第9話

 中央駅に付設されている、県内最大級のショッピングセンター『アミュプラザ』


 街行く人に市内で休日に遊ぶ場所と言えば? と尋ねれば間違いなく3番以内には答えられるであろう、陽キャスポットに来ていた。

 明日、桐生さんとお出かけするのにふさわしいちゃんとした服を買うために。


 因みに残り二つは天文館と、イオンモールだ。


 天文館はかき氷が有名な甘味処とか老舗の百貨店などがある繁華街だけど、一人で行って面白いところではないので実はよく知らない。


 イオンはまあ、言わずと知れたあのイオンだ。家から歩いて行ける距離にあるのでちょこちょこ行ってたけど、本屋のバイトに落とされてから気まずくて行ってない。

 ラノベの購入だけなら、コンビニでギフトカード買ってネットで注文した方が早い上に楽ということに気付いてしまったってのもある。


 そう言えば、イオンがちょっとしたアミューズメント施設みたいになってるのって田舎特有のあるあるらしくて、都会のイオンは普通の地味なスーパーなんだとか。


 閑話休題。


 陽キャの巣窟に一人で足を踏み入れる度胸なんてない俺は、このアミュプラザにも滅多に来ないわけで……結構緊張していた。


 颯爽と人混みを歩いていく南さんの後ろを、つかず離れずでついて行く。


 南さんは立ち止まって、ジッと目を細めた。


「なにコソコソしてるの? 変だよ」


「えっ」


 南さんは眉を潜めながら、鏡みたいになっている透明な窓ガラスを指す。


 目立たないようにと身を屈め、幽霊みたいにだらんと手を前に出している俺の姿は客観的に見てみると中々に間抜けだった。


「いやその、アミュを歩く服装じゃないなって思って」


「それを買いに来たんでしょ」


「そうなんだけど……」


「背筋伸ばして、ちゃんとして。……明日も、そうやって霧乃の横を歩くつもり?」


「…………」


 もう一度、ガラスに映る自分の姿を見る。


 確実にお洒落ではない。普通に、ダサい。

 これでオシャレさんな南さんの隣を歩くのは、かなり気遅れする。だからと言って自信なさげにコソコソする方がずっとみっともないことに気付かされた。


 俺は背筋を伸ばし、胸を張る。ぎこちないながらにも笑顔を浮かべてみる。


 良くはないけど、こっちの方が悪目立ちはしなさそうだ。


「沼田は、ちゃんとしてれば見た目は悪くないから」


「南さんのお陰で髪型だけは格好良くして貰ったからね」


「別に、そう言って欲しかったわけじゃないから」


 唇を尖らせた南さんは、頬を赤くして照れていた。


 早足で歩く南さんを追いかけて、今度は背筋を伸ばして隣を歩く。俺が追いつくと南さんは少し歩みを緩めて歩幅を合わせてくれた。


「……どんなに良い服買っても、背中丸めて自信なさげに歩いてたら台無しだから。気を付けて」


「わ、解った」


「その手、何?」


 指摘されて、また、だらんとした手が前に出てたのに気付く。慌てて下げるけど、手の置き場所がなくて落ち着かない。


「その手を幽霊みたいにするの、癖なの?」


「わ、解んない。多分、癖かも」


「変だから、やめた方が良いよ」


「はい」


 南さんの言い方は少しキツいようにも思えるけど、何も言ってくれなかったら明日この癖が出て桐生さんに同じことを思われるだけだ。桐生さんはそんなこと一々指摘してくれないかもしれない。教えてくれるだけ、ありがたいと思った。


 黙々と、歩く。俺はチラチラと、南さんの横顔を見ては視線を逸らす。


「なに?」


「いや、その……。こういうとこ来るの初めてかもしれない」


「通学の時、駅は使うでしょ?」


「俺は、市電だから」


「そ。でも、親に連れて来られたことくらいはあるんじゃない?」


「うーん。駐車が不便だからアミュはあんまりかも。小さいときに1~2回来たことある気はするけど、あんま覚えてないし」


「そうなんだ」


 会話はあまり弾まず、タルト屋さんや香水屋さんの横を通り過ぎていく。


 エスカレーターを使うことすらなく、服屋はすぐその先にあった。


 メンズなんちゃらと書かれているその服屋には似たように見えるのに全然違うっぽい服がいくつも並んでいて、目移りする。


 キョロキョロしてると南さんの手刀が頭に落ちて来た。


「キョドらない。……それで、予算っていくらくらいなの?」


「2万」


「上から下まで揃える感じ?」


「そうしたいな、とは思ってる」


 俺は現状、部屋着兼寝間着みたいな服しか持ってないから上か下どっちかだけ買っても合わせられる服とかないし。


「だったら、マネキンの奴そのまま買うのがおすすめ」


「マネキン?」


「そう。こういうのって、店員さんがコーディネートしてる奴だからまとめて買えば基本的に間違いはないし」


「あ、それなんかラノベで見たことあるかも」


 似たようなやつだとファッション誌のカタログを参考にするとか、モデルの服装を真似るとかも見たことがある。


 なんか、フィクションの再現みたいなシチュエーションに若干テンションが上がりつつも、少し引っかかる。


「でもなんか、ちょっと意外かも。南さんみたいなギャルって、こう一から自分で!みたいなこだわりがあるイメージがあったから……」


「なにそれ。別に私、ギャルじゃないし」


「ギャルじゃないの? ……金髪だし、ピアスもしてるのに?」


「髪染めてピアスしたくらいじゃ別にギャルじゃないし。って言うかそれ、普通にセクハラだから」


「そうなの!?」


 なんかちょっとショックだ。


「ごめん。……気を悪くした?」


「別に、これくらいで怒らないから。……なんか、沼田見てると昔の自分を思い出す」


「……どういうこと?」


「なんでもない。それより、マネキンの格好見て行って気に入るやつ探せば」


「う、うん」


 昔の自分を思い出す。南さんの言葉が少し気になるけど、聞いて欲しくなさそうなので一旦忘れて、店内のマネキンを見ていく。


 15分ほど見て回って、試着して、良い感じの奴を見つけたのでそれを買うことにした。


「早かったね。他のも試着しなくてよかったの?」


「うん。南さんも良いと思うって言ってくれたし。着心地も結構良かったし」


「お洒落に着心地はあんまり関係ないと思うけど……」


 歩き回ることを想定するなら、着心地は重要視したい気もするけどなぁ。


 服を無事に選び終えた充足感に浸ると、自分が空腹なことに気付く。そう言えば、南さんも昼休憩の前に俺に付き合ってくれたわけだから昼食はまだのはずだ。


「ねえ、南さん。お昼、一緒食べに行かない? お釣りあるから、俺が奢るよ」


 南さんは苦笑してから、コクリと頷いた。

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