第2話

 コミュ障ぼっちの俺が、クラスで一番の美人に罰ゲームで告白された。


 正確には「このクラスで一番付き合いたいって思う男子と付き合う」という罰ゲームの相手として、俺が選ばれた。


 これがラブコメなら、実は俺と桐生さんが幼馴染で俺だけが昔のことを忘れてしまっていて桐生さんは昔のまま変わらない俺のことが何故か好きで……みたいな設定が隠れてたりするんだろうけど、別にそんなことはない。


 俺は生来の引っ込み思案だったので物心ついたばかりの頃まで遡っても特別仲の良かったお友達みたいな存在はただの一人もいないし、桐生さんとは今まで会話すらしたことない程度の関係値なので恋愛的に好意を抱かれてるわけもない。


 察するに、罰ゲームで囃し立てられて藤崎くんと付き合う流れになるのが気に入らなかった桐生さんが、意趣返しとして偶々目についた俺を選んだだけなんじゃないかなって思っている。


 席替えで割り当てられた俺の席がココじゃなかったら、選ばれていたのはきっと他の誰かだったのだろう。運が良いのか、悪いのか。


 別に桐生さんと本当の恋仲になれるだなんて一ミリも期待しちゃいないけど、一応俺の人生に“クラスのマドンナと付き合っていた”という経歴が残る。

 その思い出は、多分今後一生男女交際なんて機会に巡り合うこともないだろう俺にとって強い光となるだろう。


 どこかふわふわとした気持ちで授業を受けていると、あっと言う間に終わる。


 俺はいつも通りに机の横に提げている鞄に教科書を仕舞い、弁当箱を取り出した。


 ラノベだとぼっちは便所で飯を食うのが相場だけど、昼休みのトイレは意外に混雑してるので静かな食事には案外向かない。

 そもそも、うちの学校は教室以外で飲食するのが校則で禁止されている。


 授業終了と同時に爆速で弁当を完食し、すぐに図書室へ駆け込むのが真にぼっちとして生きる者の流儀なのだ。


 別に俺は一人でいることが好きってわけではないので、一緒のお食事の誘いと遊びの誘いはいつでもウェルカムなんだけどね。中々誰も誘ってくれないね。

 自分から誘えばいいじゃんって? そんな主体性はありません。


「この席、借りても良いかしら?」


「あ、はい。どうぞ」


 いつものように風呂敷を広げて弁当箱を開けていると、前の人から借りた机をぐるりと回して向かい合うように引っ付けてきた。桐生さんは、何食わぬ顔でタッパーを取り出して机に置いた。


「一緒して良いかしら?」


「あ、はい……」


 クラス一の美女と、一緒にお昼。嬉しいシチュエーションのはずなのに急にお腹が痛くなってきた。お腹空いてるはずなのに、食欲が減衰していくのを感じる。緊張で胃が収縮しているのかもしれない。


 桐生さんのタッパーの中には、サラダが入っていた。……それだけだった。

 他に、何か持ってきてる様子はない。桐生さんは、そのサラダにドレッシングをかけることもなくフォークで刺してもさもさと食べ始めた。


 意識高ぇ。そりゃ、こんな美人にもなるわけだ。


「なに?」


「いや、その……モデルさんみたいな食事だなって思って」


「そうなの。実は真似してるのよ」


 桐生さんは、少し嬉しそうな顔をした。


「桐生さんは、モデルさんとか目指していたり?」


「別にそう言うわけじゃないわ。これは殆ど、私の趣味ね」


「そうなんだ……」


 俺は、弁当の卵焼きを摘まんでパクリと口に放り込む。それから米を食べる。

 咀嚼は出来るけど、嚥下が出来ない。会話も途切れてしまった。気まずくて少し目を反らしてみた。


 昼休みなのに、教室が妙に静かなことに初めて気付く。


 クラスの人たちが、俺たちの方を見ていた。


 桐生さんが美人だから注目されている、というだけじゃない。

 陰キャぼっちでしかなかった俺があの桐生さんに「クラスで一番付き合いたいって思う男子」として選ばれて、今、一緒に食事をしている。


 そんな珍しい光景、俺だって他人事なら野次馬する。


 俺たちの会話の内容は、クラス全員に聞こえてるんだろうな。なら、アレについて聞いておくか。


「その、桐生さん。なんで、藤崎くんじゃなかったの?」


「それは、どうして藤崎くんじゃなくて沼田くんを選んだのかってこと?」


「いや、まあ、それも気になるっちゃ気になるけど……どっちかと言えば、あの流れで藤崎くんを選ばなかった理由の方が聞きたいかも」


「それなら単純よ。私が、藤崎くんと付き合いたいって思わなかったから」


「それは、その……ああやって囃し立てられるのが好きじゃないから?」


「まあ、アレは不快ではあったけど、私が藤崎くんと付き合いたくない理由とは関係ないわ。話が合わないし、性優柔不断で姑息だし異性としての魅力を感じないわ」


「そ、そうなんだ……」


 ただでさえ静まり返っていた教室が、険悪な空気に包まれ始めた。


 これ、質問した俺が悪いの?

 藤崎くんが桐生さんに嫌われてるって思わんって。


「ちょっと、霧乃も言い過ぎだよね」


「そもそもお前が、あんな罰ゲーム言い出したからこんなことになってるんだろ」


「はぁ? それは徹がやって欲しいって言ったんじゃん!」


「二人とも、一旦落ち着け。今、それで喧嘩してもしょうがないだろ」


 桐生さんの酷評をきっかけに藤崎くんと伊達さんが喧嘩を始めて、西郷くんが仲裁に入った。……なんか、この喧嘩が桐生さんの評価の正しさを裏付けているような気がしてちょっと嫌な気持ちになった。


「……ちなみに、俺を選んだ理由の方は?」


「一夏が、あのつまらない罰ゲームを言い出したときキモい顔をしてなかったのが、西郷くんと沼田くんだけだったからよ」


「キモい顔って……」


「“自分が選ばれるかも”って顔」


「あー」


 確かに、そんな顔してる奴いっぱいいたね。うん。アレは同性の俺から見ても、結構キモいって思った。


「つまり、消去法ってこと?」


「まあ、有り体に言ってしまえばそうね」


 西郷くんは南さんの好きな人っぽいし、そうなると俺しか残ってなかったのかぁ。


 予想通りと言えば予想通りだけど、実は桐生さんは俺のことが何故か好きだった、ということではないらしい。


 なら、俺と桐生さんの間に何か起こるようなこともないだろうし、この関係もすぐ自然消滅することになるだろう。


 会話を聞いているクラスメートたちにもそれは伝わっただろうし、妙な憶測が飛び交う前に潰せて良かったとは思う。


 始まる前にこっぴどく振られる形となってしまった藤崎くんだけはご愁傷様としか言えないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る