地図なき冒険の始まり
「駒鳥を返せ! 社会の屑ども!!」
金属バット片手に、夜中のパルクールパークに突入してきたのはいかにもな好青年。パルクールの練習中にやってきた彼はヘルメットを着けて金属バットをめちゃくちゃに振り回すから、タカが対処したのも仕方ない。
「いえ総長。てっきり、オレはこの間潰した強姦集団の奴らかと………まさかお嬢の幼馴染だとは」
「セイ、マジでこいつお前の幼馴染? 勇気は賞賛するけど、命は大事にさせとけって」
「アンタにそっくり返すわよ、シン。それより、アンタねえ、ばっかじゃないの?」
セイの手が顔の片側を覆うくらいに酷かったが。シャツとズボンを脱がされ、パンイチ半ケツ状態でガムテープで拘束されてる姿はあまりにも酷い。
とりあえずせっせと解放してやれば、解放された瞬間に拳が飛んできたので首を捻って受け流す。
「ちょっと! アンタ、本気で何やってんの!? 馬鹿なの!? 死にたいの!?」
「お前が不良のボスだな! 僕と戦え! 勝ったら彼女を返して──」
「ちょっと、マジで黙ってなさいよ。アンタ」
牙を鳴らす獣みたいな隼に対して、セイはどこから抜いたか知らないが水鉄砲片手に隼の股間を狙い撃つ。怪訝な顔をする俺と隼に対して、タカは顔を青くした。
「あっ、あああァァァァ! ち、チン○が! チン○が! かっ、ああああ!」
「え、待って中身何それ? 毒?」
「ハッカ油原液水鉄砲」
「鬼の所業か、お前。なんでそんなもん持ってんだ」
「力では敵わないから、腕力に頼らず多少の距離を保ててかつ継続ダメージが通りそうなものをチョイスしてみた。ほら、私か弱いし」
「ふふ、この間なんて野郎4人が股間のブツの痛みに叫びながら道路に転がってるの眺めてましたよね?」
「眺めてたんじゃないわよ。残心の一撃ってやつの必要性の有無を検討してただけよ」
「悪魔かお前は。とどめを刺そうとすんな」
「ちなみに怖くて悲鳴を上げられなくても股間にハッカ油を食らった人が悲鳴をあげてくれるから誰かしらの助けが来ることが見込めるので一石二鳥」
「引き金を引く前に悲鳴を上げろ。俺が……俺じゃなくても八咫烏が助けに行くから」
今、思えば俺たちに処理するよりかはセイが処理することで不良仲間達からのヘイトを処理していたのかと実感。それでも懲りずに喧嘩を売りに来る隼の根性を認めたが。
15
「懐かしい夢を見た」
「あっ、起きた? ボス。目覚めのキスはいらない?」
「NTRはよくはありませんよ!! 総長!!」
泡が弾けるように、目覚めた意識に映るのはアホなことしか言わない親友たちに体を動かそうとすれば、ギシギシと痛む上に体が動かない。
「鋼鉄ワイヤーって、俺を怪物扱いしてんの?」
「銃弾を受けて、無事なのは人間ではないと思うよ、うちは」
ルリから正論受けて黙り込んでカビ臭い空気から辺りを見渡せば、牢屋に入れられているようだ。檻は鉄格子、短く息を吐いて蹴りを喰らわすが振動が伝わるだけでびくともしない。
「無駄な事はやめておけ。患者なら大人しく待つものだ」
階段を軋ませながら、降りてきたのは隼だった。黒髪の美少女をこれ以上なく、幸せそうに蕩けている。そんな彼女を胸に抱き、更に愛し気に撫でながらも端的に淡々と診断するように彼は告げて、二人を瞳に映す。ルリはその目をいやらしいと思ったのか身をよじるが、対して、タカは──恐慌していた。
「貴方………本当に隼ですか?」
「失礼な男だ。僕を快楽殺人犯か何かだと思っているのか? 頭の診断が必要か?」
