生まれた意味を知る

 連続子供誘拐殺人事件、幼い頃にテレビでやっていた記憶がある。被害者全てが小学生未満の子供たち。その子達全てが、変色した遺体で発見された事を。


 死因は薬物の過剰摂取。犯人は医者であり、小児科に努める女医だった。動機は『自分の言うことを聞く子供が欲しかったから』という身勝手な理由だ。最終的に拠点だった廃屋に乗り込んだ際に、犯人は火をつけて自殺。結果、子供を逃がすことを優先した男女の警官2名が殉職した。


 そのせいで自分は両親を失ったとタカに初めて言われるまで、事件を思い出す事はなかったが。


「待て待て待て! じゃあ、この迷宮の番人ってまさか、タカの両親を殺した奴か!」

「というかタカ、アンタやけに詳しいのね。関係者だったりする?」

「両親と共に焼けただれた死体があんな感じでした。今でも偶に悪夢を見ますから……」

「まっ、死んでるなら別に全員撃ち殺して進んでもいいわよね」


 拳銃を指先で回しながら、迫る紫の子供達を前に悠然とした態度で望む船長、ただ俺としてはそれをしたくないし、やりたくもない。


「俺が走り抜けます。扉を開けたら皆、中に」


 軽くステップを踏み、一足跳びに距離を詰めて、横の壁に接近、踏み切って一気に壁を這い上がる。とっかかりを踏みつけ、さらに子供達を越える。

 後は着地し、扉を開けるだけ。だからこそ、仕方ないと言えば仕方ないのだが、『ガチャン』と聞き慣れた音と一緒に俺の足先をトラバサミが咥え込んだ。


「………oh」

「スぅぅぅぅぅ、やばいやばいやばい!!」


 子供達は動きが止まった俺目掛けて突き進む。すぐさま外そうとするが、肉に食い込んでいて外れない。視界の片隅では船長が拳銃を抜くが、それに首を横に全力で振った。


「くっ! こうなったらここは俺に任せて先に行け!」

「さっき言ったこと、もう忘れたの!? 死んだ人間より、アンタの命は低いっての!? ざけんな! アンタは自分の価値を安く見積りすぎよ!」

「バカ待て、撃つな! 相手は子供だぞ!」

「夢の存在でしょうが!! 今を生きてるアンタの方が大事でしょ!!」


 船長が撃鉄を挙げた。狙うは子供達、いくら騒ぎ立てようと覚悟が揺らがないのを見て、必死に足を引き抜こうとして、それを前に出た男が止めた。俺の腹部に拳を叩き込むことで。


「………手、大丈夫か?」

「~~っ!! 相変わらず、鉄でも入れてんですか。その腹筋」


 とはいえ、肉体に差がありすぎる。手を抱えながら、唸るタカに俺は声をかけるが返答は胸倉をつかみ上げられる暴力的な対応で。


「総長は知っていますか? 祖父母の家で大好きな両親の帰りを待っていた子供がもう二度と2人に会えなくなった気持ちを。分かっていますか? 心を許せる恋人にあと少しで永遠のサヨナラを告げなくてはならないことを」


 タカの歌うような言葉と共に、銀色の光がアイツを中心に溢れ出す。光が展開されるに連れて、雑念は一切なく、彼女の内側に沈み込んでいくかのような感覚を覚えて、冷たい金属のような空気がある形をもって顕現する。


「──理解していますか? いつも、大事な人に置いて行かれる者たちのことを!!」

「タカ…お前も夢想伝播を」


 タカの号哭が、突き出した拳にまとわりつくように。その夢が形を成した。いつだって、大切な者たちを見送ってきたタカの夢の形は──全てを縛り付けて離さない鎖だった。

 具現化された景色は牢屋、ハリウッド映画で見るような刑務所内で子供とタカだけが外に出ている。


「総長、オレ達は……アンタが生きる理由にはならないんですか?」

「タカ、それは」

「答えは聞きません。強情なのは分かっています。だけど、アンタもルリも死んだらオレは、また……」


 連なるように互いの手が届く距離で、タカの上から下へと叩きつけるコンビネーション、更に繋げるように下から上へ跳ね上げるような拳打も放たれる。


「だから、アンタを死なせません。少なくとも、こんなところで」

「いい仲間を持ってるわね、レイヴン。ホーク、援護するわ。好きにやりなさい!!」


 タカの攻撃に思うところがあったか、子供は防御の為に両腕を挙げたが、防御しようとした瞬間にタカの拳によって弾かれ、がら空きの胴体と顎に鋭い一撃が突き刺さって、地面を転がる。


