空の飛び方、忘れんなよ
「今更、俺に何の用だ? 敵討ちか? 弔い合戦か? お前のことだから、考えなしに俺に喧嘩を売った。違うか?」
「さっすが、大将! アンタと久しぶりに喧嘩したくてさ! やろうよ、前みたいな血が滾る命の取り合いをさ!」
「俺は興味はねえ。だが俺は言ったよな。次、その汚ねえ面を見せたら蹴り潰してコロッケにしてやるって。覚悟は出来てんだな」
手にした葉巻が煙草に変わる。火をつけて、バニラの香りを肺に満たす。落ち着く為に火をつけたが、檸檬の匂いとバニラの香りが入り混じる空間に、昔を思い出して苛立ちが勝る。
「大将、ブランク長いだろ? あんまりイキってると痛い目に合うよ? 牙の抜けたアンタが俺に勝つ道理は──」
「あのさ」
上体をバレエのように反らした勢いを利用し、鷲宮の視線が空を切ったその瞬間、剛脚を垂直にかち上げる!型通りの武道や格闘技にはありえない喧嘩で鍛えた離れ技。
「俺の牙が抜けようが、お前が強くなろうが………圧倒的な差が縮まったと思ったか?」
上体を倒れ込みそうなほど反らしながらも放たれた蹴撃は相手の横隔膜を破裂するレベルの威力で、鷲宮の体は地面を転がり、蹲り、
「2度も言わねえぞ。何をしに来た? 今度こそ俺に………殺されに来たか?」
「………やっぱり、最っっ高だよ、アンタ! 俺が憧れた、恋焦がれた大将だ! やっぱり、あの女を殺そうとした甲斐があった」
これ以上ないくらいに悦楽を声に乗せて笑っていた。
これだからこいつは厄介なのだ。殴られようが、無視されようが関係ない。
俺という人間を崇拝し、絶対視し、勝手に神聖化して周りを攻撃する無垢なる兵器、それが鷲宮という男だった。
「人の逆鱗逆撫でしながら、地雷を踏み抜くのが上手いな、ジャンキー野郎? 豚箱で反省してなかったんだな」
「反省なんてするもんか。あれは大将を思ってやった事だ、後悔なんてない! 大将は変わらないな。今もあの女に心を囚われてる。憎たらしいよ………本当に」
「何を言って………」
「これ、なーんだ?」
忌々しげに呟く鷲宮の後ろから現れたのは香ばしい小麦の香りを纏った茶色の人形、ジンジャーブレッドのようなそれの肩には男が担がれていて。
「お菓子の人形と………タカ!?」
「あっ、ボスいた………って、鷲宮! それにタカまで! まさか鷲宮が誘拐してたなんて!」
後ろから駆けつけたのはルリ。彼女は鷲宮を見ると嫌悪に端正な顔を歪めて、焦りを隠さず、俺の腕を引く。
「ルリ! 何があったら、タカがお菓子の人形に連れ去られるんだよ!」
「うちらが夢の世界で色々見てたら、気づいたら連れ去られてたって感じで! マジで困ってんの! でも見つかって良かった! 鷲宮ならしばくのに躊躇わなくていいから!」
目の前に現れた仇敵。連れ去られた身内。これに繋がりを覚えない方がおかしいと、睨みつけて。
「おい、鷲宮。このお菓子達はテメェの配下だな? 俺に何がしたいんだ?」
「──ゲームがしたいんだよ、大将」
俺の怒りの目を受けて、ご満悦な鷲宮が両腕を広げて目的を語る。十中八九、碌でもないことは事実だが、放っておけばまた被害者が出るのは間違いない。
