その男の名前は
「さあさあ! 飲んで食べろ! お前たち!!」
煌めく天の川を流れるように星空の海賊船は旅を続ける。星の煌めきに負けない檸檬色の甲板では、静謐な夜に似合わないどんちゃん騒ぎ。
駒の鈴、星鯨を倒すために必要なアイテムを手にした宴だ。たった5人それでも星空の下でワイガヤするのは楽しいもので。
「レモンカードに、レモンケーキ、レモンタルト………飲み物はレモネードかレモンスカッシュ、レモンサワーオンリー?」
「はぁ? レモン美味しいじゃない。なんか文句あんの?」
「海賊らしさ0だからな! 豪快な肉! 新鮮な魚! 腐りかけのパンとかねえの!?」
「うちは、最後の食べたくないなぁ」
ただ、全メニューがレモンお菓子縛りなのは勘弁して欲しい。まるでスイパラに来たようで、自分が海賊だと言うことを忘れてしまいそうになる。
「文句あんなら食べんでいいわ! せっかく私が作ってやったのに」
「船長が作ってんの、これ!? 多才だな、現実じゃあパティシエだったり? 技術は体が覚えてる的な」
「シンじゃなくて、レイヴン!! だめだぞ!!」
パロットさんから呼びかけられて、踏み込みすぎだと避ければオウムはニコニコと笑いながら器用にレモンスカッシュを飲み干した。
「なんか、ボス。パロットにはやけに素直だよね? ケモナーだっけ?」
「あられもない偏見やめろや。以前、タカに動物好きの意味だと教えてもらって、セイに猫が好きなケモナーって言ったら、ガチビンタされたからな?」
「ふふふ、なるほど。それは知らないエピソードですね。続きは?」
「お前が道連れに死んでくれるなら、話してやるよ」
ただなんて事ないパロットの一連の動作。だけど何故だか見覚えがあって。腕を組んで、記憶を思い出そうとして、胎が締め付けられたような不快感が襲う。
「───」
見られている。こちらの動作を一粒も見逃さないとばかりに。一流の人間は見ている世界が違うというが、この感覚はあまり味わいたいものじゃない。
「どうかした? レイヴン?」
「いんや、何でも」
「そんなに食べたいのか!? 僕は食べてもおいしくないぞ!!
「しょうがないから私特性レモンケーキあげるわね」
「食いしん坊キャラじゃねえんだよな」
ホールケーキを半分カットしたパロットを見る俺をさらに上から覗き込むような船長の視線。飼育箱に入れた虫が子供に覗き込まれた感覚はまさに今のようなものだろう。
「ところでさ、うちら次はどこ向かってんの!? 早く次の島に行ってみたいんだけど!」
「ふふ、海賊である以上は略奪、冒険、海戦、血が騒ぎますねえ」
「これだから不良は碌でもないね!! 悪いことして来たんだろ!!」
「「否定できない/ませんねえ」」
タルの上に座って騒ぐ俺たちに赤ら顔で、だる絡みを始めたパロット。夜風に乗って漂ってくる夜の街の匂いを嗅げば酔っている事はすぐに分かる。
「あー、煙草吸ったり、街中をバイクで走り回ったり、後は自殺志願者を仲間に引き入れる為に夜な夜な廃ビル占拠したり?」
「ふふふ、後はあれですよ。度々襲撃して来た隼の撃退じゃないですか? 重ねるごとに金属バット→ナイフ→改造エアガンとか危なかったですからね」
「隼とか懐っ! そうそう。それで思い出したけど、隼が研修医で働いてたよ。見つかって、病院から叩き出された。うち、一応病人なんだけどね」
「何よ、アンタ、体悪いの?」
「うん、まあ、ね。先天性の病気で臓器がちょっと。元々、25歳になるまでは生きられないって言われてんの、やばくない? 後、1年生きられるか、どうかってとこ」
「毎回思うけど、明るく話す内容じゃないな。当初は死ぬ事しか考えてないくらい重かっただろ?」
ルリとの出会いは雨の中、廃ビルの屋上から飛び降りようとしていたときだった。今にも死にそうだったので、庇って地面に落ちたらめっちゃ心配してくれたのは記憶に新しい。
「ボスには言われたくないんだけど? それにうちは病気のおかげで皆や、パルクールに出会たしね。日本王者って言う証も残せた。悔いが無いわけじゃないけど、良い人生だって胸は張れるもん」
