因縁の再開

「とりあえず、今日は近くの港に泊まるわよ?文句ある奴は前に出なさい。殺してやっから」

「それで出るバカはいないだろ、船長!」

「そうか、じゃあ………夜にあたしの船長室に来て? お仕置きして………あ・げ・る?」

「ここは笑えばいいか!? 船長!!」

「パロット、お前今日、徹夜で見張な」


 萎れたパロットを船番に置いて、船を降りた船長について行く俺たち。始めてみる世界、全てが新しく、何が敵かわからないことが不安なのできょろきょろしていたら、船長に頭を叩かれた。


「きょろきょろしてんな。自分の心配だけしなさい。もうここは夢の世界、現実の法則は通用しないわよ」

「しかし、夢の世界とは不思議ですね。成り立ちを詳しく聞きたいところです」


 タカの詐欺師みたいな聞き方に鳥肌が立つルリを置いて、船長はつらつらと説明を始める。


「夢の世界ってのは『誰かの夢を核に似た夢を見てる奴らが集まった空間』なのよ。集合的無意識みたいなもんでファンタジーならファンタジー、ホラーならホラーみたいにね。この辺りは………まあ、あれよ。欲がダダ漏れ系。他に質問は?」

「今からオレたちは何をすれば良いんですか?」

「情報集め。いきなり星鯨に挑むわけには行かないからね。最低でも集めておきたいものがあるの」


 彼女はそう言って、足をすすめて行く。

 一言で言えばこのあたりは余りにも雑多であった。


 徹底的に実用性を突き詰めたような飾り気のない建物が並んでいる一方で、後から継ぎ足し続けたような奇怪な建物の並ぶ場所もある。区画整理とは?と言わんばかりにストリートらしき道も大小入り乱れ、あちこちに裏路地へ続く入口が見受けられた。


「くそう! 俺の負けだ! 持っていきやがれ!」

「そこのお姉さん達! このドレスで夜の世界を牛耳らないか!」

「名剣魔剣なんでもござれ! 怪物殺しに持ってこいの武具屋をよろしく!」


 とはいえ、決して暗く淀んでいるわけでも荒んでいる訳でもない。夢の世界らしく、獣人や魔法使いのような皆がそれぞれやりたい事をやりたいようにやるという自由さが溢れた結果のようだ。


