第8話
南さんを待っている間に、会計を済ませてしまおう。そう思って、カウンターに向かうと南さんのお母さん……店長さんが立っていた。
「あら、随分と格好良くなったじゃない」
「あ、はい。お任せでお願いしたんですけど、良くしてくれて……」
「そう。凄く似合ってると思うわ」
「お陰様で。それで、お会計なんですけど……」
「それなら、要らないわよ」
「えっ、でも、しっかりしてくれたし。練習って言いつつ、練習じゃないクオリティだったし、払った方が良いと思うんですけど」
「うふふ。嬉しいこと言ってくれるわね。日和ちゃんにも聞かせてあげたいわ。でもお金を受け取るわけにはいかないのよ」
「何でですか?」
「だって日和、無免だから」
「……? どういうことですか?」
「美容師としてお金を貰うのには、免許が必要なのよ。でも美容師の免許って専門学校に行かないと取れないから」
南さんは俺と同じで高校生だから、専門学校には行ってるわけはない。
「じゃあもしかして、俺のこれ切ったのって駄目な感じだったってことですか?」
「別に。無料でお友達の髪を切る分なら法律の制限とかはないから」
「な、なるほど」
よく解らないけど、大人の事情って奴なのだろう。
「じゃあ、そのすみません。今回はその、ありがとうございました」
「いえいえ、こっちこそ娘の練習に付き合ってくれてありがとね。あ、日和ちゃん。凄く上手ね。雲雀ちゃんとこの……えっと、なんて呼べば良いかしら?」
「沼田 烏です」
「烏くんね。彼、凄く喜んでたわよ。偉いわね」
店長さんは、いつの間にか掃除を終えていた南さんの頭を撫でる。
……そう言うの、本人の目の前であんま言わないんじゃないの? 喜んでるのは事実だけど。
「ちょ、止めて」
南さんも気恥ずかしそうに頭を撫でる手を払っていた。
「……それよりマ――店長。これからバイト抜けて良い?」
「まあ別に、これから昼休みだし構わないけど。どうして?」
「えっと……」
南さんはチラリと俺の方を見た。
「……その、南さんに――」
「え、私も南さんなんだけど?」
「…………日和、さんに、その服選ぶの手伝って貰いたいので少々お借りしてもよろしいですかね?」
「それは、これから二人でお買い物に行くってこと?」
「まあ、そうなります、かね」
「あら! あらあらあら、それってデートってことかしら? 良いわねぇ!」
「別に、そういうのじゃない」
「あらもう、日和ちゃんたら照れちゃって!」
「うるさい。……沼田、早く行こう」
店長さんの揶揄いに、南さんは顔を赤くしていた。
「いってらっしゃーい。気を付けるのよ」
「……行ってきます」
南さんは、消え入りそうな小声でも行ってきますをちゃんと言う。俺も、店長さんにぺこりと頭を下げてから、南さんの後を追いかけた。
「マ……母の言ったことは気にしないで」
南さんと合流すると、恥ずかしさと怒りの混じった表情でそう言われた。
「あ、うん」
「私が友達とか連れて行くと、いつもあんな感じで余計な話するの。話の内容も、一々デリカシーなくてそういうとこ本当おばさんって感じがして嫌」
「そ、そうなんだ」
「……小学生の時なんか、いつまで私がおねしょしてたとかバラしてくるし」
「それは大変だね」
「でしょ? そうなの! そのせいで今までアタシがどれだけ恥ずかしい思いをしてきたか……。それ以外は、良い母ではあるんだけど」
「そうなんだ」
「うん。私のことよく見てくれてるし、やりたいって言ったこともさせてくれるし」
「綺麗な人だしね」
「そう?」
「うん」
南さんに似てね、って付け加えようと思ったけど、キモいって思われそうだから自重する。余計な言葉を慎んだのが功を奏したのか、南さんは嬉しそうに頬を緩めた。
「まあ、そうかも。でも、やっぱり友達とか来られたら恥ずいから、アタシがあそこで働いてるってことも誰にも言わないでよね」
「わかった」
俺も、自分の母親がクラスメートとかに話しかける恥ずかしさとか気まずさには覚えがあるので、頷いておく。
いや目の前で「烏くんの友達?」「違いますけど」「そうなの? でも仲良くしてあげてね」「……まあ、わかりました」みたいな会話を展開されるアレは気恥ずかしいというより、居た堪れない方が表現として正しい気がするけど。
その後「烏くん友達いないの? 大丈夫?」って心配されたのも気まずかったな。
「どうしたの? そんな苦々しい顔して」
「いや、俺も母親がクラスメートと話してた時の気まずさを思い出して」
「そうなんだ。……どんななのか聞いても良い?」
「あんまり聞かないでくれると助かる、かも」
「そう」
「……実は俺、友達がいなかったんだけど――」
「話すんだ」
「母親がクラスメートに烏くんと友達になってあげてくださいって言って回られたんだよね。アレ気まずかった」
「それはキツいね。でも、良いお母さんじゃん」
「まあね」
「……沼田って、なんかいつも一人でいるし、絡みづらい人なのかと思ってたけど、意外に話せるね」
「そう?」
「うん。……霧乃が沼田に少し興味を持ったのも解る気がする」
「桐生さんが? どういうこと?」
「何でもない」
この道中のやり取りで南さんからの好感度が上がったと思っていたけど、それは勘違いだったかもしれない。タイミングよく開いた電車のドアから出て、つかつかと先に歩いていく。
目的地のショッピングセンターに到着したようだ。
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