第3話
俺、沼田 烏の帰宅はいつも早い。
部活動に入るような主体性のない陰キャで、放課後一緒に過ごす友達もいないぼっちだからだ。
6限の終了と同時に教科書をロッカーにぶち込んで帰宅の構えに入る。ここまでの熟達した動きは、さながら帰宅部のホープと言っても過言ではないだろう。
まあ、家に帰ってもやりたいことがあるわけではないから急ぐ必要はマジでないんだけどね。放課後どこに遊びに行くかと話したり、部活やバイトを理由に断ったりしているクラスメートを見ていると少しだけ惨めな気持ちになる。
本当は俺も、制服姿で買い食いするような青春を送りたい。
と言いつつ、今日はいつもほどクラスメートたちを羨ましいとは思わなかった。
何故なら今日は、あの桐生さんに告白されたからだ。
優越感を覚えているとか、そういうわけではない。
桐生さんの俺に対する好意とかは一切ないみたいだし、罰ゲームで形式的に付き合うって形になっただけの仮初の関係だから調子に乗りようもない。
ただ、劣等感を覚えている余裕がない程度に、俺は疲れていた。
桐生さんの罰ゲームの相手に俺が選ばれ、昼休みに会話までしてしまった。
思い返せば、クラスメートと会話すること自体一か月ぶりくらいだった。
なのに、相手はあの桐生さんで、しかも状況が珍しすぎるせいでクラスの人たちに無駄に注目もされていた。
俺と同じコミュ障なら共感してくれると思うけど、会話っていうのはする度にMPみたいのが必要で、あの状況での桐生さんとの会話は俺にとってマダ〇テだった。
MPを消耗したら、どうする? 宿屋に泊まるだろ?
俺も同じで、早くお家に帰ってすやすやと眠りたかった。そのせいで夜寝れなくなって明日が辛くなるとしても……。
そんな風に思っていた俺の帰路に、一人の男子生徒が立ち塞がった。
染められた茶髪と、耳たぶに付けられた銀色のピアス。生活指導に怒られても、持ち前の人当たりの良さでなんか許されてきているお調子者の、安村くんだった。
「ちょっと、ツラ貸してくんね?」
「えっ……」
「お前に、話があるんだわ」
今日はもう、MP全損してるから誰とも会話したくないんだけど……なんて断れる勇気があればこんなことにはなってない。
俺は吐きそうになる溜息を飲み込んで、コクリと頷いた。
安村くんに連れられたのは、体育館の裏だった。
告白かカツアゲでしか使われない場所だ!(ド偏見)
多様性の時代だから男同士でも前者の可能性を否定は出来ないけど、状況的には、後者だと思う。
「俺、財布持ってきてないから……」
「は? 財布?」
安村くんは戸惑っていた。カツアゲではない。
「じゃあ、安村くんはゲイってこと!?」
「ゲイ!? ちげーよ! いきなり何言い出すんだテメェ!」
胸倉を掴まれて怒鳴られてしまった。
「ご、ごめん」
謝ったら、手を離してくれた。
MP切れのせいで自分でも変なことを口走ってる自覚はあるけど、不思議と安村くんには嫌われたくないと思えなくて、まあいっかって気分になる。
「それで、何の用事?」
「解ってんだろ?」
「……?」
「チッ。お前さ、桐生と別れろ」
「えっ……」
「解ってんだろ? 伊達の悪ノリに拗ねて桐生はお前を選んだが、別に桐生はお前のことが好きなわけじゃねえ。なのにそのまま付き合い続けても、二人とも不幸になっちまうだけだ」
「えっと、それは俺に桐生さんをフれってこと?」
「勘違いすんじゃねえ。お前は桐生をフるんじゃなくて付き合うのを辞退するんだ」
「いや別に、その細かい表現はどうでも良いんだけど、俺の方から桐生さんに別れることを提案するってことだよね?」
「まあ、そうなるな」
マジかよ、安村くん。正気なのか? 不安になってその表情を覗き込んでみたけど至って真剣な様子だった。
俺は目を瞑り、一旦情報を整理する。
①安村くんの言う通り、桐生さんは俺のことが好きなわけではない。故にこのお付き合いという関係もそう遠くないうちに自然消滅することが予想される。
②安村くんはまず間違いなく、桐生さんのことが好きだ。そして藤崎くんともとても仲がいい。
③藤崎くんも桐生さんのことが好き。伊達さんのあの罰ゲームも、藤崎くんがやるように裏で言っていたらしい。
藤崎くんと安村くんはすぐに自然消滅すると解っていても、大好きな桐生さんとどこの馬の骨とも解らないモブ陰キャの俺が付き合っているという状況に耐えられないのだろう。だから体育館裏に呼び出してまでこんなことを言って来ている。
うん、まあ気持ちは少し理解できた。
でも……
「ごめん、それは無理だよ」
「なんでだ?」
「そんな話を俺から持ち出したら、桐生さんは怒るだろうし……。そもそも俺からそんな大それたこと提案する度胸もないし」
「は?」
安村くんは足裏で地面を小さく蹴り始める。イライラが態度に出始めている。
「なんで桐生がお前と別れることになって怒るんだよ? お前みたいのと付き合う方が嫌だし、別れられるってなら喜ぶに決まってんだろ」
「それは……うーん」
俺と別れることで桐生さんが喜ぶかどうかは兎も角、別れを切り出せば桐生さんは理由を聞いてくると思う。
いや、察して逆に聞いてこないかもしれない。
だって俺が桐生さんに別れを切り出す理由なんて、安村くんや藤崎くんに脅されたくらいしか存在しない。
じゃないと、桐生さんの告白を受け入れたことと矛盾するから。こんなに早く別れを切り出すくらいなら、あの場で断ってないとおかしい。
だから桐生さんは、俺が別れを切り出した時点で、安村くんやその背後にいるであろう藤崎くんの差し金だってことには気付くと思う。
そして桐生さんはそういう姑息な行為は許せないタイプだと思う。
正義感なのか、それとも「そんなこと私が気付かないとでも思ったのか。舐めんな」って意味で怒るのかまでは解らないけど。
前者なら俺は哀れまれるだろうし、後者なら根性なしと蔑まれるのだろう。
どちらにしても耐えがたいので、やっぱり俺から桐生さんに別れを切り出すなんてことはできない。
だけど、それをイライラしている安村くんに説明するのは億劫だ。
「あっ、そうだ。だったら、安村くんの方から桐生さんに俺と別れるように言いに行くってのはどうかな?」
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