もう二度と離さない
「ほんと………最高の仲間達だな!」
鷲宮は僅かにセイを見ると、鼻を鳴らして、率いる艦隊の先陣を往く。その頭上を飛ぶのは星鯨の振り回す尻尾。だがそれすらも、
「おらあ! 特攻隊長に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「一夜限りの八咫烏復活だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
船から船へと繋がれた道を足場に、多数のカラス達が空を跳ぶ。それは奇しくもセイに教わった空を飛ぶ技術であり、彼らと彼女を繋ぐ青い春の証だった。彼らは船への打撃の寸前に割り込み、手にした銃を目にも止まらぬ、同時撃ち。星の輝きが尾を跳ね返し、生まれた間隙を後衛たちが一気に駆け抜け、手にした勇者の剣らしきもので細切れにしていく。
「あれってもしかして、夢を見てる八咫烏メンバー達ってわけ?」
「多分、そうですね。しかし、どうして………」
「知りたいか? なら教えてやるよ。最高幹部達。おいって、別にもうアンタらを殺して成り代わるつもりはないよ」
甲板を揺らして、降り立ったのは鷲宮。傷だらけの体を押して、ルリとセイを守ろうとするタカの心配を笑い飛ばして、
「俺を呼んだのは星形の砂だったよ。大将にぶん殴られた夢から覚めて、寝直した先に導かれたのがここだったわけだ。他の奴らもそうみたいだぞ」
「うちらじゃなくない? お嬢が何かしてくれた?」
「いや、ただ心当たりはあるわ。確かに真正面から戦うだけが戦闘ではないもんね」
「意外と、妹思いのお兄ちゃんなんだな。パロットも」
セイが見た先に俺も納得が言った。その床板の下、船内で息を潜めるように隠れた男もといオウムがきっと勇気を振り絞ったんだろうと思ったから。
「ええホント。やるじゃない、兄さん」
少なくとも、盤面は整った。戦力は充分、気力はまだまだ。だからこそこの勝機を俺達は見逃さない。
「社会の底辺を這う烏たち、たかだか空飛ぶ鯨にびびってる奴いる?」
堂々と、荒れる風に身を委ねて、時期に明ける空の紫を背にして俺はただ訴える。
「俺みたいな一般人が先陣切って戦ってんのに、逃げ出そうとする奴いる?」
煽りも交えて、夜空に浮かぶ船体に呼びかける。甲板にいるメンバーから、そんな事はないと声が聞こえてくるほどに。
「──俺達のお嬢が諦めてないのに、諦めた奴いる?」
空気が変わった。日付が変わった。それを肌で感じて、啖呵を切る。
「行くぞ………行くぞ! 俺達、八咫烏のあるべき姿へ!!」
俺の啖呵に僅かな沈黙を置き、空から大地を震わすような雄叫びが聞こえてくる。朝の雲雀が泣く前に、夜の帳が開ける前に──夢が終わる前に。
一夜限りの八咫烏が一斉に飛び立った!