「大将の心を解放してやりたいんだ、あの泥棒猫から。だから勝負しようよ、大将。ルールは簡単、俺からこいつを取り返せれば大将の勝ち。負けたら大将は一生、俺の下僕になるんだ」
「誰がお前の下僕になるか! そもそもお前、今から生きて帰れると思ってんのか?」
「逃がさないで、ボス! ここで倒そう!」
「そうか。なら強制的に始めるとするよ。ゲームスタート!」
よし、と2人で構えたところで鷲宮は脱兎の如く逃げ出した。散々、ほざくだけほざいといて逃げ足だけは達者なところに久しぶりに贄滾る怒りを覚える。
「テメェ、待てコラ! どこまで人をコケにしたら気がすむんだ!」
「これは戦略的撤退だよ、後は頼むよ、お菓子達」
鷲宮とすれ違うようにして、砂煙を立てて迫って来るのは茶色い壁。それは砂糖と小麦粉の匂いをつれて、軍団となって突っ込んで来る。
昔、孤児院のアニメで見たことがある、ジンジャーブレッドの喋る人形。そんな形のお菓子の人形が津波のように追いかけて来ているのだ。
「待って待って、ボス!! ダメだってば! 船長と合流しよっ! あんな軍勢に単独で………ボスなら勝てるかもだけど!! またあの時みたいに罠に嵌められる可能性があるってば!」
ルリの言葉に思い返すのは屈辱感。嘲笑うアイツと起きた事件。全てがあそこで終わってしまった。それを再び繰り返す………訳には、行かない、が。
「やってみなきゃ分からねえだろうが!」
「ボス!!」
眼前に迫っていた狐色のお菓子の顔面を右脚が撃ち抜くが、お菓子の人形はその勢いを止める事なく、畳み掛ける。地面に手をついて、回し蹴りによる一掃を狙うが、前衛を犠牲に後衛が飛びかかる。埒が開かない………痛みに躊躇う事もないのなら、こちらの体力が削られるばかりだ。
「ボス! 早く逃げよっ! 冷静になって!! お嬢の仇だとしても、今は皆と合流が先決だってば!」
「………くそっ、わかった! 逃げるぞ!」
地面を踏み砕く勢いで踏みとどまり、握りしめた拳から血が滲むほどに感情を抑えて、背を向けて迫るお菓子達から逃げ出した。
だが、奴らは砂糖で作られているが作戦まで甘くはないらしく、逃げた先には別動隊。単体の強さはそうでもないが、迎撃に手が取られるせいで後ろに追いつかれる。
「やっば………夢の世界でうちら、死んだらまぢでどうなんだろね?」
「お菓子に埋もれて死ねるなら本望じゃないか?」
「それ冗談? 笑えないね。うちは寿命が尽きるまで………まだ死ねないよ!」
「………だな。俺もあの馬鹿を蹴り殺すまでは生きる気になったよ」
お菓子の顔面を砕き、その破片を蹴り飛ばし、後衛ごと撃ち抜いて。包囲網に僅かな道筋を確保すれば、ルリはジンジャー人形を踏み台に軽やかに空を舞う。
『何よ、見惚れたの? ばーか』
その姿に在りし日の残影を映して、気が散った。
「ボス! 後ろ!」
迫る香ばしい匂いの手が俺の体を掴んで大地に組み倒す。そして、雨霰のように俺に向けて飛び交ってくる人形達。
狙いは──重さによる、圧殺と窒息!!
