしかならなかったわよ。アンタの夢に私が出てもアンタは私を弱い自分が見せた幻としか想わないし。私から逃げるにしてももうちょいやり方なかったの?」

「セイを壊したくなかった。否定して欲しかった、全部を。お前から逃げて、俺が知らないところで幸せになって欲しかった。もう、お前は自由だって………言ってやりたかった」

「勝手にアンタは自由だから、隼と幸せになってね?とか言われて、はい!そうですね!ってなる馬鹿はいないでしょうが」


 ごもっとも。結局、俺は彼女に出会ってから彼女の人生の枷にしかなっていない。そもそも出逢わなければ良かったんじゃないかと思うほどに。


「アンタはなんか勘違いしてない? 私がいつ、アンタらのせいで不自由だなんて言ったのよ。寧ろ謝るのは私の方」


 だけど彼女はそんなことさえ笑い飛ばすようにこちらを覗き込みながら、そう言って。


「ごめんね。アンタの人生縛って。アンタこそ私の事を忘れて………あの後輩でいいから幸せになって欲しかった。アンタが泣いている夜も、私はアンタは涙さえ触れないのに」

「謝るのは俺の方だよ、セイ。すまなかった。お前の手を掴めなかったあの日をずっと後悔してきた。嫌いになって、忘れても構わなかった。何処でもいいから笑っていてほしかった」


 漸く言えた謝罪の言葉を彼女は噛み締めるように受け止めて、隼のように拒否されて、引き金を引かれることを予期して、


「──貴方を赦すわ、シン」


 絶対にそうならない事がわかっていた自分が情け無くなる。俺はずっと彼女に甘えてばかりじゃないか。許してもらって、ほっとしている自分の姿は醜いとしか言えないのに。


「って言っても、アンタは自分を許せないでしょ? だから罰を与えるわ。アンタの命と引き換えにね」


 彼女が囁いた。息が掛かるほど近くで、悪魔の契約とも呼べそうな甘美な声に。俺は頷いて、彼女の方へ向き直り、


「──そうか。ありがとう。何をすれば」


 息がかかるほどの距離ではなかった。息すら二人の間を遮れないほどの距離。

 顔を寄せていた彼女の瞳に映る自分は戸惑いを浮かべ、体を硬直させていた。互いの息遣いが絡み合い、息を詰め、強烈な熱の前に何をしてるか、理解する。

 柔らかな唇。触れ合うだけの行為。

 交わした熱が君に伝わればいいと、数十秒の交わりはどちらともなく、唇が離れた。


「私のモノになってよ、鴉間真」


 触れ合っていた顔が離れて、互いに息をすることすら忘れて見つめ合う。上気した頬。潤んだ瞳。彼女の瞳に映る自分も、蕩け切った顔をしている。


「アンタの人生。全部私が奪ってあげる。生殺与奪も私のものだから、勝手に死ぬなんて許さない。私の許可なくして、アンタは不幸になんてさせてやらないから」

「だけど、それじゃあお前は不自由なまんま………お前は現実に帰れないんだぞ!?」

「"自由"になる価値がなかった私の手を引いて、人生の鳥籠から出したのは何処の誰? 自由の尊さを知って、それを私の好きにしていいなら私はアンタの為に使ってやりたい」


 まだそこに残る感触を確かめるように柔らかな唇をなぞって、その熱すら失わないように彼女は舌で舐め取りながら。


「ね? だから帰りなさいって。別に一生の別れになるわけじゃあるまいし。月一くらいでは間違いなく会えるわよ。織姫と彦星よりかは密度高いわよ」

「そうじゃねえ………そうじゃねえって!どうにか、どうにかならないのか!?逃げるわけには………行かねえよな」

「夢を叶えるには諦めない姿勢が大事だけど、それでも現実と折り合いをつけなくちゃならない。嫌というほど、現実を見た上でこそ、人は夢を叶えた世界に行けるって貴方なら分かってるでしょ?」