「………お嬢、指揮は自分がとります。ここが正念場。総長も前線へ。ルリ、サポートを」
「りょっか。無茶はしないでよ?」
「ここで無茶しなきゃ、総長に顔合わせできないでしょう? これだけの仲間が来てくれた。動けないなら八咫烏の双翼の面目丸潰れですから」
「だね。ボスちょっと耳貸して! お嬢も!」
両翼の交わした言葉を受けて、星空の海賊船長も覚悟を決める。必ず倒すと、彼女もまた船を飛び出し、雲海へ体を踊らせる。俺も迫る尾びれを雲によって出来た段差を利用して、軽く飛び越えて落ちた瞬間に前転しながら、勢いを維持。そのまま走り抜け、たどり着いた星鯨の目の前。
「おらおらおらあっ! こんだけの鯨だ! 竜田揚げにして、食っちまおうぜ!」
「俺は大和煮がいい! 酒のアテにしたい!」
「若い頃の俺らってこんなんだっけ……?」
「昔っから、一昔前の不良漫画のテンションだったってば」
八咫烏の仲間達が、続々と攻撃を仕掛けていく。元来、空想の攻撃は通りづらい筈だが、それを数でカバー。地味な痛みも積み重なれば、動きを鈍らせるくらいなのだ。面々は夢を見ている者達、握る武器も夢双も違う。
ファンタジーの聖剣やSFに出てきそうな電磁砲、まさかのドラゴンを召喚するなどやりたい放題。それでも歪な哄笑を上げる口を縦の斬撃が切り潰し、電磁砲が口腔の中を蹂躙して機能を叩き潰す。ドラゴンの爪も微力ながら攻撃を牽制している。なにより鷲宮の爆撃の攻勢が何より、効いている。
「ほんと、このカオス加減が八咫烏らしいよね」
真横から、跳躍して背に飛び乗ったルリがパズルを組み替え、深々と肉を穿ち、生み出した傷口。そこから噴き出す血霧を俺が自分の支配下に置く。
「紅十華"崩椿"」
血を司り、操る。夜の支配者たる吸血鬼と同じように噴き出す血霧が星鯨の胎内へと帰り、牙を剥く。直後、鯨は全身の傷という傷から再度出血し、その巨体を激しく震わせて高度を一気に落とす。
「頭!! あの船で囲ったエリアに誘導オナシャス! 船員は全員退避済みっす!!」
「よし、鷲宮!!。やれ」
苦しげに悶え、痛みに堪えるような声を上げ、かろうじて、堕落を免れたがそれを八咫烏の両翼が更なる地獄へと誘導する。
「檻を作るよ!! 下がってて!! ボスは一撃、気を引いて!!」
「よし来た、任せろ!! 八咫烏の流星!!」
真横から跳躍した俺の炎撃が、鯨の横っ面を跳ね上げて強制的に進路変更。誰もいない船の墓場に減り込み、頭を上に上げるが、
「まっ、これでも食らってなよ」
同時に太陽の如き、黒炎が星鯨の眼前で爆発を引き起こす。膨大な熱量は指向性を保ったまま、鯨ごと大量の火薬を乗せた船を吹き飛ばし、とある轟音を生み出す。
「きらきらパズル!! 組み替え!! 監獄!!」
落ちてきたのは武骨な柱。船の残骸を組み替えて生み出した檻に囲まれ、かつ星鯨の動きを妨げるために作り替えられた柱の重量に、星鯨は真上から叩き潰された。それまで受けた破壊とは根本的に異なる次元の威力に、絶叫が上がり、すさまじい衝撃波が星の海を駆け抜ける。
「まだまだぁ! タカ君の鎖で縛り上げろ!!」
「全員、根性見せてください! 八咫烏魂見せてやるんです!!」
「でも、タカ君!! そんなにもたねえかも!! こいつ想像以上に馬鹿力で!!」
瓦礫の下敷きかつ、八咫烏達総出で鎖によって身動きを封じた星鯨の苦しげな雄叫びが尾を引く。だが、それだけの威力を身に受けて、なおも命を潰えることのない生命力。もがき、超重量から逃れようとする星鯨だが、突如体を震わせてその力を急速に失わせていく。
「なんだ? いきなり痙攣し始めた……?」
「なるほど、黙って食われたわけじゃないみたいね」
「っ!! それってつまり!!」
「レイヴン!! このチャンスを逃しちゃだめよ!! 鳥葬の槍を持って、位置について!! 倒し方、分かったんでしょ?」
腹の中で足掻く、その正体に安堵しながら投げ渡された槍を持って、船のマストを駆けあがる。狙う位置は上空。星鯨はその遥か頭上に迫る凶星に気付かない。かなりの数の攻撃を当ててきて、奴が唯一単体で狙ってきたのが俺自身だ。