「おい、平気か? 殴ったりしたらお前の拳が腐ったりは」

「鎖を手に巻き付けているので平気です。腐食自体は避けられませんが」


 話してる隙を狙った子供の右腕は地面から伸びる鎖に繋がれて、中途半端に伸び切った腕。それに被せるように狙い澄ました全身を叩きつけるカウンターが、顔面を撃ち抜き、致命的な一撃に子供が蹲る。


「よ、容赦ねえな」

「正しさが悪いとは言いません。ですが、その正しさで大事な人たちを失ってきたオレはそれに固執しませんので」

「お前、そういう割切りはできる奴だよな」


 彼が歩く道がに従って、牢屋の扉が開かれると、紫の子供達を囲んで閉じ込める。最後の子供を首根っこを掴んで、牢屋に幽閉してようやく俺の目の前の鉄格子が開かれて、外に出ることができた。


 だけど、子供たちは閉じ込められたままで。船長は無言で、拳銃の撃鉄を上げる。それが慈悲だと分かっていても納得はしづらい中で、タカが動いた。


「君たちも寂しかったんだろう? だから、オレ達を求めた。もう一度抱きしめて欲しかったんだろう? かつて父さんと母さんにしてもらったように。その気持ちは痛いほどわかるから」


 牢屋越しに触れた手に紫の子供達も手を触れる。失ってしまった温もりがそこにあると分かっているから。求めるように手を伸ばして、タカは鎖越しの掌で彼らの頭をなでていく。求めたその温かさに子供たちは夢見るように微睡んで。


「ア………り、が………ト」


 泡が弾けるように、彼らの存在も泡沫の夢のように消えていく。最期の最後で漸く笑えた彼らの魂は家族の下に行けるといいが。


「──行きますよ。こんな悪趣味な罠を作った阿保に文句言いたくなった」


 こちらを振り向かず、タカが先頭を歩き出す。俺も船長がとらばさみを壊した後に後をついていく。


「怪我は?」

「問題なし」

「そう、じゃあアンタに一つだけ言っておくわね」

「ふぁい?」

「船長命令よ。次、アンタが自分の命を無駄にしたいなら私がアンタを殺してあげる」

「えっ」

「だから、アンタは………私に殺されるまで自分の命を大事にしなさい。私以外に殺されたら、もう一回殺すから」


 片手で両頬を掴まれて、反論さえさせないと彼女の目が訴えかけているので、仕方なく形だけでも頷くしか無い。


「形だけで頷いてるわね?」


 バレていた。だが悪くは無い提案だ。船長の弾丸や能力ならきっと俺を殺し切れるだろうから。今度はしっかり頷くと、船長は俺をこづいてヘロンさんの後を追う。


 俺も足早に後を追いかけるのだった。


19


 さて、地下迷宮に潜むボスと言えばどんな存在を想像するだろうか。4本腕の怪物? 山よりでかい守護魔像? 今回の場合は、


「ハーッハ! よく来たな! 愚かな侵入者達よ、この私が相手をしてやる! とうっ!」


 小動物のような少女だった。何というか、ピンクが似合っちゃう系の女子。目はくりくりだし、髪の毛はピンクで艶が掛かったウェーブだし、ネイルも淡いピンクで強調し過ぎずでも手は抜いていない。

 だけど、どこかで見覚えがあった。そう、酒場で出会ったあの女性に似ている気が……金銀財宝の山の上から飛び降りて、


「ほわあっ!」


 足を挫いて、地面に蹲っていた。地下迷宮のボスの威厳など全くなかった。


「ヘロン………」

「え、知り合い?」


 そして、その正体を見てげんなりしている船長。蛞蝓を見るようなその目からして、あまり好かれているわけでもないらしい。


「むっ、懐かしい気配と思えばロビンじゃないか。少年も元気そうだねぇ。ぶっへぁ!?」


 だからといって、いきなり船長によるドロップキックは余りにも可哀想だと思う。金貨の山に頭から埋まったが、少女は力尽くで頭を引き抜くと笑いながら、こちらに近づいてきた。

 一回、瞬きをすれば幼女の姿に、二回、瞬きをすれば老婆の姿に、最後の瞬きをすれば、妙齢の美女が腕組みをしながらたたずんでいて。


「いきなりな歓迎じゃないか、ロビン。しかし、船長らしくなってきたねえ。酒場の少年も元気そうで何よりだよ。紹介してもらえるかな?」

「こいつらはうちの新入りよ。金髪がレイヴン。もう一人がホーク。自己紹介は終わり。さっさと、『鳥葬の槍』をよこしなさいよ。どうせアンタが持ってんでしょう? 私の夢と記憶を引き裂いて作った怪物殺しの槍を」