 夢の世界だから、何があっても責任なし! 一夜限りで現実ではできない事自由にやれ! という意味があるのかもしれない。


「ここだ。さて中に今から入るが………アンタら、いつでも戦う覚悟だけはしておいてよ?」

「え、それって………」


 ルリの言葉を途中で遮って、音を立てて扉を開いた先は酒場であった。広いスペースに雑多な感じでテーブルが置かれており、カウンターがある。


 昼間にも関わらず飲んだくれているおっさんがあちこちにおり、船長は空いてる机に音を立てて座ると、机を割る勢いで足を机に乗せた。


「ちょ、ちょっとそんなに注目を浴びたらやばいだろ、船長! 周り見てってば!」


 ルリの反応と、周りからの値踏みする剣呑な目線になんだか不良時代を思い返していれば、ロマンスグレーの男が机に叩きつけるように酒を置く。


「悪いが、ここは酒場だ。お前らみたいなガキが遊びに来る場所じゃねえ。さっさと帰って、ママのおっぱいでも吸ってんだな」

「なら、酒さえ飲めばいいのよね?」


 その言葉にげらげらと下品な笑いが場を占める中、差し出された酒を欠けたグラスに4人分注いでいく船長。注ぎ終わった空の瓶を叩き割り、彼女はグラスを掲げて笑った。


「新たな出会いと………アタシ達の冒険に乾杯」


 ぐっと一飲みし、グラスを机に叩きつけた彼女。グラスの中身は工業用アルコールの方がマシな異臭がするが、彼女が飲んだ以上、飲まずにはいられないだろう。


「我らの夢に乾杯、だよな? 船長」


 喉を通る液体が熱い、胃に落ちても消えない刺激臭と血液に乗って回る熱に呻きながらも、不敵に笑ってグラスを机に叩きつけた。


「やるなぁ、お前。アタシ以外に一気できたのはお前が初めてだ」

「………どうも」

「っしゃオラ! 三羽烏なんぼのもんじゃい!」

「ルリ、言葉を慎みなさい。総長みたいな馬鹿になりますよ」


 同時にタカとルリがグラスを机に叩きつけ、完飲。ロマンスグレーの男はそれを見て、首を後ろの男たちに向けると、ルリの後ろに立つ。


「わかったわかった。テメェら4人は客だ………が、かの有名なエトワール・コルセール号の船員だろ? たんまりため込んだ金で払ってもらおうか!」


 瞬間、船長がテーブルを蹴り上げた。そのままこちらに目だけ向けると、そのまま蹴り上げた机と一緒に舞う酒のグラスを見上げた。


「そういう事かよ、野蛮だな船長!」


 灰色の液体撒き散らすグラスを蹴り抜いて、ロマスングレーの男の顔面にぶち当てれば、


「褒め言葉ありがと!」


 轟音と船長が、前蹴りで机を破壊し、気を取られた男共に俺が踏み込み、膝蹴り。腹腔に突き刺さり臓腑を抉れば、酒瓶をルナに向けて振り下ろす男。


「喧嘩で武器は卑怯でしょ!」


 そいつに向けてルリが椅子を蹴り飛ばし、足に当てて着弾をずらすとぶつかった椅子を踏み台に膝蹴りを米神に叩き込んで、着地。


「ご苦労、ルリ………だが、爪が甘い」


 タカの言葉と同時に飛んできたグラスを上体を逸らしてよければ背後にいたナイフを持った男の顔面に直撃、たたらを踏んだ男へのダメ出しに逆立ちから回転、頬を蹴り飛ばして俺は立ち上がる。


「テメェ! タカ! 当てる気か!」

「流石は八咫烏の元総長ですねえ。その足技は健在で何より」

「人を蹴り飛ばして得た技術だ。誇るようなもんではないだろうが、なあ、ルリ」

「目の前で暴力振るってた、うちは無視?」


 微妙に責められてるような空気感に、逃げるようにロマンスグレーの男の胸倉を掴んで起こすが、男はニタニタと笑うだけ。そこにすかさず船長が、


「まあ落ち着け、レイヴン。人間関係は潤滑じゃないと助けてくれないわよね。じゃあ人間関係を潤滑にするには何がいいと思う?」

「ぺっ! なんだ、お前、これは!?」


 瓶をロマンスグレーの男に叩きつけるという奇行、つか暴行。それで気を失わず、液体について聞けるこいつも凄いが、


「油」


 問答無用でマッチに火をつけてる船長の方があまりにも恐ろしすぎる………見ろよ、さっきまでの空気感消えて、完全にあんたにドン引きしてるぞ。


「ま、待て! 何が聞きたい!? 何でも答えるぞ!? だから火のついたマッチを下ろせ!」

「下ろせ? アンタ、今。アタシに命令できる立場なの?」

「星鯨の居場所だろ!? 居場所だな!? 奴は最近は食事を終えたばかりで星海にいるはずだ!」

「おっーと、なんか情報があまりにも少なくてガッカリだわ。がっかりして、手が滑りそう。『星の砂』『駒の鈴』と『鳥葬の槍』の在処を教えたら………」

「まず『駒の鈴』はこの先にある森を抜けた先のお菓子の城にあるはずだ! 『鳥葬の槍』は最近、ある男が持ち歩いてる話は聞いている! 『星の砂』に関しては知らないが………恐らくは軍人が持っている筈だ」


 男は早口で言い切り、確認した船長はマッチを降ろし、男は安堵の顔になるが、


「じゃあ、これはお礼ね?」


 火のついたマッチを箱に仕舞い直し、そのまま男に向けて投げる。当然、油まみれの男に着火し、瞬く間に炎の衣に纏われた男。


「何やってんだよ、船長!」


 すぐさま、肩にかけていた上着で火を消そうとするが、予想以上に火の勢いが強く、全く消える気配がない。慌てる俺に当てられたのか、カウンターから水差しを持ってきたルリから水差しを受け取るが、