そのきっかけとなったのは頭蓋への一撃。セイから聞いたことがある、鯨の頭とても固くてその理由は油があってそれを使うことで海の底まで深く潜れるからだと。それをセイから聞いた両親の話と重ねると、
「頭でっかちで頭が固いから夢物語を受け入れられない!! つまり空想を拒む力こそがお前の頑強さの理由!! ならお前には脳天にこの一撃が効くだろ!!」
槍を手にして、虚空へ誘われた俺は右足に全ての力を込めた。星が生まれるような輝きを前にして、鯨も漸くその脅威に気付く。
「いい加減、子離れしやがれ──!!」
右脚が弓のようにしなり、世界がそのたわみを受けて悲鳴を上げるように空間が震えていき、この戦いを終わらせる一撃が──
「八咫烏の彗星!」
──空から地へ向けて、解き放たれた。
光の柱、天国への階段と思えるその光景を前にしても。星鯨は自らの生存を疑ってはいなかった。星が落ちようと、自らなら全てを喰らうと、信じていたからだ。
「自分を信じるのと都合よく解釈するのは別の話よ。ただ、生まれたばかりのアンタには理解はできないだろうけど」
落ちる凶星、その姿が見えなくなった。いきなり起きた異常事態に狼狽えだす鯨を星空が見下ろしている。
「降り注ぐ黒い雨、確かに倫理観捨てたアンタらには都合がいいわよね。でも、その行動が誰かに見られてるってことまで気づかなかったことがアンタらの破滅の原因よ」
彼女の言葉は船長としてではなく、彼女の中に眠る記憶の残滓かもしれない。しかし、彼女の夢双が牙を剥く。視点を変えられ、幻覚を見せられた鯨が気づいたころには既に威力は小型の隕石に迫る。音を置き去りにし、星鯨の頭部へ着弾。余波による暴風が鎖で縛っていた八咫烏の面子さえも吹き飛ばし、セイが乗る船すらも揺らして、彼らを現実に帰していく。
拮抗が劣勢に、劣勢が敗北へと変わる。初めて感じる死の感触に星鯨は助けを求めるように小さく嘶くが、何でもしてくれる娘はもうそこにはいない。
「私達が望む明日に、アンタらの存在はいらない。だけどアンタらは紛れもなく兄さんの為に明日を作ろうとした。その愛情はすごく………羨ましい」
船から、今にも消えそうな灯火に彼女は語りかける。巨大な瞳に映る自分は星鯨からどう見えているのかと考えながら。その答えは苦し気ながらも憎悪の目をした鯨の尾が最期の力で海賊船にたたきつけたことで彼女は理解した。揺れる船から、彼女の体がバランスを崩して虚空を漂い、重力が彼女の体を掴んで逃さない。脳裏の蘇るその光景に俺は思考するより早く、体を空に投げていた。
「タカ、ルリ!!」
喉が裂けるほどの大声で両翼の名前を呼ぶ。返答は聞いてる暇がない。だが、目の前にパズルで出来た道ができたことが確かな絆を感じさせた。空に浮かぶ檸檬色の壁を蹴って、ピンボールのように飛び跳ねながら落ちる彼女に手を伸ばす。鎖の道を駆け抜けて、船の残骸が肉体に傷をつけようとも足を止めずにさらに加速する!!
「手を伸ばせ!! セイ!!」
夜空に落ちる中、俺の声に彼女が答えた。伸ばされた手、あの日掴めなかった手を今度こそ──
「ふふ、今度はちゃんと捕まえてくれたね。シン」
──俺はその手で掴んだのだった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
そして、真下に雄たけびを挙げながら海賊船を運転するオウムの姿が見える。反射的にセイを抱き寄せて俺の体を甲板と彼女のクッションになるように配置して、海賊船にたたきつけられる。胃の中身全てを吐き出してしまうような衝撃に視界が眩む中で、俺の腕から抜け出した彼女が何かを叫んでいた。
「ちょっと、アンタ大丈夫!?」
「あっ……ああ、セイこそ平気?」
「アタシは大丈夫……アンタ、ほんとに大丈夫?」
きっと、今の俺は情けない顔をしているに違いない。鼻の奥に痛いぐらいの苦味があって。喉が枯れるくらいに泣いているのだから。彼女を助けられた。この体で生まれたおかげで。今度こそ。
「ああ……丈夫な体で、生まれてきて、よかった、なあ」
彼女を本当の意味で守り抜けたのだから。
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