「槍か。勿論だ、身から離さないようにここにしまっている」


 言うが早いが、豊かな谷間に手を突っ込むヘロンさん。どうみても槍が入るとは思えない個所から、先端に烏のモチーフが刻まれた見るからにして芸術品と呼べる代物が取り出される。1メートル近い槍がどうやって入ってたかは考えたくないが。


「何で谷間にしまえたかは知らないけど、あるならいいわ、それよこしなさいよ」

「断る」


 いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。その雰囲気の変化に少し驚くが、表情には出さずに船長が問い返す。


「何で?」

「ロビン、悪いがお姉さんは夢を失う前の君と約束をした。君自身が自ら引き裂いた夢と記憶の槍を守れってね。君が返せと言うなら返すべきだが、今の君に返して守り切れるかは些か疑問が残るんだ」

「………私が自分で引き裂いた? 何のために?」

「それを教えるわけにはいかない。契約だもの。ただ言えるのは──君は現実から目を背けた」


 船長の腕が震えだす。足が逃げようと足踏みをする。まるで今から怒られることを避ける子供のように。それをかばう様に前に出ればヘロンさんは意地悪い笑みで槍を軽く振り回す。


「君は分かっているようだねえ。契約の内容に君たちは入っていない。つまり、君たちになら槍を渡しても構わない」

「だったら話が早いですね。槍を渡してください。さもないと、神風特攻野郎が自爆しますよ」

「お前、俺のことなんだと思ってんの?」

「話が早くて助かるけどね。もっと君たちの話が聞きたいところだ。だから──夢想伝播」


 ヘロンさんの歌うような言葉と共に、桜色の光が彼女を中心に溢れ出す。光が展開されるに連れて、雑念は一切なく、透き通る青空と澄み渡るような白い雲、それが地平線を起点にまるで鏡で反射したように大地にも投影されている。ウユニ塩湖の写真のような景色と呼べばいいのだろうか。そんな世界に引きずり込んだ張本人は呑気に湯気立つ紅茶と椅子を用意して手招きしている。


「緊張しているようだけど、お姉さんに戦う意思はないよ?」

「自分の夢の世界に引きずり込んでよく言うよ。どこを信じろって言えばいいんだ」

「なら"契約"をしようか。お姉さんは君たちには手を出さない。戦闘行為を禁ずると」

「待ってください。その契約とは何ですか?」


 こういう時にタカは非常に頼りになる。その疑問に彼女はゆっくり紅茶を飲みながら、指先をふるう。幼い子に教えるように。


「契約ってのは強制力のある約束のこと。悪魔と契約したり、お姉さんのような……吸血姫の力を借りたりするときはねえ」

「吸血姫……? それは空想の怪物、ああ、そういうことかよ」

「馬鹿だけど。理解が早くて助かるよ。君たちが夢見た存在はこの世界では真実になる。お姉さんたちは君たちから生まれて、その設定どおりの力を持つものだよ?」

「話は分かりましたが、納得がいかない。なぜ、貴女はそんな契約を結んでまでオレたちと話そうとするんですか? 本当に吸血鬼ならその圧倒的な力でねじ伏せてしまえばいいでしょう?」

「だって、そんなの退屈じゃないか。それに──」


 こちらに向ける瞳は幼げな顔立ちとは思えないほどに艶やかに美しく、


「──せっかくの息子との再会だ。少しくらい、母親面をしてみたいのさ」


 カーテンを風が揺らすような軽い言い方で無視できない事実を述べてきた。言葉の意味が理解できない。聞こえてはいるけど、脳が理解を拒んでいるような感覚。

 母親。それはあまりにも自分とは縁がない言葉だった。いることは分かっていても、その存在は空想の生き物ではないかと思うくらい現実味がないのだから。


「貴女が、総長の母親だと言う証拠はあるんですか? DNA鑑定でも済ませていて?」

「人間の尺度でいう親子関係の特定だね? それで言うなら、簡単だよ。お姉さんの血と彼の血が共鳴している。そうだね、分かりやすくすると……」


 突如、心臓の鼓動が跳ね上がった気がした。いや、実際に体が熱い。まるで溶かした鉄を体内に流し込まれているような感覚。だけど不思議と苦しさはない。サウナのような体内に熱がたまっていくような感覚で。


