第10話

 アミュプラザ地下一階にあるラーメン屋、ざぼん。


 県内ではおそらく一番知名度がある老舗のラーメン屋で、お値段は高めだけど味は保証できる。ただ、女の子と行く昼食としてラーメン屋というチョイスは本当に正解だったのか、些かの疑問が残っていた。


 一応南さんに「何か食べたいものある?」と、遠回しに選択権を押し付けてみたけど「奢って貰うし、沼田の食べたいもので良いよ」とすげなく返されてしまった。


 先に奢ると言ったのが間違いで、食事だけ誘った上で南さんがお手洗いに立ったタイミングでお会計を済ませておくのがスマートだったのではないだろうか? ……それはそれで、行き過ぎてて逆にキモい気もする。


 不安になって少し顔色を伺ってみると、南さんは何食わぬ顔で漬物を小皿に移し、唐辛子と醤油を垂らしていた。


 特に不満とかはなさそうに見えた。


 まあ、南さんも俺にエスコートみたいなのは期待してないだろうし、そもそもこれはただ買い物の後に食事に来ただけでデートとかではない。


 シチュエーションがこんな感じだから俺も変に意識してしまっていたけど、色々考えることの方が自意識過剰だったのかもしれない。

 少し恥ずかしくなった俺は、漬物をぼりぼりと齧って、水を飲んだ。少し気持ちが落ち着いた。


 南さんは漬物をポリポリと摘まみながら、メニュー表を見ていた。


 なんかギャルってなんかずっとスマホを眺めて退屈そうにしてるイメージがあったけど、そう言えば南さん今日俺と歩いてる時も一回もスマホ触ってないな。


 昼休憩を抜け出して俺の買い物に付き合ってくれる程度には面倒見が良くて、俺が変な格好で行って桐生さんに恥をかかせないようにって思うくらいには友達思いで、なんか、金髪とピアス以外はギャルっぽくない。良い意味で印象を裏切られた。


 だからこそ、少し違和感を覚える。


 こんなに友達想いな南さんが、あの『罰ゲーム』に加担するだろうか?

 あの時、南さんは不安そうな顔をして西郷くんをちらりと見たのを思い出す。

 ……知らなかったのか?


「南さん」


「何?」


「その……藤崎くんってどんな人?」


「どうして?」


「いや、その、桐生さんたちと仲良いってイメージだったのに、怒ってたから」


「……霧乃、怒ってたの?」


 南さんは目を見開いて、少し焦ったような表情を見せる。


「まあ。あの罰ゲームの時もそうだけど、安村くんが放課後に体育館裏に呼び出してきて、桐生さんが助けてくれたんだけど、その時もそうで……」


「それ本当?」


「うん」


「そうなんだ。安村が、そんなこと……。霧乃は正義感が強いから、不正とかいじめみたいなこと絶対許せないタイプなのに」


「その時、安村くんが俺を呼び出したのは藤崎くんの差し金なんじゃないかみたいなことも言ってて」


「そう……」


「その、だから、南さんから見て藤崎くんってどんな人なのかなってちょっと気になったって言うか……」


「うーん。……正直、私も藤崎のことはよく知らない」


「いつも一緒にいるのに?」


「一緒にいるって言っても同クラになったの今年が初めてだし。藤崎が霧乃目当てで絡んできて、私は霧乃の友達だからついでに一緒に居ただけで私は藤崎とあんま話さないし」


「そうなんだ。友達の友達、みたいな感じってこと?」


「まあ、そんな感じ」


「俺から見た藤崎くんの印象は、なんか、イケメンでスポーツも出来て成績も良くて人当たりも良いイメージがあったんだけど」


「私も、大体同じ。……別に、今まで仲良くやってたし、霧乃も藤崎のことが心底嫌いなわけとかじゃないと思う。ただ、ああいった風に茶化されるの、霧乃は絶対嫌いだからそれで怒っただけで」


「……やっぱり、南さんは知らなかったの?」


「うん。知ってたら絶対止めてる」


 まあ、そりゃそうだよな。

 桐生さんは、ああいうノリで茶化されたら嫌がる。まだ桐生さんとの関りが少ししかない俺でも解ることを、南さんが解らないはずがない。


 となると一つ疑問が浮上してくる。


 どうしてあの日、藤崎くんはあの罰ゲームをやってほしいって伊達さんに提案したのだろうか?


 藤崎くんは桐生さんがああいうノリを嫌がるって解らないタイプじゃないように思う。……そもそも本当に、藤崎くんは提案したのか?


「お待たせしました。ラーメン並、二枚になります」


 そうこう話し込んでいるうちに、ラーメンが届く。


「……食べよ。いただきます」


「いただきます」


 南さんは一旦話はおしまいと言わんばかりに手を合わせて、ラーメンを啜り始める。俺は、外食ではいただきますをし忘れてしまうことが多いけど、今日は南さんに釣られて手を合わせてから食べ始めた。


 麵を啜り、スープをレンゲで掬って飲みながら考える。


 桐生さんは明確に「茶化されたのは不快だったけど、藤崎くんと付き合いたくないのは異性としてタイプじゃないから」みたいなことを言ってた気がする。


 南さんは茶化されて怒っただけって言うけど、南さんが見てないところで桐生さんと藤崎くんの間に何かあった可能性はある。


 明日桐生さんに……いや、やっぱり止めておこう。


 俺は明日、桐生さんと形式だけのデートをして、そう遠くない頃に自然消滅するだけの暫定彼氏でしかないのだ。


 関係が消滅すれば藤崎くんや安村くんも俺に絡んでこなくなるだろうし、桐生さんの事情に深く踏み込んでいくつもりもない。

 俺は、考えるのを止めて、ラーメンの味に集中し始めた。


 焼き豚香る醤油豚骨のスープに、中太の中華麺。オーソドックスな鹿児島ラーメンって感じのこれは、いつもの美味しさって感じで安心感がある。


 あっと言う間に麺を食べ終え、スープも飲み干してしまった。


 南さんが食べ終えるのを待って、それからお会計を済ませる。


「……私、もうちょっと見て回りたいから先帰ってて」


「……解った」


 店を出た後、南さんにそう言われる。

 服選び付き合って貰ったし、南さんの買い物も付き合った方が良いかなって一瞬思ったけど、俺が藤崎くんの話振ったせいで空気重くなったし、早く帰れって意味のような気がしてきたので、唯々諾々と先に帰らせて貰うことにした。


「その、ありがとう。ちゃんとした服、選べた」


「うん。じゃ、またね」


 南さんは小さく手を振ってから、颯爽と雑踏の中に消えていく。


 これで明日、桐生さんの隣を歩いても、恥をかかさずに済むだろう。

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