第13話

 日常系の部活ものアニメが好きなので、部活動というものにちょっとした憧れがあるものの、現実として俺は帰宅部だ。


 シンプルにやりたいことがなくて、スポーツがそもそも好きじゃない上に体育会系っていうのは上下関係とか厳しそうで何となく怖いイメージがあったりする。


 そうなると文化系の部活が選択肢になるんだろうけど、絵は描けないし、楽器も出来ないし、人前で歌ったり演技したりとか絶対嫌だし、放課後態々英語とか理科の課外授業を自主的にやりたいとも思わないのでやはり選択肢がない。


 強いて言えばラノベが好きだから、文芸部だけちょっと良いかもと思ったけど、俳句とか古典の読み込みをガチってて国語の自主勉強会みたいなノリが肌に合わなくて入部には至らなかった。


 だから結局帰宅部をやってるわけだけど、部活やってれば部員同士のコミュニティが出来て友達が出来たのかなぁとか、何なら合宿とかあって普段深く関わってる人たちと旅行みたいのするの楽しそうだなぁ羨ましいなと思うと多少の後悔もあったりする。我ながら難儀な性質だと思う。


 それは兎も角として。


 帰宅部でインドア気質故に、休日は大体家に籠ってることが多い俺は、日曜日でも意外に人が多くいることを初めて知った。


 グラウンドには集団でランニングをしている運動部の掛け声が響いており、校舎からは管楽器の音が聞こえている。これは吹奏楽部だろうか?


 休日に友達と遊びに出掛けたりってのにも憧れるけど、部活動に費やす青春もそれはそれで良いなぁと羨ましく思ったりする。


 まあ思うだけで、実際に走ったらそのキツさに耐えられず一日で辞められる自信もあるのだけど。


 青春を謳歌する同年代のリア充たちにそんなルサンチを感じながら、俺は校舎の時計を見た。時刻は7時40分。桐生さんとの待ち合わせまであと一時間半近くある。


 俺は、桐生さんが来た時に見つけられそうな範囲の中で座れそうな場所に腰掛けた。


 まだ日が浅いというのに風は温く、少し暑い。


 ぼんやりと部活に勤しむ人たちの音を感じながら、雲の動きを眺めていた。


 空を仰いでる俺の視界に、厳しい視線のイケメンが映り込んできた。


「霧乃に……」


「藤崎くん?」


 霧乃に……の後、言い淀んだ藤崎くんの名前を呼ぶと、露骨に嫌な顔をされた。

 気まずいけど、そんなに覗き込まれたら無視を決め込むわけにもいかないじゃん。俺としても。


「えっと、君、誰だっけ?」


「沼田」


「ふーん。まあ良いや、何でも」


 自分から聞いて来たくせに、少し失礼な態度を取られる。

 藤崎くんは、不機嫌そうに俺とは二人分ほどの距離を開けて隣に座ってきた。


「霧乃は、別に君のことが好きだから選んだわけじゃないことは自覚してる?」


「う、うん、まあ」


「そう、霧乃は別に君のことなんて何とも思ってない。好きじゃないし、嫌いでもない無関心。だから選んだんだ。君と霧乃の関係なんてすぐに解消される」


「うん、まあ、だろうね」


 半ば自分に言い聞かせてるようにも思える口ぶりで言ってきた藤崎くんの言葉を肯定すると、藤崎くんは眉をピクつかせていた。


「口ではそう強がっていても、君はどこかで期待している。霧乃にとって何でもない君がもしかしたら、なんて思ってるんだろ?」


「いや、別に……」


「別に隠さなくて良い」


「いや、その……。それは……いや、やっぱ何でもない」


「何?」


「いや、その……」


 自分でも口にして失敗したって思った。何でもないって言った時点でそれは何でもなくなるのだ。俺が好きなラノベでもそんな感じのことを言ってる作品があった。


「何か言いたいことあるなら言えよ」


 こうなる。こうなった藤崎くんを納得させられる、本来言おうとしていた言葉とは別の嘘なんて思いつける気がしないし、となると言うしかなくなる。


 俺はゴクリと生唾を飲んで、息を吐きながら震える唇を開いた。


「……期待してたのは伊達さんがあの罰ゲームを言い出したときの藤崎くんじゃん。俺は、期待してなかったからあの時桐生さんに声掛けられた」


 あの時藤崎くんがソワソワしてないで、いつもの調子で良い感じに仲裁していれば別にこういう事にはなってないわけで。


 そこを棚上げした上で、俺に嫌味を言われても俺としては困ると言うか……。


 そんな気持ちを込めて漏れ出てしまった言葉は、やはり藤崎くんを怒らせる。

 藤崎くんは拳を握りしめ、ガンっとベンチの縁を殴った。


 安村くんはもっと軽い言葉で俺を掴み上げて怒鳴りつけて来たし、今回のは言葉にしたら殴られてもおかしくないとは思っていたから、直接手を出してこなかったことは思いの外理性的というべきか、肩透かしで、俺は何だかんだホッとしている。


「俺の話は今してないだろ」


「ごめん」


「まあ、何にせよ、俺はお前に忠告しに来たんだ。霧乃がお前に気があると勘違いして、最終的に傷つくのはお前なんだからな」


「う、うん。解った。ありがとう、藤崎くん」


 そう言い終わった後も、藤崎くんは立ち去らず苛立たし気に座ったままダンダンと足を鳴らしていた。


 そんなに怒ってますよアピールされても、俺は桐生さんとの関係が自然消滅するまで無難にやり過ごすつもりだし、藤崎くんが満足いく答えを俺から出せることはないんだから、どっか行って欲しい。


 隣でイライラされ続けるのは、距離が多少あるとしてもそこそこストレスだ。


 少し長く感じる20分が過ぎ、8時のチャイムが鳴る。

 それと同時に、少し遠くに明らかに異彩を放っている美少女の姿が見えた。


 藤崎くんの視線が釘付けになっている。見える範囲の人たちは、みんなそっちを見ている。桐生さんだ。


 桐生さんは、俺の方へ小走りで向かってくる。


 桐生さんの格好は、ピンクの一本線が入った黒いジャージのズボンに、半袖のシャツ。その下に黒いインナー、そして頭にはサンバイザー。


 下手すれば俺のクソダサ普段着とそんなに変わらないラインナップのはずなのに、桐生さんの圧倒的なスタイルのせいで芸能人のお忍びコーデみたいなオーラを醸し出していた。


「早めに来て勉強でもしてようかと思ってたけど、まさか沼田くんの方が早く来てるとは思わなかったわ」


「その、早めに目が覚めちゃって」


「そう。折角だし、沼田くんも一緒に勉強しましょう」


「あ、うん……」


 今日は遊ぶ気満々だったから正直勉強なんてしたくないけど、イライラしてる藤崎くんを隣に置いてここに座り続けるなんて無理だし、桐生さんの誘いを断る理由も、代案を出す勇気もないので唯々諾々と着いて行くことにする。


「ちょ、霧乃……」


 藤崎くんは桐生さんを呼び止めていたけど、桐生さんは聞こえなかったのか無視したのか反応を示すことなくスタスタと歩いて行った。

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