「というわけだから、総長早くパルクール復帰しなくてはいけないですね。広告塔問題が解決するんですよ、ハリーハリー」
「お前、病弱の恋人をダシにするとか恥ずかしく無いの?あっ、だから俺と夜中にコンビニで鉢合わせたのか。あそこ、セイが入院してる病院だろ? 隼に言われて近づかないようにしてたけど」
へらへら笑っているが、彼がいるならば俺は間違いなく見舞いに行けないだろうと判明して、がっかりする。あの日から5年も経っているのだ。当たり前ではあるのだが堪える。
「誰よ、隼って。アンタらの知り合い?」
「お嬢の幼馴染。医者志望でエリート街道まっしぐら。お嬢の事が大好きでお嬢の為ならうちらにだって喧嘩を売っちゃうタイプの真面目な青年だってば」
「ふふふ、真面目というか後先考えてない蛮勇の持ち主とも言えますがね」
「何よ、ホーク。アンタ、そいつ嫌いなの?」
「ええ、オレはシンセイ過激派ですから」
「うん、ごめん。なんて?」
「いつもの持病だから気にしなくていいよ、船長。別に悪い奴じゃないよね、ボス」
「黒髪が野暮ったいけど、割と顔立ちは整ってたし、将来性もあるから………セイの恋人には相応しいんだよなぁ」
「ベタ褒めだな!! もしかして妬いてるのか!! そのセイって奴が好きなんだな!!」
「………そんなわかりやすいか?」
「うちらの仲間達からしたらボスの恋は公然の秘密だしね。うちら的には隼は乗り込んできた男気は買った。でもボス馬鹿にして株下がってだけど」
「へえ、じゃあ聞きたいんだけど。アレ、アンタらのせいって事?」
船長が親指で指し示す先、彗星のような速度で追ってくる帆船。記載されているのは赤い十字架と星のマーク。船長から投げ渡された望遠鏡で覗いた先に彼はいた。黒髪をオールバックに跳ね上げて、中世の軍服に身を包み、マスケット銃を片手にこちらへ意気揚々と迫る少年だ。
傍には夜を溶かし編み込んだ黒髪の透き通るような清楚な姫様が寄り添っている。
「くっそ、見覚えあるんだけど見間違いだと思う?」
「現実から逃げても事実は変わりませんよ、総長。あれ、隼ですね。じゃあ、オレ達は先に行くので囮は任せました」
「つか、隣にいるのってお嬢じゃないの?? 挨拶してきなよ、ボス。うちらは逃げるから」
「あれ、おかしいな。望遠鏡のレンズが歪んで見えるぜ」
どうみても隼とセイであった。隼がセイの腰に手を回し、セイは優しく隼の頬を撫でる。何とも微笑ましい関係だ。胸がとても痛い事を置いておけば。
「船長逃げよう! 戦って負ける気はしないが、見逃すのも海賊の器の広さってもんだ。そうだろ?」
「本音は?」
「合わせる顔がないのと、胸が痛くて見たくないので今すぐ逃げよう。そうしよう」
「ふふ、器の広さとは?」
「まっ、戦略削る必要ないしね。面舵いっぱい! 牽制に大砲用意!」
「うちら、動かし方なんて知らないんだけどっ!」
「アンタらの中学生みたいな想像力働かせなさい!」
タカをしばいて、船長の号令に従う。帆船の動かし方なんて知らないが、叱咤に従うようにこう動くんじゃないか、というか動いて? という祈りを込めて帆船を動かす。
それだけで帆船は生き物かのように夜空へ向けて漕ぎ出した。星空の下で興奮する頬を冷ますような夜風を切り裂いて進む船はまるで、夢のようで。
夜の海、星の大地を抜けて、黒い軍艦が横に並んで、
『聞こえるか! 海賊ども!! 抵抗すれば今すぐに星に変わってお仕置きだ!!』
「追いつかれてんじゃねえか!」
「だって、あっちモーターだもん。私達古き良き帆船の海賊だし、奴らリアルな海賊には敵わないもん」
「夢のかけらもねえ! こっちに大砲ねえの!? 撃ち返してやろうぜ!」
「星鯨まで無駄遣いしたくないの。アンタらで制圧して来なさいよ。勝ったら、報酬あげるわ。お菓子の城に詰められていた宝石の山をプレゼント。この船に乗せれば、現実に持ち込めるわよ?」
「さあ、行きますよ! ルリ! 総長!」
「何でタカがやる気出すんだ………?」
「スポンサーとして、金回しが厳しいってぼやいてたから………」
