第19話 アダルトシッター
モニカは昔の記憶を手繰り寄せ、自分に身体強化の魔法をかけた。
「お? いい感じかな?」
ヴラドの脇から手を入れて軽く持ち上げてみると、重い彼の体を持ち上げることができた。
身体強化の魔法と呼ぶにはあまりにもお粗末な、男一人を何とか運ぶことができるぐらいの弱い強化だが、今はこれで十分だ。
地面に落とさないよう苦労してヴラドを背負ったが、身長差があるためヴラドの足先は地面についていた。
これは大変になるぞぉ……。っていうか、今の私だいぶあやしいよね?
小柄なモニカに覆いかぶさるようにヴラドが乗っかっている。
もし誰かが暗がりでこの姿を見たら、正体不明の化け物が王国アジト内に現れたと思うだろう。
もしかしたら、いきなり襲い掛かられるかもしれない。
そうしたら、ヴラドとの変な噂が広まる程度では済まされないのだが……。
とにかく、今はあれこれ考えていても仕方がないので、誰にも見つからずにヴラドを部屋に運び込むことだけに集中した。
周囲に人の目がないことを確認すると、慎重に歩き始めた。
ちょっと夜風にあたるつもりが、とんだ事態になってしまった。
もうっ! まったく、なんでここまできてベビーシッターしなきゃいけないの!
そう思いっきり叫びたいモニカだったが、実際は足音ひとつ鳴らさないよう静かに城内へ入った。
「ぐがぁ!」
「ひっ!」
エントランスを抜けるため忍び足で急ぐモニカを、いきなりイビキをかきはじめたヴラドが驚かせた。
「勘弁してよぉ……!」
心臓が口から飛び出しそうになり、危うくヴラドも放り投げてしまうところだったが、何とか踏みとどまった。
少しずり落ちてしまったヴラドを担ぎ直すとポータルに入り、ヴラドの部屋がある階まで飛んだ。
さいわい降りてきたときと同様に通行人はおらず、無事にヴラドを彼の部屋まで運び込むことができた。
「ふぅ……。よかったぁ」
リラックスするつもりで散歩に出たというのに、今は出発前よりも心臓の音が高鳴っている。
ただ、直面した問題は解決することが出来たので、モニカはそっと胸をなでおろした。
「よいしょっ……と」
ヴラドをベッドに転がそうとしたときだった。
無事に彼を部屋に運びこめたことに安堵してしまったせいか、うっかり身体強化の魔法が切れてしまった。
「あ、まずっ……」
ベッドに押し倒されるような形で、ヴラドがモニカの上にのしかかってしまった。
身体強化の魔法は解けてしまっているので、モニカの腕力では彼を押しのけることができない。
「う、うぅぅ……重いぃ……」
そのとき。
部屋の扉があけられた。
はっと視線をやると、そこにはルティの姿が。
助かった!
そう思うが早いか否か、ルティは表情ひとつ変えず扉をバタンと閉めた。
「えっ……ちょ、ルティちゃん!」
「ごめんっっっ!」
そう叫びながらルティが走り去るのが、その足音でわかった。
「……」
今の自分の状態を客観的に想像してみたモニカ。
「……!」
そのイメージ映像が鮮明になっていくに連れ、モニカの顔はみるみる赤くなった。
もう……なんで私がこんな目にぃ……!
「うぅ……もうちょっと……」
動ける範囲でどうにか杖のほうへ手を伸ばし、指先で手繰り寄せることに成功したモニカ。
握りしめた杖で身体強化の魔法を発動し、ヴラドを横へ押しのけた。
「はぁ……はぁ……」
「ぐがっ」
モニカの苦労などつゆ知らず、がぁがぁといびきをかきながら寝るヴラドを見下ろした。
「はぁ……。こんな手のかかる子供、初めてだよ」
誰にも聞かれていない愚痴を吐くと、ルティへの誤解を解くため部屋をあとにした。
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