「鷲宮の奴、人の体の特徴よくわかってるじゃないか」
皮肉混じりの賞賛が鷲宮に届く事はないだろう。
結局、こんな末路だが………望まれなかった俺には相応しい。
「とか、思ってんならアタシが殺してやるよ」
瞬間、大気を震わす轟音と空気を消し飛ばす衝撃に、背中と腕を拘束していた重みが消え去った。余波で吹き飛んだルリを抱き起こして、見上げた先には檸檬色の軌跡が走っていて。
「無理だろうが、無茶だろうが、最期まで足掻くことは無駄じゃないわよ。生きたい気持ちは決して無価値じゃないんだから」
甲板からは体を乗り出した船長が背の丈を越える巨大なマスケット銃を構えていて、パロットが爪で掴んでいた縄梯子をこちらに向けて投げ渡す。
「乗りなさい! アンタ達!」
既に空を飛び出した海賊船から投下された縄梯子に、ルリを先に掴ませた後に俺もしがみつく。空を飛んでるからか、風が強い。
何とか乗り込もうと組体操のようにお菓子達が組み合わさり、梯子になるが支点になる人形を水色の軌跡が残る弾丸で船長が撃墜。
「その弾丸って何で出来てんの?」
「大したもんじゃないわよ。空気中の水分を圧縮して撃ち出してるだけ。アンタらはまだ現実に囚われすぎよ。何で喧嘩で勝とうとするの?」
梯子を登り切った先では呆れた顔の船長の小言が待っていて、言いたいことが分からない俺とルリは腕を組んで首を傾げる。
「夢の世界で現実の法則なんて当てにならないわ。何よりも武器になるのは『想像力』。アンタ達にレッスンよ。夢の世界の戦い方──『夢双伝播』の力をね」
一瞬だった。瞬きの間だった。何の躊躇いもなく、前に飛び出したのだから。
船首で彼女はまるで身を委ねるように両手を広げて、楽しむように虚空に唄い上げれば、
「夢双伝播──"烏瞰真天"」
まるで世界が切り取られたようだった。夜空に浮かぶのは無数の目玉。それら全てが俺達と人形を見下ろしている。何が起きるかわからない現状に開いた口が塞がらず、気づけば大地を歩くしか出来ないお菓子の人形と彼女の間に生み出される巨大な雫、大量の水。擬似的な海が彼女を指先に従って、絶対の存在として、お菓子人形の中心に、飛来する!
蝶のように舞い降りた一雫から生み出されるのは黒き海の壁。あらゆる生物を呑む底なしの口。それに巻き込まれたお菓子たちはふやけ、溶けて、掻き消えたが、疑問が一つだけ残る。
「あれだけの水量……何で地面が濡れていないんだ?」
「"夢双伝播"自分の夢見る世界を投影して、想像する事象を引き起こす。私の場合は『他者の視界を操る』力。今のは単にそういう幻覚を見せることで現実にフィードバックしたのよ。殺される悪夢を見て、怪我した部分を確かめるような感じね。基本は目指す夢の頂に付随した能力になるはずよ」
「それ、結構な高等技術だよね? うちら馬鹿だからもうちょいわかりやすい説明が欲しいななんて」
確かにと頷く。何でもありの世界で戦う力を与えてくれるのはこちらとしても助かるが、もう少し詳しい説明が欲しいところだ。だけど、彼女は特に気にした素振りを見せずに煙草を取り出す。
「この世界では『この夢は叶う、叶えて見せる』って強い思いが有利に働くの。私のを見て出来ないって思ったの? 想像力が足りないわよ」
船長は一人、煙草に火をつけ、檸檬の匂いを漂わせる彼女に俺たちは二の句を告げなかった。目の前で行われた一方的な鏖殺、それを行った船長の実力は最早疑いようがない。彼女の言い分を信じるなら、その力は幼い頃の夢を思い出すことが重要っぽいがそんな時間は今は取れない。
「とにかくそれは後だ。タカを追いかけねえと」
「同感。船長、私たちを船から降ろして!」
当の本人は煙草を吸い終わると、親指をくいっと下に向けて、
「今からあの城に降りるわよ。行くのはパロット以外ね。目的はタカの奪取と………『駒の鈴』の入手かしらね。異論は?」
