第15話

 うちの学校から徒歩25分くらいに位置する、大きな建物。

 その看板には『KIRYU観光ホテル』と描かれていた。


「き、KIRYU? えっこれ、もしかして桐生さん家の……?」


「叔父さんが経営してるのよ」


「因みに、桐生さんのお父さんは?」


「私の父は、弁護士をやっているわ」


「そうなんだ。お嬢様じゃん」


「そんなことはないわ。結構自由にやらせて貰ってるし。まあ、多少裕福な家だとは思うけど」


 桐生さんは、なんてこともなさげな顔で言って、普通に建物に入っていく。


 なんか、こういう気取らない感じが、本物のお金持ちというか、育ちが良い人の反応っぽいなって感じた。


 学校でも、桐生さんが親の職業や親戚がこんな大きなホテルを経営しているみたいな話をしているのを見たことがない。


 俺が桐生さんの立場なら、毎日美味しいケーキ食べてるとか温泉に入り放題なの、とか自慢しまくってるだろう。


 桐生さんが中に入ると、ホテルマンが駆け寄って来ようとする。桐生さんは手でそれを制止する。ホテルマンは気品のある所作で礼をしていた。


 やっぱりお嬢様だ。


 物語の中みたいな、非日常感溢れる光景を前に、緊張をワクワク感が上回る。


 歩く足の速い桐生さんを小走りで追いかけて、胸を張って隣に並び立つ。


 ホテルのロビーには、綺麗なシャンデリアがぶら下がっている。

 なんだか、ちょっとしたお城みたいだ。


 ドレスコード大丈夫かな、とか、桐生さんの隣を歩いて良いのかな、って不安でいっぱいだったと思うし、今もまあその不安がまったくないわけでもないけど、不安を態度に出す方がキモいって教えて貰ってるのと、休日にクラスで一番綺麗な人とこんな綺麗な場所でケーキを食べる体験ができるって楽しみが俺の足取りを軽くした。


「ケーキ屋さんは、ホテル内にあるの?」


 浮かれ気味に桐生さんを追いこして、振り向き様に聞いてみたりする。


 桐生さんは少し苦笑して。


「そうよ。でも、その前に私のルーティーンに付き合ってちょうだい」


「ルーティーン?」


「そう」


 それから、エレベーターの方へツカツカ歩いていく。


 ……少しはしゃぎすぎだろうか? 素っ気ない桐生さんとの温度差に少し恥ずかしくなって、俺は、桐生さんの少し後ろをついて歩く。


 エレベーターのボタンの隣には、階層ごとの簡単なフロア案内みたいなものが書いてあった。


 温泉や露天風呂はまあ、当然あるとして、スパやエステ、プールとか軽いスポーツが出来る施設まであるみたいだった。レストランやバイキングビュッフェ、カフェとかも充実している。


 ホテルって書いてあるけど、宿泊施設付きの複合癒し施設って感じだ。


 まあ県外から鹿児島にわざわざ来るような人なんて自然見て温泉浸かって癒される目的だろうし、こういう施設がまあまああるらしいってのは知っていた。


 でも、実際に来るのは初めてだった。


 エレベーターが降りて来て、桐生さんは迷わず2Fを押す。


 ケーキ食べた後は、お風呂も入れると嬉しいな。


 そんなことを考えていると、エレベーターのドアが開く。


 2Fにあるのは、プールとスポーツ施設だ。えっ、食事の前にひと泳ぎってこと? み、水着回ですか? 水着回ってもうちょっとこう色々イベントが進んだ後に……ラノベだと大体2巻目とかでやるようなことなんじゃないですかねぇ?


 非日常空間に毒され過ぎたのか、そんな阿呆なことを考えてた俺が連れられたのはプールではなく、なんかいかつい器具がいっぱいある筋トレジムだった。


 ガシャン、と少し大きな音を立てて重そうなバーベル? を置いてからマッチョがこちらに向かってきた。


 身長は俺よりも顔半分ほど低いけど、肩幅は俺よりも二回り大きいんじゃないかって程広くて、ボクサーパンツみたいなスパッツから惜しげもなく披露されている浅黒く焼けた太腿は丸太のように太かった。


 髪はスポーツ刈りで、歯は驚くほど白い。


 笑顔だけど、なんか怖い。心が既に委縮していた。


「霧乃ちゃん! 今日も来てくれたのかい?」


「ええ。やっぱり器具がある方が効果的だし、タダで使わせて貰えて助かってるわ」


「ボクとしても、姪っ子が筋トレにハマってくれてて嬉しいよ。……霧重は、すぐに来なくなっちゃったからねぇ」


「父は忙しそうにしてるわ。でも、座り仕事ばっかりみたいだし今度連れてくるわ」


「ああ、是非そうしてくれ! ……ところで、そちらの方は霧乃ちゃんのボーイフレンドかい?」


「まあ、そんなところね」


 桐生さんが答えると、ニコッとした笑顔を正面から向けてくる。


 圧が強い。目を真っすぐ見られる。気まずいけど、逸らすのはそれはそれで怖い。なんか、熊と対峙してる気分だ。


「あっ、えっと、沼田、烏です。桐生……霧乃さん、とは同じクラスで」


「そうかいそうかい。初めまして! ボクは桐生 霧篤。霧乃ちゃんの叔父にあたるかな」


「あ、はい。その、このホテルのオーナーさんでもあるんですよね?」


「そうだねぇ! まあでも、このホテルは半分ボクにとっての趣味みたいなもんなんだけどね!」


 まあ、こんだけデカい身体されてたら筋トレが趣味なのくらいは察しが付く。


 プールとか温泉も、あったらなんか嬉しいしなぁ。


 自分で使うだけだと建設にも管理にも維持にも凄い大金が必要だろう。


 プライベートに拘らないなら、それをお客さんに公開してある程度換金した方が良いって感じなのだろうか?


 うーん、なんか本当に本当のお金持ちって感じだ。多分、なんかこのホテル以外で本業的なでっかい事業ももってそうな気がする。


「折角来たんだし、ちょっと器具とか触っていく?」


「えっ?」


「霧乃ちゃんの知り合いみたいだし、もちろんお金は取らないからさ! 使い方も、ボクが教えてあげるし、サポートもするから!」


「えっ、いや、その……」


「男の子なのにこんなに細いじゃない! やっぱり若いうちから筋肉は鍛えてると良いよ! 特に高校生とかそれくらいの年齢って一番筋肉が育つんだから!」


「えっ、あっ、はい……」


「よし決まりだね!」


 ……圧に押されて頷いてしまった。

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