第4話

「あっ、そうだ。だったら、安村くんの方から桐生さんに俺と別れるように言いに行くってのはどうかな?」


「はぁ?」


 思い付きが口を衝いて出たこの提案は、よく考えれば筋が通ってるように思えた。少なくとも、安村くん側の「桐生さんに沼田烏と別れるように伝える」って要望と、俺の「それを自分で伝える勇気はない」という事情には合致している。


 俺を脅して言わせるよりも、安村くんが勇気を振り絞って自分で「沼田と別れて欲しい。桐生のことが好きだから!」って本心を伝えた方が桐生さん的にもポイントが高そうだし。Win-Win-Winの提案と言っても過言ではないだろう。


 まあ、あの罰ゲームでそこそこ仲良さそうに見えた安村くんではなく何の関係値も築いてない俺が選ばれた時点で脈はなさそうだけど。


 男らしく当たって砕けた方が、こんなことしてるよりも桐生さんの好感度を下げずに済むんじゃないだろうか?


「テメェ、何へらへらしてんだよ」


「いや、へらへらはしてないけど……」


 陽キャの安村くんが桐生さんに告白してバッサリフラれるとこを想像したから、つい頬が緩んでしまったのだろうか?


「テメェ、俺のこと舐めてるだろ?」


「別に舐めてないけど……」


 ブンッ。と拳を凄い速さで俺の目の前に近づけてきた。寸止め。殴るふり……。

 反射で目を瞑った俺に、安村くんは優越感たっぷりの笑みを浮かべた。


「テメェ、あんまり調子に乗ってると俺も怒るからな?」


「…………」


「別に俺はただ、お前と桐生が釣り合ってねえから辞退するのが筋だって道理を説いてるだけだろ? それはお前も解るよな?」


「……桐生さんは俺に釣り合いとかは求めてないと思うけど」


「あぁ!?」


 安村くんに胸倉を掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。首が締まって少し苦しい。安村くんは怒りで顔が真っ赤だった。


「じゃあ桐生はお前に何を求めてるんだよ!?」


「別に何も求めてないと思う」


 そもそも、あの休み時間で桐生さんに言い渡された罰ゲーム。

 アレの本質は“沼田烏が桐生霧乃に選ばれた”ことではなく、“藤崎徹が桐生霧乃に選ばれなかった”ことの方だ。そして、安村 泰も選ばれなかった。


 つまり、安村くんがこうして俺を脅していることは無意味なのだ。

 俺と桐生さんの関係が解消されたとしても、藤崎くんや安村くん自身が変わらない限り、桐生さんが二人に振り向くことはない。


「じゃあなんだ? 桐生さんはお前みたいなクソ陰キャ如きに、何も求めてないのに付き合ったってお前は言ってるのか?」


「…………」


 そうじゃなくて多分、お前らのそう言うところに嫌気が差したから桐生さんは俺なんかを選ぶ羽目になったんだぞ。とは言えないけど。


「おい、黙ってないでなんか言ってみろよ、勘違いクソ野郎」


「…………」


 それはお前の方だと思うけどな。とも言えないけど。


「だからそのニヤケ面止めろって言ってんだろうがぁあ!」


 顔を真っ赤にした安村くんが拳を振り上げ、俺に殴りかかってくる。

 俺は目を瞑り、頭を守るように縮こまった。しかし、いつまで経ってもその拳が俺に届くことはなかった。


 また、寸止め? いや、アレは本当に殴るって顔だった。


 恐る恐る顔を上げると、桐生さんが振り上げた安村くんの拳を掴み上げていた。


「チッ、誰だァ……き、桐生!?」


 怒鳴り散らかそうとした安村くんは、手を止めた人の正体を知って顔を青褪めさせていた。


「安村くん、今、何をしようとしていたの?」


「い、いや……その。そう、俺とコイツはマブダチだからさ! ちょっとじゃれてただけだよ! 男同士特有の、な? そうだよ、な?」


 厳しい雰囲気の桐生さんに問われた安村くんはへらへらとした笑みを浮かべて、俺の肩に手を回してきた。小声で、合わせろと言って来ている。


「見苦しいわね」


「ひぃ」


 桐生さんが底冷えするような声で言った。


「大方、そこの沼田くんが私と付き合うことになったのが気に入られなくて彼から別れるって言うように脅迫していたのでしょう?」


「み、見てたのか?」


「別に、見てなくても貴方のしそうなことくらい解るわ。……それは藤崎くんの差し金かしら? それとも貴方の意思?」


「そ、それは……」


 安村くんは、気まずそうに顔を反らす。それは肯定してるのと同じだ。


「本当に最低ね。貴方たち。私に好意を抱いているのは気付いていたけど、真っすぐ伝えてくるでもなく一夏を利用して、自分が選ばれなかったら今度は沼田君を脅迫。どこまでも姑息で下劣。貴方たちのこと、心底軽蔑するわ」


 桐生さんはゴミ虫を見るかのような表情で、安村くんを蔑んだ。


 好きな女の子に、好きな気持ちがバレてた上でこんな顔でこんなこと言われたら、一生モノのトラウマになっちゃうよ。

 脅されて殴られそうになったとはいえ、安村くんには同情してしまう。


「一緒に帰りましょう、沼田くん」


「あ、うん」


「ちょ、桐生……」


「触らないで。そして、もう二度と話しかけて来ないで」


 最後に伸ばした手を、完全に桐生さんに拒絶されてしまった安村くんはガクリと膝から崩れ落ちてぷるぷると震えていた。


 桐生さんはスンとした顔で、振り返りもしない。

 俺はもう一度安村くんを見てから、桐生さんの後を追いかけた。


「あの、桐生さん。助けてくれて、ありがとう」


 桐生さんは少し不機嫌そうな顔で、速足で歩く。

 安村くんの姿が見えなくなったくらいで、俺は一応お礼を述べた。


「何が?」


「いや、その……俺が安村くんに殴られそうになってた時に、止めてくれたから」


 桐生さんが目を細める。……何か気に障るようなこと言った?


「……私の問題に沼田くんを巻き込んでしまったのだから、お礼を言われる筋合いはないわ」


「でも、桐生さんに助けて貰った時、ホッとしたのは事実だから……」


 桐生さんは眉を窄めて、俺の顔を見つめて来た。


 女性に助けて貰ってホッとしたってのはちょっと情けなかったか? もしくはキモかった? 背中から嫌な汗が流れる。


 桐生さんは、それからふいっと前を向いて小さく溢した。


「沼田くんは、甘いものは好きかしら?」


「ま、まあ、人並みには……」


「そう。じゃあ明後日、私に付き合いなさい。美味しいケーキをご馳走してあげるわ」


「は、はい」


 桐生さんに対して、ノーとは言えない俺はとりあえず首肯した後に気付く。


 もしかして、デートのお誘いですか……?



―――――――――――――――――



ジャンル別日間一位でした。本当に、ありがとうございます!

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