毒のある生物は派手な外見により、外敵を寄せ付けない。タカの目にはこの隼がそのように見えているようだ。まともじゃない、まだ殺人犯の方が納得できるとばかりに。
「病気は一度もした事ないから病院に縁はなくてな。船長達は何処だ?」
「お前に話すことは何もないよ。社会の屑。生きていたとは驚きだ。特にセイを陥れたお前だ、鴉間」
「ちょっと! お嬢の件は冤罪じゃん! お嬢の両親が息子の臓器移植の為に、お嬢を殺そうとした! 鷲宮はそれを利用して、ボスに冤罪をかけた! これが事実だってば!」
「冤罪だからと目を曇らせて罵る人間の愚かな事。貴方はいつ目を覚ますんですか?」
「やめろ、お前ら。鷲宮を殺しておけば止められたのは事実だ。セイが俺たちに関わらなければそもそもこんな事にはならなかったかもしれないしな」
「わかっているなら話が早い。とはいえ、君を許そう。鴉間。なぜなら駒鳥は僕を選んでくれたからだ。そうだろ、駒鳥?」
「はい、ダーリン。貴方のような成功者の嫁になれて幸せです! 社会の屑どもは汚いし、私の黒歴史ですよ」
うっとりとした表情で、髪を撫でられて、猫撫で声を上げるセイを見て、諦めたはずなのに胸元が真綿でじわじわと締め付けられているようで。次第に撫でていた手は陶磁のような肌を伝って、下に行き、胸元を止めていたボタンを一つずつ外していく。
「ダーリン。めっ! こんなゴミを漁る低能腐れ達に私の体見せたくないもん!」
いくら何でもそれは不味いと目を逸らせば、セイがやんわりとそれを止めた代わりにこちらを見下ろしていた。
「今更何の用ですか? 私が伸ばした手を掴んではくれず、託した夢から逃げた愚か者」
「セイ………俺はお前に謝りたくて」
「はい? それ私の未来でも帰ってきます? 貴方の後頭部見せつけられても何にもなりませんよね? 許すのは私の自由、貴方は一生地面をみてたらどうです?」
言われた言葉に何も返せるわけがない。傷つけたのはこちらでセイに非はない。許してもらえるとは思ってなかった。ただ、頭の中で描いた未来が現実に変わるだけで、傷口を塩で塗られてるような痛みが襲う。
「セイ、すまなかった。謝っても取り返しはつかないのも承知している。だから、お前が望むなら今すぐ命を絶っても構わない」
「貴方、自分の命にそこまで価値があると自惚れてるんですか? 頭が本当に可哀想ですね。でも私、感謝してるんですよ?」
そこまで言って彼女は笑った。あの日から変わらない眩しいくらいの一等星が、
「おかげでダーリンと結ばれたもの。将来的に成功間違いなし。これ以上、後ろ盾もない孤児の不良なんて相手に懐かれても迷惑なので、お願いは至って簡単です」
満点の星空を思わせる瞳に俺を写して、お願いした。
「金輪際、私に関わらないでください。なるべく苦しんで死んでください。自殺も許しません、逃げる事も。毎日同じ死ぬ様な日々を、ぬるま湯のような不幸な日々を送って、1人で墓に眠ってください」
言葉尻は聞こえなかった。彼女の唇が、隼に塞がれたから。耳を塞ぎたくなる様な嬌声を、自分が愛された証だとばかりに痴態を見せつけていた。
屋上から飛び降りたルリを庇っても痛くなかった。タカの代わりにダンプに轢かれても平気だった。
「愛しているわ、ダーリン」
「ああ、僕もだよ。駒鳥」
自由を奪われた彼女があり得た可能性で幸せそうに笑っていた──それだけで、俺には耐えられなかった。
「ルリ、終わりましたか? 目を開きますよ?」
「………終わったけど、うちはこの持て余す感情をどうしたらいいかな?」
