第20話 黒の迷宮

 翌日、黒の迷宮の攻略が開始された。


 このダンジョンから出てきたモンスターが街に近づいてきてしまう、そしてモニカの受け持った子供がその咆哮や戦闘音で起きてしまう。

 これがモニカの悩みの種であり、ギルドに協力することに決めた理由のひとつだった。

 ということはつまり、黒の迷宮は街からそう遠くない場所にあるということだ。


 実際、モニカたちも黒の迷宮には徒歩で到着した。

 しかし、街の上は雲ひとつない快晴だというのに、迷宮の上部には暗雲が立ち込めていた。

 迷宮の目の前で空を見上げたモニカは、不穏な空気を嫌でも感じ取った。

 この雰囲気、あのときと……。


『アイツらはもう放っておけ! 間に合わん!』


「……っ!」

 ずっとしまい込んでいた嫌な記憶の断片が蘇り、モニカはぎゅっと目をつむった。


 鼓動が早くなるのを、深呼吸で抑えた。

 息を吸い込んだとき、他のメンバーからほんのりとギルドのアジトの香りがして、それが不思議と気持ちを落ち着けてくれた。


「モニカ、だいじょうぶ?」

 モニカの様子に異変を感じ取ったらしいルティが声をかけてくれた。


「うん。ありがとう、大丈夫だよ」

 モニカはルティに心配をかけないよう、笑顔でそう答えた。


「あぁダリィなぁ……何回目だよこの光景」

「確か、黒の迷宮はこれが四回目でしたでしょうか」

「いちいち数えてんのかよ」

「ええ、そういう性分ですので」

「けっ」

 気だるそうに扉の前に立ったヴラド。


 その腰の重さをとシンクロするように、扉はゆっくりと開いた。


「きっと、これが最後の戦いになりますよ」

「うんっ、四回目にして完全制覇だね!」

「それもあるが、最後なのはそれだけじゃねぇよ」

「あ、そっか。これが終わったらパーティは解散になるんだったね」

「モニカさんとヴラドさんさえ良ければ、黒の迷宮を攻略した後もパーティを続けてもよろしいんですよ?」

「何クソだりーこと言ってんだよクソババア。モニカが協力するっつってくれた理由、忘れたわけじゃねぇだろ。テメェもガツンと言ってやらねぇと、マジで王国ギルドに引きずり込まれるぞ」

「え、ええ? いや、私はその……」

「うふふ、冗談ですよ」

「じゃあ、さっさと終わらせるぞ」


 ヴラドを先頭に、四人は黒の迷宮に進入した。


 青白い炎に照らされた無機質な部屋に、強力なモンスターたち。


 ボス級モンスターがうじゃうじゃいる。

 まさに最高レベルのダンジョンといった雰囲気だ。


「チッ。クソ面倒くせぇ……もう一階のほうにまで上がってきてやがる。あれだけ苦労して片づけたってのにもうこれかよ」


 恐らく、以前に攻略したときにはこの辺のモンスターは一掃して進んだのだろう。しかしそれがもう復活している。


「この様子だと、下層のほうはもっと強力なモンスターが巣食っていそうですわね」

「時間が経てば経つほど、状況は悪くなる一方ってことかよ」

「仕方ないよ、黒の迷宮は魔力濃度が規格外に高すぎるんだから」

「だからって、あんだけ苦労して片づけた奴らが強化されて復活されてっとなぁ。やる気が失せるぜ」

「あはは。私も、片づけたばかりの部屋を子供に散らかされたときは一気に疲れちゃうなぁ」

「これだけのモンスターに囲まれてるってのに、さすが眠らせ姫様はお気楽だな」

「まぁねぇ」

「じゃあ、モニカさん? “お片付け”お願いできるかしら」

「おっけー!」


 モニカは杖を構えた。


 ルティが耳栓を生成し、他のメンバーに配る。


 そして、歌うモニカを先頭に歩き始めた。

 前回はなぜか一列になって歩いたが、今回はモニカが一番前を歩くだけで一列にはならずバラバラと歩いた。


「~~~♪ ~~~♪ ~~~♪」


 ケルベロス、アポピス、デュラハン、オーディン。

 強力なボス級モンスターたちがバタバタと眠りに落ちていく。


 一流のパーティでも苦戦するようなモンスターたちも、アブソリュート・スリープの前では為す術もなく倒れた。


 階段を降りて更に深い層まで進んでいく。


 今いる層も、腕利きのパーティが隊列を成しても攻略できなかった場所だ。

 それを数日前、ヴラドたち三人が突破したというのは王国内でもたちまち広まった話だが、それも色々と試行錯誤しながら徐々に攻略を進めた結果、成し得た結果だった。


 三人が色々と言いたそうなのはその呆れたような、可笑しそうな表情から見て取れたが、耳栓をしているため、各々が心の内に秘めながら更に下層を目指して歩いた。

 もう何十体目かのモンスターが寝ている横を通り過ぎたあと、エマがモニカの肩に触れて制止した。


「モニカさん、すみませんがここで一旦止まって頂けますか?」

「うん、おっけー」

「この先がそう?」

「ええ、恐らく」

「ようやくか。こっちは体力が有り余ってるからな……。つっても、俺らの出番は無ぇんだろうな」

「私たちはここに修行をしに来たわけではないですから。出番なく終わるのが一番良いのです」

「えっと……この先がボスってこと?」

「らしいぜ」


 この先にいるボスモンスターを倒せば、また平穏な毎日を取り戻せる!


 モニカはがぜんやる気が沸いてきた。


「ここから先は私たちも未到達です。何が出てくるかわからないので、まずは……」

「俺が行く」

「……ええ、頼みました」


 ヴラドの申し出に一瞬ちょっと面食らったような表情を見せたエマだったが、薄く微笑むとそれを承諾した。


「でしゃばりゴリラ」

「っるせぇチビ!」


 ヴラドは怒り混じりに扉を蹴り開け

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