「でも──っ、く、どうにかならないのか」


 嗜める様な言葉に納得よりも込み上げてきそうな激情を、舌先三寸で飲み込んで絞り出した声に、セイは諦めた様に首を振って。


「どうにかするのは簡単よ。私が船員に帽子と海賊を譲ればいい。今回ならアンタらね。でもアンタらには私は絶対に渡さない」

「何でですか?オレ達が悪用すると?」

「アンタまで頭が可愛くなったの、鷹見君?アンタらには私は幸せになって欲しいの。、恋人が死なないタカ、病気が完治したルリ、夢を取り戻したシンの3人に私は笑っていてほしいのよ」


 もう結論が決まってるような推し問答だった。セイは残って、夢の世界を管理する人柱であり続ける。責任感が強い彼女だ。今回の事件も踏まえた上で、きっと彼女が他人に譲る事はないのだろう。


「さあ、帰るわよ。シン、毎月ちゃんと会いに来なさいね?浮気したらすぐに夢で──」

「………最後に、聞かせてくれ。現実に帰りたくないのか?」


 船を浮かばせようと動く彼女を手で制し、俺は唇を湿らせ、足りない頭を必死でめぐらせてセイと交渉を続けようと試み、出たのはあくまで相手の温情に縋るかのような女々しい言葉。


 それを聞いたセイはかすかに躊躇う様に瞑目して、


「帰りたくない………わけじゃない。でもね。アンタが自分を擦り潰そうとしてたみたいに世界には必要な歯車があるってわけ。良く言うでしょ?世界の為に、少女を犠牲にする覚悟はあるかって」

「そんなもん、あるに決まって」

「だから言わない。アンタ、絶対やり遂げるもの。だから妥協点。現実で私を忘れて結婚して、夢の世界で私と浮気みたいなインモラルな関係でもいいわよ。ほら、男の子なら憧れるでしょ?」


 剥き出しの気概を彼女は知ってなお、答えを変える事はない。自分なんかより、彼女の方がよっぽど覚悟が決まっているのだ。

 情けなさに打ちひしがれる。無力を認めさせ、無知さを押しつけ、不甲斐なさを強要し、無茶な無謀な無様さを嘲笑っていく、腐った感情が渦巻くけど、それを口にしてはならない事は俺でも分かった。


「そんな関係より──俺はお前と一緒にいたいんだよ。俺の一番星。お前のおかげで生きてきたんだから」

「私もよ──愛しい私の太陽。アンタのおかげで私の人生は最高に自由だったもの」


 交わした愛言葉に船が浮上。事実上の交渉の打ち切りだった。叶えられない願いもある。流星に3回祈っても叶わない様な無常さがあるって事は嫌でもわかっていた筈だ。


 望みが全て叶うはずがない。だとしても、いつか必ず俺は彼女を助け出す。これからの人生はそれを考えて、


「星空。僕が船長になるのはダメかな?」

「──は?」


 思考を邪魔されたのは、ある男の言葉だった。そいつは臆病者で、だけど妹思いのオウム。


「………何が望み?」

「大したことじゃないさ──妹の幸せを応援したい」


 彼は自分を売り込んだ。妹の為に自分が犠牲になる。そこにどんな欲望が入り混じっているか俺たちには分からないが、彼女の目に侮辱が滲まないという事は純粋な願いなのだろう。


「アンタ、分かってる? ここで私と変わればアンタはずっと病院のベッドから逃げられない。アンタが望んでた外の世界を思う存分に走り回ることも二度と叶わないのよ?」

「星空も分かってない。両親は捕まって、心臓のドナー提供は順番待ちになった。それを待っていたら、多分僕はこのまま死ぬ。それなら、この夢の世界で僕は夢を叶えたい」

「そう……交換条件って訳? 私は現実で幸せになる。兄さんは夢の世界で夢を叶えるってこと?」

「そう。互いにwinwinじゃないか?」

「パロット、お前………本当にいいのか?」

「ああ。僕はむしろ現実では死ぬ運命にしかない。だけど、星空の世界を維持するためなら体が腐敗した状態で維持される。家族も友人も僕にはいない。それなら夢の世界でのんびりするさ」