『バカなことを! 皆の衆! 砲撃準備………敵襲だぁ!』
「金策うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
原始人のような雄叫びを上げながら、先陣を切ったタカに引き続いて、横に並んだ軍艦へとロープによって乗り込めば、出迎えたのは無数の銃口。
「総員! あの馬鹿どもを殺せ!!」
「「くらえ! ボス・シールドっ!」」
「それ要は俺の肉壁、あばばばばっ」
無数の銃口によるマズルラッシュに、俺の体全身を衝撃が襲う。まるでエアガンのBB弾によるいじめを受けている気分だが、
「たお、れない?」
「冗談だろ……なんで、血が出ないんだ?」
船員が呆然と呟き、隼が表情を盛大に引き攣らせる。彼等の言葉通り、弾丸に穿たれ荒れ果てた甲板の中央で、俺は未だ立っていた。
「いっ………てえ。鉛玉でも大丈夫みたいだな。次は銀の弾丸でも持ってくるか?」
射撃が終わる。それは、装填された弾薬が尽きたからか。それとも、顕現した異様に、萎縮したからか。いずれにしろ、その場全員が息を潜めたような、静寂に満たされた。
一拍、
「おいまて、なんでお前達まで引いてんだ」
「普通なら死んでますから」
「ボスの体、気持ち悪う」
「総長復帰したら遠慮なくなったな!?」
始まる日常だったじゃれ合い、というか蹴落とし上等の友情。あーだこーだと言い合っていれば、再起動を果たした軍人達による銃の装填が終わって、
「色々、考えたけど、うちがいたら無意味じゃん? それ!!」
弾丸が飛び交う前に、叩きつけたルリの足裏が甲板を揺らす津波へ変わる。伝播した衝撃が荒れ狂う大波に呑まれたように揺れ動き、甲板がピースに変わり、様々な形に切り替わる中で、タカと共に駆け抜ける。
揺れる甲板など関係ない、走れる場所なら山ほどある。タルを足場にマストを蹴り飛ばし、上空から隼へと飛来。隼の肉体性能は高いものじゃない、拘束するのは容易い。
「素直な動きだな。患者もこれくらい素直であればいいものを」
だが、それを防いだのは鼻をつくような薬品の匂いを漂わせた腕。現実の肉体とはまるで違う血管が浮いている筋肉質な二の腕。
「鍛えなおしたなら悪い、ちょっと寝ててくれ」
空中で体を捻り、遠心力を乗せたをたっぷりと乗せた空中回し蹴りで彼の右手を弾き飛ばす。刹那、左腕が動き、こちらに触れようと手を伸ばす。
「つかまえたぞ」
「いいや、幻想だ」
俺の逆足が空を切り裂いた。空中回し蹴りの遠心力を利用した弐の太刀ならぬ弐の脚撃。だがそれでも、左手に妨げられて、彼の体には届かない。
ならばと、三撃目の蹴り。二撃目の回し蹴りから、上半身を捻ることで更に三撃目の空中回し蹴りへと繋げる。一回転して戻ってきた右足が風を唸らせながら、顎を強烈に打ち据える。不可避の3連撃、それを踏まえた上で訂正する。
「悪いな、隼。随分と強くなったみたいだな」
「貴様らに褒められても嬉しくはない。ごみはごみらしく、燃えて死ね!!」
眼鏡を光らせて、構えた今のこいつは只者じゃない、強い。
「頭を叩けば配下は崩れる。喧嘩でよくある手口ですし、正直なところ貴方にはムカついてたところもありますからね」
だからこそ優秀な右腕はすぐに判断して、動いてくれた。隼の間に立つようにして、凌げば、その隙にタカが既に超近距離に踏み込んでいた。
そこから放たれるのは肝臓撃ち、まともに喰らえば吐瀉物間違いなしの一撃を隼は追えていなかった。追っていたのは別の人間、そいつは隼を守るようにして、笑っていた。
「ダーリンに何するんですか? 鷹見君?」
「──お嬢!?」
「セイ!?」
「隙だらけだぞ。薬の時間だ」
「しまっ、」
隼に掴まれた瞬間、喉元を突かれ、口を開かされると何かしらの錠剤が叩き込まれ、虚脱感が体を襲う。生気の類が尋常じゃない速さで吸われていく中、彼は俺たちに向けていた笑顔で
「ダーリン、大好きだよ」
甘く溶ける声で、愛しの彼にキスをした。
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