「はい、おしまい」


 同時に熱が一気に引いていく。余りの熱に滴る汗が顎から垂れるのをぬぐいながら、本当なのか?と何度も自分とヘロンさんを見返してしまう。


「心当たりはあるんじゃないか? 例えば、他の人間より体が頑丈だとか、怪我の治りが早いとか」

「確かにありますね……オレの自殺をかばってダンプにひかれても翌日には喧嘩してましたしね。人間にしてはあまりに不可解です」

「うん。お姉さんが言うのもなんだけど、普通の人間でそれはあり得ないってもっと早くの段階で気づくんじゃないかな?」

「総長はギャグ漫画の住人のような人なので」

「せめて不良漫画かスポーツ漫画にしてくれ」


 右腕をゆっくり回しながら自分の体の調子を確かめる。イメージした動きに寸分の狂いなく従うそれは全盛期の自分に近いものだ。だから当時のように自分の体が元気だと思い込めば腕も治る。それは夢の世界だからとばかりに思っていたが、


「つまり、俺は吸血鬼のハーフってことか?」

「君たち風に言うならダンピールって奴だね。吸血鬼本来の不死性や能力が半分になる代わりに弱点による影響はない。日光の下で生活できるし、十字架に触れても問題はないさ」

「そこまでならデメリットはないですね。なぜ貴女が人間と交尾したかになりますが」

「君たちも気づいているとは思うけど、父親は当時の星空の海賊船の船員さ。あるきっかけで私と出会って……」

「恋に落ちたって訳か。親の恋愛事情なんて聞きたくねえな」

「いや、寝込みを襲われた」

「「襲われた!?」」

「そうしてできたのが、君だよ。レイヴン。いや、真君って言った方がいいのかな?」


 俺はテーブルに音を立てて額をぶつける。全身から力が抜けるようだ。そりゃ確かに、糞親父は歩く犯罪者だったがまさか怪物にまで欲情するとは思わねえよ。


「で、でも……なんで産む決意をしたんですか? それこそ男を殺してもいいくらいなのに」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに突っ伏したままの俺の頭上でタカが懸命に話をしてくれる。ありがとう、相棒。お前が右腕でよかったよ。心の底からそう思うんだ。

 なんとか、顔だけ上げて母親と思われるヘロンさんに目を向ける。王侯貴族のように洗練されて所作でカップを傾けた彼女は零れるような艶めかしい舌先で唇を舐めて一言。


「退屈だったから」

「……は、い?」

「何でも叶う夢の世界。そこで生まれた空想の怪物たちは皆がこう思います──ここは退屈な牢獄だと」

「なんでだ? 何でも叶うなら、名誉も地位も女も好き放題できるんじゃあ……」

「思うだけで結果が出来上がる。過程をすっとばして。君はそんな世界をどう思う?」

「……なるほど。夢が叶う達成感もない、挫折した悔しさも生まれない。生きているって感覚を得られない!!」

「そして、ダメ押しにお姉さんたち、空想の怪物は夢の世界から出られない。生まれながらにして閉じ込められた怪物がお姉さんたちなわけ」


 タカの要約に腑に落ちた。それは辛いとしか言えない。動物園と同じ環境といえばいいのか。欲は満たされ、どこにも行けず、ただ無作為に時間だけを消費する。牢獄とは上手い言い方だ。


「だけど、お姉さんは抜け道を思いついた。空想の怪物はダメ……なら、空想の怪物と人間の間に生まれた子はどうだろうって。きっといい退屈しのぎになるだろうって──思ってたんだけどねえ」


 なんとなく、そうただ顔がかゆかったといわれても過言ではない小さな変化。その顔には僅かに和んだような、怪物にしてはまるで母親のような顔をしていて。


「生まれた我が子を見た時に利用なんて言葉は消えたのさ。何かこの弱い命にしてあげたいって……そう、お姉さんは何かをしてあげたかったら産んだの。貴方と手を繋いで公園に行ったり、誕生日パーティーしたり、恋人ができてニヤニヤしたり、ね?」


 急に目の奥が熱くなる。またヘロンさんが何かしたのかと思えば、温かな雫が頬を伝っていく感触で自分が涙を流しているのだと分かった。情けない、どうしてこんな子どもみたいに泣きじゃくっているのか。


 それはきっと彼女も世界がなくなるくらいに泣いている事がわかっていたから。


「あの人に誘拐された時には荒れたよ。現実に放逐するにしてもまだ先のことだと思っていたから。慌てて、夢の世界で君を探して……ずっと見てた。君が成長していくその姿を。だから、君の呪いはここで解こう」

「君は決して望まれなかったわけじゃない。君に会いたくてお姉さんは君を産んだから。だからもっと自分を大切にして?」


 怪物ではできない優しい目で彼女は言った。その感覚には覚えがない。だって、今まで与えられなかったものだ。今更、もらってもどうにもならない無用の長物だ!!

