第17話

 高い天井と、沢山の食べ物が並んだ煌びやかなバイキングビュッフェ。


 霧篤さんに虐め抜かれて疲労困憊&空腹の俺にとっては垂涎の景色だ。

 ぐぅぅと、お腹の虫が鳴る。


 少し恥ずかしくなって桐生さんを見ると、優しい笑みを浮かべていた。


「ふふっ。霧篤さんの奢りらしいから、遠慮なく食べて頂戴」


「えっ。その、悪いよ。……ここ、いくらなの?」


「朝は宿泊客にしか提供してないから何とも言えないけど、昼は2500円くらいで軽食とケーキとパンが食べ放題、コーヒーが飲み放題だったはず」


「そ、そうなんだ」


 だったら、桐生さんの分を出してもお父さんがくれたお小遣い分ぴったりだ!


「でもそれ、11時30分からだし、叔父さんの厚意で食べさせてもらってるって形の方が店員さんとしても都合が良いんじゃないかしら?」


「あっ、えっ。えっと……」


 そう言われたら、無理に俺が出す! とは言えないじゃん。


「じゃあその、ありがたくご馳走に預かります。霧篤さんにもお礼を伝えておいてください」


「ふふふ。解ったわ。とりあえず席はあの辺りにして、食事を取ってきましょう」


「あ、うん」


 席は空いていて、お客さんはいない。


 従業員の人が机を拭いたり、食器を下げたり、後は一部ビュッフェの食べ物も下げ始めている。


 なんか悪いことをしているような気になるけど、誰もこちらに文句をつけてこないあたり、事前に話は通っているのだろう。


 あまり気にしないことにして、食事を取りに行く。


 定番の唐揚げとかスパゲティを少し拝借してから、ご飯系の場所へと歩く。


 少し大きめのご飯茶碗と炊飯器、そしてサイコロ状に切られたマグロの刺身が置いてあった。えっ、マグロ? マグロあんの?


 ご当地名物ならカツオとか解るけど、マグロは意外だった。


 せっかくなのでご飯茶碗の上に、乗せていく。

 いっぱい乗せて、ついでにもう一個ご飯茶碗を用意してご飯とマグロを乗せて行った。マグロ丼である。美味そう。


 ワサビと醤油を多めに掛けて、飲み物を回収する。

 飲み物は牛乳にした。


 じっくり回る前に、お腹に入れておきたかった。


 さっき言われた席に行くと、桐生さんはいなかった。


 手を合わせていただきますしてから、唐揚げをつつき、牛乳を飲み干す。

 それくらいのタイミングで、桐生さんが席に戻ってきた。……あっ。


「ごめん、先に食べちゃった」


「別に気にしないで良いわよ。それより、マグロいっぱい取ったのね」


「珍しくて。これ美味しい。でも、マグロあるの意外だった」


「そう? これでも鹿児島は養殖マグロの生産量全国二位なのよ」


「そうなんだ」


「叔父さんが漁港に伝手があって魚を安く仕入れてるらしいわ」


「へー」


 知らなかった。これも養殖なんだろうか? 美味い。


 そう言う桐生さんのプレートにはカツオのタタキみたいなものが乗っていた。

 あと普通に唐揚げとかご飯とか、色々盛ってきている。


「その、桐生さんもいっぱい取って来たね」


「そうね」


「学校でサラダだけ食べてたのが印象的だったから、少し意外かも」


「あー、それに関しては今日はチートデイなのよ」


「チートデイ?」


「うーん、その、簡単に言ってしまえば食事制限を続けてるだけだと、折角運動して代謝を上げてもきちんと痩せないのよね」


「そうなの?」


「そう。代謝に対して入ってくるエネルギーが少ないと、身体が勝手に代謝を下げてしまうのよ。だから定期的に食べる機会を作って、エネルギーがちゃんと入って来てるって脳を騙す必要があるのよね」


「へー。あーでも確かに? 人間の身体って10万年くらいあんまり変わってないって聞くし、ご飯少ない状態ってなったら普通に飢餓とか飢饉て思うかもね」


「そう言うことよ。そう考えると太らないために食べないなんて、贅沢な選択なのかもしれないわね。……って、どうしたの? そんなに顔顰めて」


「いや、これは溶け切ってないワサビが」


「ツーンときた?」


「うん」


 飲み物を求めて手を動かすけど、牛乳は既に飲み切ってしまっていた。


 涙目になる俺に、桐生さんは水を差し出してくれた。


 少し落ち着く。桐生さんは、可笑しそうに笑っていた。なんか、ビュッフェに来てから、桐生さんはよく笑ってる気がする。


「ありがとう。……なんか、その、現代は飢えがあった時代よりも誘惑があってそれを手にするのも簡単だからさ、贅沢な選択って言っても、食事量を絞って、体型を維持してるのは、やっぱりすごいと思うよ」


「そう」


「うん。それに、ちゃんと運動もして、サラダの弁当も食べて、チートデイとか色々考えてて、目標もあって、そのために朝も課題以外の勉強してたし」


「なんか、凄く褒めてくれるわね」


「褒めてるって言うより、なんか意外だったって言うか。ほら、その、桐生さんって美人で成績も良くていつもクラスの輪の中心にいて、だからなんか俺とは違う人間って言うか、その、なんか勝手に元々綺麗で、頭の出来も違って、俺みたいのとは最初から持ってるものが違うって言うか、別世界の住人って思ってたんだけど。いやでもその、才能とは持ってる素質はまああるんだろうけど、でも、それ以上に途轍もなく努力してて、今までと少し印象が変わったって言うか……」


 長々と喋っているうちに妬みっぽくなってきて、自分でも落としどころがよく解んなくなってくる。


 桐生さんは、困らせてしまったのか、俯いていた。


「そ、その、ごめん。長々と。あの、食べ物取ってくるから」


 ガッガッとマグロ丼を口いっぱいに詰め込んでから、ケーキとクロワッサンとアイスとコーヒーを取る。桐生さんの水貰っちゃったから、コーヒーは2杯。あと飲めないかもしれないから水も。


 ハチの巣から直接滴らせるタイプの蜂蜜も置いてある。


 テンションが上がらないでもないけど、長々と桐生さんにわけわかんないこと言って困らせた気掛かりの方が大きかった。


 桐生さんの分のコーヒーと水を置きながら席に座る。


 桐生さんは俺からサッと目を反らした。


「桐生さん。その、さっきのは忘れて……」


「嫌よ。忘れてあげないわ」


 桐生さんは口を尖らせながら、コーヒーを一口啜った。


 


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