「無駄な事すんなよ、レイヴン、ルリ。そいつらは助けられないわ」

「元はと言えば、アンタが!」

「そいつは本体じゃないわよ」


 船長の言葉に疑問符が浮いた瞬間に、ロマンスグレーの男の姿が霞のように目の前から消え、囂々と燃え盛る炎だけが残された。


「どういう事だい? 船長。オレ達に分かりやすく教えてくれませんか?」

「いいか、レイヴン、ルリ、ホーク。夢の世界である存在を除いて、誰を殺そうと意味はない。目を覚まして現実に帰るだけだからね」

「つまり………階段から落ちる夢見た時に衝撃より先に目が覚めた時みたいなって感じか?」

「そう。だから、邪魔な奴らは殺しても構わないわ。ここにいる奴らは好きな役割を演じてるだけだもの。ま、それはアンタらの好きにしたらいいけど」


 帰るぞ、と船長の言葉を受けて足速と去っていく他の面子。帰る前に周りを見渡せば、先程迄とは何も変わらないようで、


「お姉さん、情報屋は誰だ?」

「うん? あのアッシュグレーの奴だよ。少年」


 槍を持つ目が痛いほどに染まっている桜髪のお姉さんに聞けば役割自体は変わっているようだ。なるほどと納得して、部屋を出て船へと戻る為に足を進めていく、その中で。


「少年、優しいお姉さんからアドバイスだ」


 質問をしたお姉さんが白く濁った酒を呷りながら俺を呼び止めた。


「『命を懸けて勝つ』と『命を捨てて勝つ』意味は似てるが、大いに違う。それを忘れるな」

「ん? ああ、肝に銘じておくよ」


 酒場を出て、意味深な態度のお姉さんとの戯れに遅れた分、早足で帰路を急ぐ。ふと、昼間のように明るい世界に疑問をもって空を見上げれば、普段の倍は大きい月が鈍く輝いていて。


「夢の中でも月は変わらないんだな………」


 周りから感じる視線も、人が行き交う息遣いも、先程の炎の熱さも、全てが夢だというのに生々しくて、現実みたいで恐ろしい。

 見上げた夜空は楕円形のレモンムーンが浮かんでいて、吸い込まれそうな瞳のような月の形から目を逸らす。


 夢ならいつかは覚めてしまう。そんな世界では足取りは不確かにならないのか、そんな事を考えて


『大地を蹴って、空を駆けて、理不尽から逃げ出す為の手段。私が貴方に教えるのはそういうものよ』


 遠い昔に、最下層のゴミ捨て場にいた俺たちへ言葉をかけた人を思い出した。


「夢の中なら、あいつもいるのかな」


 迷いごとにも程がある。自分で選んで距離を取ったのに、何を今更どの顔で会うつもりなんだと、自分自身に言い聞かせ、帰り道を急げば、


「ぐほあっ!?」


 背中に衝撃。そのまま前のめりに倒れて、顔面を砂による荒い地面に擦り付け、擦傷。夢の中でもヒリヒリと感じる痛みに耐えて、文句を言う為に振り返って


「どこ見て歩いて──」


 言葉を遮るように、飛来する拳。それを見切って、頭を下げて相手の鳩尾を狙った膝蹴りを叩き込む。苦痛の声が漏れ、顔を上げたところを右上段蹴りで吹き飛ばす。


「急に喧嘩を売ってくるとは、いい度胸じゃねえか。名前を名乗………」


 檸檬色の光に照らされて、その輪郭が夜の匂いと共に浮き上がる。あまりにも燻んだ銀髪と黒のウルフヘアーに鼻ピアス。

 街で見かければ、目を合わせたくないチンピラ擬。記憶にすら残したくない取るに足らない存在だ。


 その筈だった──けれど、俺はその顔を忘れたことは一度もない。


「久しぶりですね、大将。お元気そうでなによりです」

「──昔の関係を持ち出すわけじゃねえけど、良く俺の前に顔を出せたな。鷲宮?」


 不良集団"八咫烏"が解散する理由になった男がそこにいたからだ。


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