 あまりにも都合の良い提案に、俺は思わず声を掛けてしまった。彼はこちらを一瞥し、柔らかい笑みでこれからの展望を楽しみに語る。


「ただ、入院費をかけてしまうのは申し訳ないね」

「そんくらい受け入れてあげるわよ。私の旦那がすぐにでも日本一になるからね。それじゃあ来月のレモンムーンに船に乗りなさい。アンタの覚悟試すから」


 それはある種の決着だった。問答を終えたパロットさんに俺はただ頭を下げた。この恩は忘れないために、彼自身の夢だとしてもセイを助けてくれたことに変わりはないのだから。


「星空を頼むよ。もう、彼女は自由だ」

「任せてください。彼女を二度と手放したりしませんから」


 問題があるのは俺たちも当然。だけれど、彼も今度は正しい道を歩めたのだ。俺たちも彼を見習って生きていかなくては行けない。


「さてと鯨に食われた夢も取り返したし、人体腐敗化症候も収まるでしょう。後はアンタらを部屋に送るだけ。一番近いのは………アンタの部屋か」


 外を見れば、見慣れた朝の景色がそこにはあった。木造25年の安アパートの開いたベランダ。煙草の灰皿が残った窓にタラップが伸びる。


「ほら、さっさと降りなさいってば。完全に朝が来る頃には戻らなきゃ行けないんだから」

「蹴るな、蹴るな!恋人を足蹴にするな!」


 ベランダから服が散らかる部屋に転がり込み、窓から檸檬色の空飛ぶ船を見上げた。原動力がわからずに浮いたままの船首から船長は顔を覗かせて、


「さてと、最後にひとつだけいいかしら?」

「ああ、どんな?」


 顔色を変えて、セイからロビン船長へと切り替わる。シニヨンを帽子に入れて、出会ったあの夜の姿のままに、彼女は問う。


「泡沫の夢を旅する船長のロビンが問う──楽しかった?星空が夢見た世界の旅は」


 それに対して、俺は当たり前だとばかりに頷いて。


「ああ──楽しかったよ、船長。何たって、夢を取り戻す旅だったんだから」


 答えた先に、もう海賊船はいなかった。透き通るような青空が何処までも自由に広がっている。好きな場所に行くといいと言っているように。


「さて、まずは………退職連絡を入れますか」


 俺は何処にだって行けるのだ。こんな辛い現実でも、叶えたい夢があるならば。


 25


「って話だ。信じるかはお前次第。どうよ?」


 あの夢から1ヶ月。俺は刑務所にいた。訂正を入れるが、何か悪いことをやらかしたわけじゃない。ただ俺は面会をしに来ただけだ。


「信じるよ、大将。じゃなきゃ、良心の呵責に耐えられずに自白なんてするわけなかったからさ」

「………罪状、1年だってな。しかも猶予なしか」

「初犯だけど不良上がりだしね。そこは受け入れるよ。意外と短く済んで良かったって思ってるよ」


 アクリル板で仕切られた壁の先、すっかり草臥れた鷲宮が座っている。豪華な生活に慣れた鷲宮には刑務所はきついのかもしれないが、


「なんか雰囲気変わったか?鷲宮」

「それを言うなら大将こそ。今は俺が好きだったあの頃のままだ。アクリル板がなければ今すぐ監禁したいくらいに」

「やっぱりお前、牢屋から出てくんな」


 付き物が落ちたような晴れやかな顔で笑っていた。今のこいつなら、構ってやってもいいほどに。暫く話し込んで、刑務官の合図があって面会を終了する。


「じゃあ、俺は行くよ。しっかり罪を償えよ。そしたら、またラーメンでも食いに行こう」

「うん。皆にもよろしくって言っといて」


 部屋を出ていく中で、鷲宮が口にした彼女の呼び方に彼の精神がいい方向を向いていると実感しながら、俺は外へと足を進めていく。


「そこのイケメン、車に乗ってく?今なら一万で1時間!」

「病み上がりが無理すんなって」

「ははは、轢き殺されたいのかな??」

「俺に向けて、エンジン吹かさないでくんないかな!?」