「1つ質問だが、駒の鈴は先程の酒場で聞いたものだよな? どうして確証が持てるんだ?」
船が減速し、お菓子達が迫って来ていた方向にある目的地──見るからにふわふわなスポンジと生クリームで出来たショートケーキのような城を目指す。
その最中、タカの質問が飛ぶ。確かに、酒場で聞いたものがあるとして、何があるかまではっきり理解できるのはおかしい。
まさかとは思うが、自分達を罠に嵌めて、道具だけを掠め取ろうとする気か?と疑いたくもなる。
「言ってなかったわね。『星の砂』『鳥葬の槍』『駒の鈴』はアタシの所有物だったのよ。この海賊船………『空の息吹』と同じね」
「え!? 盗まれたって事!?」
「引き裂かれたが正しいわね。元来、あれらはアタシの夢が形になった宝物よ。おかげで私は自分の見ていた夢は分からないし、記憶すら虫喰いだもの。ただ、私は誰かをずっと探していた気がするの」
「星鯨を倒すのに必要ってのはつまり………船長が全盛期に戻るためってことか」
「簡単に言えばね。道具としても必須事項だし、ずっと探してる奴が私から夢を引き裂って記憶を奪った奴かもしれないしね。だから私はその宝が何かを感じ取れる。元々、私の一部だもの。レイヴン、何かある?」
「………いや。一応納得はした」
「じゃ、行くわよ。着いたようだしね」
「あれは………酒場で聞いたお菓子の城か?」
話をしている間に、着いたようだ。目の前を蛍光色がチラつくので顔を上げれば、煌びやかに輝く幻想的な世界に気がついた。
色とりどりの仮装をしたお菓子の不思議な生物マスコット達、歓声や興奮を孕む悲鳴、あちこちから響く効果音や音楽。非現実的で、非日常的なそこは、現実にもあるとある有名なテーマパークの城がモチーフなのは見て取れた。
「アンタら! 着陸するわよ! 手伝いなさい!」
目を向けるのは行ったら最後、帰ってこれない甘味の楽園。お菓子の城近くに海賊船を下ろす訳にも行かない為、城が見える丘に船を下ろし、徒歩で移動。
敵地なので、気をつけながら船長の後ろを2人でついていくが、沈黙が重い。
久しぶりの再会とはいえ、最後は喧嘩別れで現実でも突き放したのに、どんな顔していればいいというのか。
「あのさ。ボス。まさかとは思うけど自分だけで解決しないと!とか思ってない?」
「ナンノコトカナ」
「嘘つける頭じゃないんだから、はっきりしなって。これはうちらの問題だよ。ボス。まさかとは思うけど、ここまで過去の負債に身内が巻き込まれて、うちらは関係ないなんて言うつもりはないよね?」
妙なところで鋭い親友達だ。観念して、両手をあげて降参のポーズを取りつつ、弁明。
「いや、これは俺の問題だろ。俺の因縁でお前たちを巻き込んだ。新婚のお前ら2人の幸せを割くことに………いでえ!? なんで蹴る!? なんで殴る!?」
弁明最初の言葉を口にすれば後頭部と臀部に衝撃。全盛期の肉体による手抜きの一撃とはいえ、頭と尻が割れるのは防げない。
衝撃から立ち直れば、額に手を当てて、駄々を捏ねる子供を見るような呆れたルリの目があって、
「目を離したら、直ぐに死のうとするのがボスだもんね。自殺未遂に慌てた事が何度あったか………うちらがちゃんと見てないと」
「お前ら………」
「それにどのみち私は長くないってば。今年が余命宣告最期の年だしね。なのに、いつまでもタカとボスが仲たがいしたまんまなんて嫌だよ」
「それは…そうなんだが」
学生時代の姿だからか、そこには解散する前の八咫烏の他愛ないやり取りにしか思えなくて、胸の内が切なくなるような感情が湧き上がり、
「それに責任負わせれば三羽烏に戻ってくるだろうしね!」
「はっ! まさか最初からそれが狙いか!」
すぐさま引っ込んだ。そうだよ、こいつらはそういう奴らだよ。
「着いたわよ。アンタ達」
突然止まったロビンの後頭部に強かに顎をぶつけ、悶絶する俺に現実で夢を与える空間は夢では更に幻想を与えてくれた。
「すげえ! 見ろよ! コーラが吹き出してるぜ!」
