第8話  黒着物お姉さんと白ワンピースショタ

 ヴラドが入っていった部屋は予想と違わず広かった。


 そして、十人は座れそうな長テーブルには既にモニカよりも年上と思われる女が一人と、まだ冒険者になれる年齢とは思えない男の子が腰かけていた。


「あら、本当にその子が?」

「ああ」


 黒い着物を身につけた女性がキセルから吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出したあと、モニカのほうへ近づいてきた。輝くような銀髪は太めの三つ編みでまとめられており、前髪は後ろに流れるように左目にかかっている。


「エマと申しますわ。宜しくお願いしますね」

「モニカです。よろしくおねがいしますっ」


 エマの透き通るような水色の瞳が柔和に微笑み、モニカは少しドキッとした。


 エマの後ろからひょっこりと、低身長のモニカと同じぐらいの小さな子が姿を現した。灰色の髪はボブカットにされている。

 その光景は照れて母親の後ろに隠れる子供を思い出させた。


「ルティ。よろしく」


 ルティと名乗ったその子は幼い見た目のわりに落ち着いた喋り方をした。ヴラドのように偉そう、というわけではないが、どこか達観したような雰囲気があった。


「よろしくね、ルティちゃん」


 これは職業病からか、モニカは少し前かがみになり、受け持った子に挨拶をするように明るく言った。

 こういう照れて壁を作ってくる子にこそ、明るい笑顔で距離を縮めることが大事なのだ。


「僕は男だよ!」

 モニカの発言が気に障ったらしく、ルティは顔を赤くしながら大声で反論した。


「あっ、ごめん! スカートを履いているからてっきり……」


 あたふたと反論したモニカだったが、それは火に油を注いだ形になってしまった。


「これはローブだよ!」


 ルティがローブと主張する衣服だったが、モニカには白のワンピースにしか見えなかった。


「そ、そうだったんだ! ごめんねルティちゃ……ルティくん」

「ふん!」


 不機嫌そうに席のほうへ歩き出したルティだったが、ヴラドの後ろを通り過ぎたあと、彼にローブの裾を勢いよくめくられた。


「隙アリだ」

「……っ!」


 さらに顔を真っ赤にしてヴラドを睨みつけるルティ。


「はっ。そんな睨むなよ」

「もうヴラドのこと回復してあげない!」


 ルティはヴラドを威嚇するかのように足音をドシドシと鳴らしながら席に戻った。


「さ、不貞腐れたガキは放っておいて、さっさと始めようぜ」

「エマ、コイツ、ヤッテイイ?」

 ルティは自身の身長ほどもある杖を召喚したが、それを持つ手が怒りでぷるぷる震えていた。


「黒の迷宮が終わったらいいわよ」

「やれるもんならな、クソチビ」


 ヴラドはそう言うと足を机の上にガンと投げ出し、頭の後ろで手を組んだ。イスの前足をあげてロッキングチェアのようにしている。


「またこれで黒の迷宮を攻略するモチベーションが上がっちゃったなぁ」


 怒りに耐えるかのように歯を食いしばりながら、ルティは自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと杖を消した。


「それでは始めましょうか」

 その場の空気を変えるようにエマがぱんっと手を叩いた。

 おっとりした印象のエマだが、このパーティはどうやら彼女が仕切っているらしい。

 透き通るような水色の目が全体を見渡し、最後にモニカのところで止まった。


「まずはモニカさん、私たちのパーティに参加してくれてありがとうございます」

「まぁ……ええと……」


 脅迫されて仕方なく参加したので、礼を言われる筋合いはないです。と喉のあたりまで出かかったが飲み込んだ。


「でもどうして急に協力的になってくれたのですか? ヴラドが眠らせ姫を見つけて、しかも仲間になってくださると言ってきたときは、またデタラメを言っているだけだと思ったのですが」

「それは――」


 モニカは自分が眠らせ姫として活動をしている理由を簡単に説明した。

 普段はベビーシッターをやっていること、街のそばでモンスターが暴れると受け持った子が起きてしまうため静かにしてもらいたくて出向いていること、そしてこの前のダークドラゴンのときヴラドに正体がバレてしまったこと。


 そして、最近現れた黒の迷宮を攻略すれば街はもっと静かになるとヴラドに言われて協力を決心したことをざっくり伝えた。


「そうだったのですね。ご説明、ありがとうございます。モニカさんの事情はよくわかりました。つまりは利害の一致、ということですね。一刻も早い攻略を目指して、一緒に頑張りましょう」


 ヴラドのパーティ仲間だから、どんな悪党どもが出てくるのかと思っていたが実際はまともそうな人たちで安心した。


「はい、がんばります!」

「頑張り過ぎて俺らを眠らせんなよな?」


 いっそ、ルティちゃんと共闘してコイツやってしまおうか? そう思ったモニカだった。


「非常に言いにくいのですが、実は私もそこが心配なんです」

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