第11話
美容室に行き、髪型を整えた。南さんのお陰でちゃんとした服も買えた。
明日はいよいよ桐生さんとのデートだ。
まかり間違っても遅刻とかするわけにはいかないので、今日は早めに床に就くことにした。目を瞑り、明日のスケジュールを確認する。
えっと、何時にどこで待ち合わせだったっけ? ……あれ? 何時にどこで待ち合わせだったっけ?
眉間にしわを寄せ、必死に思い出してみる。
約束をしたのは昨日の放課後、帰り道。
俺が安村くんに体育館裏に呼び出されて桐生さんに助けて貰って、お礼を言って、甘いものは好き? って聞かれて、答えて、そしたら日曜日一緒にケーキを食べに行くことになったけど、それで……あれ? その後は?
や、ヤバい。思い出せない。っていうか、聞いてなかった。
桐生さんに、休日のお出かけに誘われたってことで頭がいっぱいで全然聞いてなかった。どうしよう。えっ、本当にどうしよう。明日何時にどこに行けば良いの? そもそも、明日のケーキ食べに行く約束が嘘だった説。
……ある。あるな。だって、よくよく考えたらおかしいじゃないか。
消去法で俺を選んだだけの桐生さんが、休日に俺を誘ってくる理由がない。
揶揄われた? ……いや、桐生さんはそう言うので嗤うタイプでは、ないと思う。
安村くんから助けてくれるとこまで仕込みだったなら、俺はもう一生誰かを信じることが出来なくなるだろう。
となると社交辞令?
いや、社交辞令で明後日なんて具体的な日程を指定するか?
……そもそも、俺は桐生さんのお誘いに頷いたか? 行きますとか言ってなかった気がするし、それでなしになった可能性。
でも、なんか“はい”って頷いたような気もする。もしも桐生さんが明日俺が来ると待っていて、俺がそれをすっぽかすようなことをしたら……申し訳なさすぎる。
……明日いつどこで集合なんだ?
桐生さんが言ってないわけないし、絶対俺が聞き逃したんだ。
頭から血の気が引いていく。
どうしよう。どうしよう。
体調崩したってことにすれば、桐生さんも許してくれるだろうか?
それにしたって、事前に連絡しとかないと怒られるだろう。
ん? 事前に連絡? もしかして、普通に、桐生さんに聞けば良いんじゃね?
でも俺、桐生さんに連絡手段とか持ってないし。
……いや、そう言えばクラスの緊急連絡網みたいのがあった気がする。
俺は、机の中からクリアファイルを取り出し、クラス名簿を取り出す。
クラスメートに話しかけられた時、名前を憶えてなかったら失礼だと思ったから進級後二週間くらいは毎日読んでちゃんと全員の顔と名前を一致させたのだ。
うろ覚えだけど、その名前の上に数字が書いてあった気がする。
あれが緊急連絡先とかだと思うのだ。俺は桐生さんの名前を探し出し、名前の上にある7桁の数字を携帯に打ち込んでいく。
……あれ? 7桁?
最近は家電ない家もあるし、市外局番省略してないと思うんだけど。
俺は確認の為に自分の名前を見つけて、その上の数字を見る。
あ、これ学籍番号じゃん!
まあ、そりゃそうだよな。このご時世、プライバシー保護の観点からも、連絡先安易にばら撒くみたいなことしないよな。
……終わった。万策尽きた。どうしよう。
逃げたい。なんかもうどっか遠くに逃げ出して昨日のことも、今日のことも全部なかったことにしてしまいたい。
あー、なんか明日隕石とか降ってこないかな。
「烏、晩御飯」
「……今は良い」
「何でね。唐揚げ揚げたてだし、ご飯も炊きたてだよ」
「…………」
くよくよしててもお腹は減るし、俺は素直に起き上がってリビングへ向かった。
「……烏、どしたの?」
「いやその、明日の待ち合わせ場所聞きそびれてて」
「じゃあ聞けば良いじゃん」
「……連絡先知らなくて」
「彼女なんじゃないの?」
「そうなんだけど……その、なんか交換してなくて」
「そう。それどの子ね。お母さんが代わりに聞いてあげようか?」
「……連絡先知ってるの?」
「クラスの連絡網みたいなやつ? のライングループ入ってるから、そこから聞けるんじゃないの?」
「え、なにそれ。グループで大々的に聞くってこと?」
「普通にグループからアイコンタップすれば個人的に送れるよ」
「そうなの?」
「そうよ。なんで若者の烏が知らんのよ」
「まあラインとか使わないし……」
「……本当に、明日彼女と出かけるの?」
お母さんが可哀想な人を見る目で俺を見てくる。
「それ、俺も今ちょっと確証なくなってきてるからそう言うこと言わないで欲しい」
「高い服も買ったのに?」
「それはそうなんだけど……」
「それで、誰?」
「桐生さんって人」
「きりゅうさん。……桐箪笥の桐に、生きるって字の?」
「うん」
お母さんは携帯を開いて何やら操作をしている。
それからはい、と無造作に携帯を俺に渡してきた。
「この人?」
「え? うん。多分」
桐生雲母で登録されてた。多分この人だ。
え、でも待って。これ、多分だけど桐生さんのお母さんだよね?
「え、これなんて送れば良いの?」
「え? 普通に電話かければ良いんじゃない?」
そう言ってお母さんは無神経に通話ボタンをタップした。しやがった。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
え、どうしよう。通話? 切る? いや、もうこれ押した時点で履歴残るし。え、どうしよう。待って。心の準備が……。
てんやわんやしているうちに、ガチャリと出られてしまう。
「え、あ、え……」
『あの、もしもし?』
「あ、はい。その、もしもし。えっと、その、桐生さん……桐生霧乃さんのお母様の携帯でお間違えないでしょうか?」
『はい』
「その……霧乃さんに用件があるんですけど、その、連絡先を知らないもので、こちらから掛けさせていただきました」
『霧乃にですか? 貴方、男の子ですよね? どちら様ですか?』
「あ、はい、その、すすみません。名乗るのが遅れてしまいました。え、えっと、クラスメートの沼田 烏と申します」
『沼田。解りました。……霧乃! 沼田さんって人から電話きてはるけど。……はい。じゃあ娘に変わりますね』
『……沼田くん? 替わったわ』
「あ、はい。えっと、その、明日、ケーキ一緒に食べに行く話ありましたよね?」
『ええ、そうね』
「その、待ち合わせ場所と時間、その聞きそびれちゃって……教えて欲しいなって思いまして」
『あー、そう言えば指定してなかったわね。私から誘ったのに悪かったわね。そうね……じゃあ、学校前集合で時間は朝の九時とかどうかしら?』
「わ、解りました。その、それで……」
ケーキ食べるだけにしては少し早すぎるような気もするけど……。
『じゃ、明日。楽しみにしてるわね』
「あ、はい。その、こちらこそよろしくお願いします。失礼します」
と言いつつ、向こうが電話を切るまで待ってから通話を終了した。
……緊張した。
「烏、なんか息荒くない?」
「なんか、女の子と電話するのとか慣れてなさ過ぎて、ドッと疲れた」
「……馬鹿じゃないの?」
母は呆れた目をしているけど、疲れたものは疲れたのだ。
ただ、とりあえず明日の集合場所と待ち合わせ場所は把握した。
いよいよ明日は、桐生さんとデートだ!
……ちなみに、晩御飯は全然喉を通らなかった。
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