解放されて尻をつく。沸々と空気が熱されるような昂りを背後の2人から感じたけれど、いよいよ諦めがつくものだ。初恋の終わり、ほろ苦い思い出、にしては酸味が効きすぎてるが。青春の終わりだと思えば大したことない。
「隼。気が済んだなら出してくれ。セイ………駒鳥さんの言う通り、出ていくから」
ただちょっと、思い出が色褪せてくれないだけだ。
「出すわけないだろ? セイの話と僕の話はまた別だ。これから君には一生の罰を受けてもらう。君達不良がどれだけ社会に迷惑をかけてきたか、それを理解するまでは出すわけにはいかないよ」
「ふふふ、戯言を。罪から逃げるつもりはありませんが、貴方は何様ですか。真面目で蛮勇、見所あると思っていた内面がこれとは失望しましたよ」
「うちらはさ、犯罪行為は喧嘩くらいだけど、それでも死んでくれって願われる人側って知ってる。でもさ、うちらと今のアンタは同じだよ? わかってる?」
「不良はそうやって言い訳をして、楽な方に逃げようとする。だから君達は成長しないんだ。真面目に勉強してきた人間が馬鹿を見る、なぜなら君達のような更生者が尊ばれる世の中だからだ」
隼は乱れた服装を整えて、賢者のような顔で宣う。
「故に僕は世界を変える。夢の世界で願うのさ。4つのアイテムを揃えて、星鯨に願うんだ。『不良達を永劫の苦しみを味合わせる』と」
「4つのアイテム………!? まさか在りかを知ってんのか!?」
「貴様らが駒の鈴を手に入れたのはわかっている。そして、空の息吹たる海賊船もな。故に必要なのはあと一つ。鳥葬の槍、それが集まれば僕は世界を変えられる」
「ふふ、新世界の神にでもなるつもりですか?」
「神様なんてそこまで自惚れてないよ。ただ、僕は君達みたいな屑を一掃したいだけ。ついでに人体腐敗化症候の原因をお前達に押し付けるのもありだな」
その言葉に俺は顔をあげた。やるかやらないかで言えば間違いなくやるであろうこいつに、輝かしい未来を歩み始めた2人を邪魔させられない。
「待て。なら俺だけにしとけ。俺だけは先がない。俺なら幾らでも未来を潰しとけ。お前が憎いのは特に俺だろう?」
「当然だ。セイを誑かしたお前だけは今すぐに死なせたいくらいだが、貴様には苦しんでもらおう」
「ボスがたぶらかしてたら、こんなにこじれってないっての」
「同感です。童貞を隠さないにも程がある」
「失礼だな。僕は非童貞だ。3年前に駒鳥で卒業したからな。」
「……待て、3年前?」
冤罪に噛み付く2人を無視して、隼の言葉が引っかかる。3年前なら、彼女は昏睡状態のはずだ。同意したはずなら、5年前の彼女がまだ生きているときのはずで──まさか
「お前、現実の彼女に何をした?」
「お見舞いに毎日行って、愛を交わして、受け入れてもらっただけさ」
その言葉に背筋に走るムカデのような悪寒は激しくなる。最悪の予想をが当たった、その事実があまりにも信じられなくて。
「そこにあいつの意思はあったのか!?」
「意思がなくても心はつながっているさ。だって僕らは幼い頃に結婚を約束した幼馴染なんだから」
「まって、まさか、信じられない……昏睡状態のお嬢に手を出したの!?」
「僕をまるで強姦魔みたいに言うのはやめてくれ。これが僕たちの愛のカタチなんだから」
「すごい歪んでそうな愛ですね」
にちゃつくような笑い方にルリが真っ先に気づいた。同時にタカも気づき、苦虫を?んだような顔で俺を見るが、返してる余裕すらない。彼女が幸せならそれでいい。だけど、意思なき彼女を慰み者にしてるのは果たして本当に彼女の幸せにつながるのか?
彼に抱かれて笑っている彼女は本当に今が一番幸せだって言えるのか?