「地面なんて上砂糖だよ! 甘い!」
「考えなしに食べないでよ、馬鹿二人」
柔らかい木は天然のバームクーヘン、年輪を食べればその木にはドーナツがなっていて、岩は見間違うようなリアルなチョコレート。
「船長も食えよ! 草はグミだぜ! 歯応えあって美味い!」
ポテチの蝶々を素手で掴み取り、パリパリ食べ出した俺に呆れた声を滲ませているが、ルリが目についた看板の飴細工を口にするのを止めたりはしない。夢の世界を楽しむ俺らを静観することに決めたらしい。
「看板には城の入り口が書かれてるわね。行くわよ、アンタ達。食べるのやめたらどう?」
忠告を無視して、ビスケットのゲートをくぐった先は光るシロップが照らす、お菓子の街。西洋を思わせながら、夜の闇を駆逐する眩い光が日常と非日常の境目を曖昧にしていく。ゆえに、
「あそぼ、あそぼ! 何してあそぶ?」
「とーっても早いジェットコースター? とーっても怖い、ホラーミュージアム? とーっても美味しい食事?」
「さあさあ、えらんであそぼうよ。日が暮れてもずーっと一緒に!」
踊っているのだ、誘っているのだ。黒く輝くチョコレートの人形に、冷気が伝わるアイスクリームの人形に、甘い匂いの飴細工の人形が、お菓子達が、愉快げに声をかけてくる。
まさしく夢の世界でしか味わえない光景。漸く非日常の空間に自分が夢の世界に来たことを噛み締めて、目的を果たす為に前に出た。
「えーっと、悪いんだけどさ。鷲宮の元に案内してくれないか? アイツに呼ばれてんだよ。それと夜叉烏について何が知ってたり………」
「そんな事より、お菓子を食べよう! チョコにキャンディ、アイスがあるよ! 1口食べたら病みつきに! もうそれがない生活には戻れない!」
「わかったわかった。食べたら教えてくれよ、全く」
目の焦点が合わないが、にこやかにお菓子をすすめてくる彼らに折れて、チョコレートを手に取って口に運ぼうとして、
「それを食べちゃダメだよ、総長!」
食べる寸前に、ルリの蹴りが脇腹に直撃。悶絶する俺を放置して、お菓子人形を右ストレートで粉砕し、こちらに向き直る。
「ここは鷲宮が管理している場所………つまりは出されているお菓子は麻薬の可能性が高いと思うから、食べちゃダメだよ!」
「け、蹴る前に言えよ………確かにあいつはジャンキーだったからな。お菓子も麻薬の隠語って訳だ。じゃあ、この人形達って麻薬常習者か」
「下手したら、アンタらが食べてたお菓子も麻薬なんじゃない? だから、食べるなって言ったのに」
クリーンヒットに苦悦を漏らしても関係なく、現状把握に勤しむルリの冷たさに先程とは別の意味で切なくなってきた。
「アンタらがそう言うって事はここはスイパラに見せかけた麻薬工場って事でしょ。なら、痛みや苦痛で止まるわけもないか」
ロビン船長が首を鳴らして、前に出る。お菓子の人形たちはせせわらう。彼らが欲しいのは道連れだ。自分と同じ地獄に落ちて欲しいのだ。
「お菓子で犯して、お人形に!」
「おくすりのめたね、えらいね?!」
不良も薬物中毒者もそのあたりは変わらない。仲間が欲しいなどほざいといて、一番欲しいのは自分の苦しみを味わう事のできる生贄なのだから。
地獄へ引き摺り込む亡者たちの魔の手に対して、ロビン船長は淡々と腹の底から冷えるような声色で、
「何で薬なんかに手を出したか、知らないけど。アンタらの人生はそこで終わってんのよ。今を生きる奴らの邪魔するくらいなら──」
残像を残して、太腿につけられたホルスターから二丁の拳銃が舞う。二丁の拳銃が船長の手に収まると、お菓子の人形の頭蓋が砕け散る。
「ここで屍を晒してなさい!」
目にも止まらぬ早撃ちに、少年心がくすぐられるが、迫るお菓子の人形達にいつまでも子供のままではいられないようで。
「船長、ここ任せた!! 俺たちでタカとついでに駒の鈴を取ってくる!」