 刑務所の外、待っていたのは黒のアウディ。左ハンドルの運転手の男はそれを容易く操りながら、車を寄せて助手席の窓から赤髪の女性が顔を出す。


「お疲れ様です、総長。鷲宮はどうでしたか?」

「今だにお嬢、ぶっころって感じ?」

「いんや。だいぶ丸くなってたよ。あれなら、三羽烏の雑用なら任せられるんじゃね?」

「ありですね。犯罪者でも働けるパルクールチームって広めるのもありかもしれません」


 そのまま助手席に座れば、車が発進する。流れゆく、景色を見ながらタカとルリと雑談を交わして、目的地迄待つ。


『ニュースです。人々を苦しめていた人体腐敗化症候はこの1ヶ月で鎮静しており、今後どうなるかを討論して行きたいと思います』

『昨日逮捕された、病院内で患者にセクハラ行為をした疑いのある研修医の隼──』


 ラジオから流れる世相が、あの夢が現実だったと伝えている。紛れもなく、俺たちは世界を救ったのだと感慨深く頷くには少し、気恥ずかしくて。ついつい、ラジオを切り替えてしまう。


「そういえば、2人はどこに行ってたんだ?」

「ああ………それは、アレですよ。衣装作成依頼と言うか」

「まどろっこしいなぁ。ボス。うちとタカは結婚しますっ!友人スピーチお願い!」

「うおっ、マジか………マジか!って事はウェディングドレスのデザイン依頼って事だな」


 幸せそうな2人がミラー越しに薬指に嵌められた指輪と態度にこちらも釣られて笑っていれば、車が速度を落として停車する。


「さあ、ついたよ。真。うち達は近くのカフェでお茶兼打ち合わせしてるから?2時間後でいい?」

「生々しいわ。30分くらいでいいよ、ありがと」


 目的地に着いた俺は車を見送り、俺は入口を潜ってロビーに向かう。ロビーの受付では清潔感に溢れた女性が、書類をまとめている姿が見えたので、声をかける。


「すみません。駒鳥星空さんの面会に来たんですけど」

「はい。それではこちらにお名前をお書きください………はい。鴉間真様ですね。少々お待ちください」


 名前を書いて返して、彼女がいる………病院内部の椅子に座って待つ。久しぶりに来た病院は何故か普段よりざわついているようで。


「ねえ。看護師さん。隼くんはいないの?」

「申し訳ありませんが、隼さんは現在体調を崩しておりまして………」

「やだぁ。隼くんに会うために通院してたのよぉ!」


 看護師と淑女の会話に知ってる名前が出た頃に自分の名前が呼びだされ、彼女がいる病室まで案内された。


 自然と息を詰め、足音を忍ばせる。おそらくは大声で歌いながら、入室しても室内の様子は変わらない。それは今までの話、今からとは話が違う。1ヶ月、毎日足を運んでいた。光景は何一つ変わり映えはしなかったが、無意識に静寂さを保ちたかった気持ちがこの部屋にはあった。


 ゆっくりと扉を開く。穏やかな日差しの中で、変化が見受けられない無機質とも呼べる部屋の中、ただ一つ違う光景がベッドから体を起こした女性の姿。

 長年眠っていたせいで痩せこけた頬や腕。病院服から覗く彼女の姿は痛々しいけど。


「セイ」


 窓から空を見ていた彼女が呼びかけた声に反応して、こちらを向く。確かに体は痩せていた。だけど、青く輝くその目だけは生きる気力に溢れていて。

 彼女は俺を見て、僅かに息を呑んだ後に帽子の鍔を指先で押し上げるような動きをして、笑った。


「よお、新入り。次は──どんな夢を追いかけようか」

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星空が導く海賊船~星の鯨と鴉の旅立ち~ 不思議の国のルイス @soramakoto

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