「底辺の嫉妬は醜いものだな。さてそんな貴様達にはある迷宮に潜ってもらう。そこには宝を守る番人がいて、挑戦者を死んだ方がマシと思わせるくらいに苦しませる様だ。後は分かるな?」
「宝を持って帰らなければ、仲間は死ぬ。俺が苦しんで死んだならそれはそれでヨシ。宝が手に入らなかったらどうする?」
「その時はそうだな……こうなるな」
俺達に手をかざすが、異常はない。タカと顔を見合わせるがその余裕は喉から血を出しながら搾り取るような声に消えてった。
「がっ……ぐっ、は……っ!!」
「「ルリ!!」」
「筋肉のつき方からして、アスリートのようだが、肉体疲労が顔に出過ぎている。臓器に何か疾患を抱えてるだろ。なら僕の夢想伝播はよく効くはずだ」
「手を出すな、って約束だろ!? 今すぐやめろ!!」
「お前達と交わした契約が素直に守られると? おめでたい頭だ。真面目に勉強していないからバカを見る。それにお願いするなら相応の態度と言葉があるんじゃないのか?」
これが目的だと分かってもすでに退路は存在しない。鎖がぶつかる音を立てながら、座り方を正して、頭を地面に押し付けた。
「お願いします。ルリからこれ以上、何も奪わないでください。俺が代わりになりますから」
鍵が開いた音がした。そのまま鎖を引っ張られ、後頭部を衝撃が襲う。固さやかかる力から足が乗っていると分かっても、俺には抗うことはできなかった。
「無様だなあ!! 暴力でしか自分を語れない愚か者が這いつくばって許しを請う!! そうだ!! これが世の中の正しい姿なんだ!! 正しくあろうとするものが報われて道を外れたものが罰を受ける!! 当たり前の因果応報!! ああ、まるで夢みたいだ!!」
蹴られ、殴られ、唾を吐かれても頭は上げられない。これは当然の結果だろう。自分たちが虐げてきたかもしれない立場が逆転しただけだ。彼の嵐のような感情の波が収まるまで数分、ようやく満足したのか、俺とタカの鎖を引っ張って、階段を上がる。
「とはいえ、僕は優しいからね。チャンスを与えよう。宝を手に入れてくれば、君たちの仲間は必ず返す。だけど、宝を手に入れずに帰ってきた場合、彼女は死ぬ。どうせ、死んでも構わない存在だろう?」
「調子に乗っていられるのも今のうちですよ、隼。翼をもがれた時にどんな死にざまを晒すか楽しみにしていますからね」
「三下、噛ませ犬らしい言葉だ。語彙が貧相で仕方ない」
タカが何かを言っていたが、俺はただ黙っていた。船内から蹴り飛ばされるように出されて、仰向けになれば空に広がる星が何も返せなかった俺を嘲笑っているようで。目を反らすしかなかった。
出会った事が罪だった、恋したことも罰だとしたら、自分が生まれた事自体も罪だったのだろうか。今後生きていく事さえも罰にしかならないのだろうか。
「くっっだらない考えしてる顔すんな!」
思考の坩堝にハマった俺を捕まえたのは白百合のような指先だった。顎先を掴まれ、顔を挙げられた先には月をバックに船長がいて。
「生まれる事自体に罪はないわよ! 生まれた瞬間から罪を背負うなんてのも間違ってる! それでも周りが『死ね』と言うならば、中指立てて、笑ってやりなさい!」
彼女の透き通る空色の瞳に俺が写る。情けなく、ここまで生きてきてしまった弱い自分が。これからをどうすればいいか迷う自分が。
「『俺の人生全て見ろ、判決下すのはその後だ』ってね。許しってのは言葉じゃなくて態度で示すの。人生賭けて見せつければいい。アンタがあの子にどれだけ恋焦がれて、重い想いを思っていたか!」
星の輝きが祝福する。そんな眩くほどに輝いた言葉が、俺の背中を押して、背筋を伸ばさせる。
「その為の第一歩! 命を賭けて、仲間を守る! 冒険に行くわよ、レイヴン! アンタが見つけた宝物で仲間と自分を救ってやりなさい!」
背中を向けて、船の縁にて望遠鏡を覗く。覗かなくても目に見える、その島は如何にもな古代の秘密が眠っていそうな小さな島で。
「レイヴン、ホーク! さあ、冒険の始まりよ!」
彼女の軽やかな号令に俺は拳を握りしめた。
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