「死んだら殺しに行くからそのつもりで気張りなさい!」
「「了解!」」
迫って来ていたチョコレート人形を蹴り飛ばし、経路確保。戦うよりもまずは目的地へ足を進めていくが、お菓子達の数があまりにも多すぎる。
道なき道を蹴り開いても後から追いつかれるのが関の山。どうすれば良いかと、蹴り砕きながら考えた頭上を影が飛び越えた。
「何してんの、ボス!! うちが道を見つけるから着いて来なって!」
「着いて………って無茶言うな! お前みたいに壁を蹴って、人形踏み台に空を飛べると思うなよ!」
影の主はルリで、柵を手を着いて、飛び越えて、赤煉瓦の壁を蹴って、白亜色の生クリームの高壁を一息に乗り移る。ジグザグに走りながらも体幹がブレる事はない。
彼女にとっては、世界全てが道であるはずだ。
目で見て、耳で聞いて、口で発して、鼻で嗅いで、手足で面を感じる。走れる場所を五感で探す。
かつては出来たはずのそれが、今の俺にできるはずもなくて──
「ボス! お嬢の言葉忘れたの!?」
「セイの言葉………?」
「『私がここまで教えたんだから──』」
地面を空を飛ぶための発射台としか思っていない彼女の歩法に俺は着いていけず、途切れた声に迫る人形を押し留めながら、頭を回して──
『鴉間くん。私がここまで念入りに教えたんですから』
──大切な言葉を紐づいて思い出した。
「そうだったな──八咫烏はいつだって"自由"を愛していたって」
飛び交ってきた人形を踏み台に、力一杯空に飛び出す。
足が離れた。宙を掻く。なににも触れない、届かない。
体が揺らいだ。体勢が崩れる。上か下か、バランスを保つことができない。
分かっているんだ、分かっていたんだ。
俺はずっと目を逸らし続けていた。タカが俺の生き方に口を挟まなかったのも、ルリがずっと約束を果たそうとしていた事も。
『これで忘れたなんて言ったら、私はあなたを殴りますから』
彼女が教えてくれた、自由の翼もずっと忘れていたんだ。
早い。風が強い。目が痛い。耳鳴りが遠い。心臓を置き去りにしてきたような気がする。高鳴りが聞こえない、聞こえたのは──彼女の言葉と、
『だから──空の飛び方、忘れないでよ』
「ああ、今思い出したよ。セイ」
青い春に置いてきた熱い胸の鼓動だけだった。
迫る地面、見えるルート。反射的に体は看板が飾られている金属の棒を掴み、体を振り子のように振り、手を離して方向転換。
すぐさま重力に従って、落ちる体だがその落下点は次の金属棒。足裏で掴んだ感覚を維持して、そのまま跳躍。橋の真ん中に飛び降り、ついた足先から膝を柔らかく使って、衝撃を逃し、前回りしてそのまま走り出す。
久しぶりにロールなんて、トリックを使ったせいで逃しきれなかった衝撃に足裏がじんわり痛いが今は気にしていられない。
「来た! ボス! お菓子が来てるから!そのまま走って来て!」
城の入り口にて、ルリとタカがビスケットの扉を開いて待ち構えている。鍵が空いてるなんて罠としか思えないが、時間はない。罠だろうが入るしかないだろう。
「鬼が出るか蛇が出るか………来たぞ、鷲宮!」
中に転がり込めば、そこは薄暗い部屋に壊れかけの灯がぼんやりと浮かぶばかりで、窓すらない部屋からは外の光を取り込むこともできない。建物の質は木材で、造りが粗末なのか所々から雨漏りめいた湿りがあって。
「さて、どうやって進めば………うおわ!?」
『貴君らの背けた罪を見よ』
次の瞬間、耳元で何事かを囁きかけられる感覚が意識を揺さぶった。
その声がなんなのか、と考えるような暇もない。
膝が折れて、受け身も取れないまま、体が人形のように転倒する。勢いのままに床を転がり、階段を落ちて、大の字に、すぐさま体を起こして──
『それくらいでへばらないでよ、ばか!」
目の前の彼女は──あの日と変わらない顔で呼んでいた
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