 だって、そうだろう? 母親にずっと思われていたなら──どうして俺は最初から正しく生きられなかった?


「そんな事、今更言われたって、取り返しなんてつきやしない!! セイは俺と出会ったせいで昏睡状態の上に嫉妬をこじらせた隼に幸せを奪われた。そんな俺が今更、救いだなんて烏滸がましい!!」


 こんなことなら最初から聞かなければよかった。あり得たかもしれなもしもの自分が見えかもしれない。胸をはって、セイと出会えた未来があったかもしれないと思うとそれはあまりにも、


「後悔しているなら殴りますよ。総長」


 頬を横からはじかれた。正確に言えば、殴られていた。椅子から転げ落ちたことでようやく気付いたのだ。ただ俺の体頑丈だから気づかなかっただけで。


「それ言う前に殴ったら意味なくね?」

「思考の悪循環に入ったら一回殴った方がいいでしょうよ。いいですか、総長? 確かに総長は馬鹿の癖に無能ではない無法っぷりで半グレとかに喧嘩を売る死にたがり糞野郎ですが」

「滅茶苦茶言うじゃん。やっぱり、俺と出会ったことを後悔してるのか?」

「──貴方と出会ったことに後悔はありません」


 はっきりとそう、何のためらいもなくタカは言い切った。聞いてるこちらが恥ずかしくなるくらいに堂々と。


「総長に振り回されて、馬鹿をやって、尻拭いして、周りから見たら犯罪者の屑ですが楽しい事もあったんです。少なくとも過去にだけ囚われた人生を送るのが勿体ないくらいに」


 差し出された手に伸ばした手を拒むように顔を横に向ければ伸ばした手が俺の手を掴んで無理やり立たせる。そのまま、握った拳が俺の心臓に軽くぶつけられた。


「罪から逃げないでください。それをしたのが隼です。辛くても、苦しくても正しい道に戻ろうとした総長ならきっと自身を許せる日がきっと来ますから」


 身内贔屓だということは分かってる。こんな言葉で素直になるのも単純すぎて馬鹿馬鹿しい。それでも、思っていいのだろうか。言葉にしていいのだろうか。


「母さん」


 初めて口にした言葉に僅かな恥ずかしさが募る。だけど照れなんて微塵も出さずに確認する。きっとそれが再出発の号砲になると思ったから。


「俺は……生まれてきてよかったのか?」


 ずっと問いかけたかったその質問に彼女は呆れたように笑った。今更、そんなこと聞くなんてバカみたいと。


「外野がなんて言おうとも、お姉さんは何度でも言うよ。当然でしょう? お姉さんを貴方の母親にしてくれてありがとうって」


 そうか、そうだったのか。こんな簡単なことに気づかないなんてバカだな、俺は。気の持ちようだとは分かっているけど、パズルのかけたピースのようにぴったりとハマった。これでよかったとは思えないけど、もう迷わない。迷いたくない。生まれたことは間違いじゃなかった。減点は結構食らってるけど、まだまだ人生の合格ラインは達成できる。その為にもまずは、


「ルリを救う。そして、セイもだ。だから、手を貸してくれ、相棒」

「もちろんですよ。総長」

「話はまとまったみたいだね。じゃあ、受け取りなさい。私の息子。君の歩む道が夜明けへ繋がる事を祈るよ」


 そこには使命感があった。誠実さと覚悟があった。短くても伝わる言葉の重みにヘロンさんは僅かに微笑んで、槍を渡す。そして、空想の世界は解除された。開けた世界で船長は静かに待っていて、俺の手に握られた槍を見て、満足げに頷いた。


「よくやったわね………後は『星の砂』ね。あの隼からどうやって奪うかだけど」


 話は終わったようで、あとは戻るだけだが、やはり出てくるのは隼の話だ。何せ、最後のアイテムを彼が持っているなら、敵対は避けられない。


「そのことなんですが、いい考えがあります。ヘロンさんにも手を貸していただくことになりますが」

「具体的なことは聞かない。勝率は?」

「八割は固いですね。あのプライドを利用するとしましょうか」


 試すように聞けば、彼は肩をすくめた。その挙動はほぼ確実に成功すると確信した時にしか見られない動きに俺は口角を上げて号令する。


「じゃあ、隼狩りとしゃれこもうか」

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