第17話 キラキラな祝勝会

「そういえば、他のギルドメンバーは私の正体しってるの?」

 ヴラドとルティの元へ戻ったモニカが聞いた。


 自分で言うのは恥ずかしいが、王国が総力を上げて捜索をしているという伝説の眠らせ姫が見つかったというのに、あまりにも静かなのが気になった。

 もっと、国王への謁見とかがあるのかと想像していたのだが、それもない。


「知らないんじゃねぇ? なんで?」

 ヴラドはモニカのほうを見向きもせず、歩きながら答えた。


「いや、なんでって……。じゃあ今も私のこと探してるんじゃないの」

「俺の知ったこっちゃねぇよ」

「え、えぇ……」


 ヴラドの自己中心っぷりに驚くモニカだったが、一方で自分の秘密が未だ守られているというのは嬉しい誤算だった。


 まぁ……いっか!


 会議室に到着すると、夕食の準備が行われた。


「私は何すればいい~?」

「僕に任せて。モニカは何もしなくていいよ」


 どこか得意げにそう言ったルティが詠唱を始めた。

 エマがティータイムのときに茶器とお菓子を召喚したときの魔法陣に似ている。


「お前、それ系の魔法つかえたのか」

「まあ。エマがやってるのをいつも見てるからね」


 何でもないように言ったルティだが、その表情は得意げだ。


「すごいね! 見てるだけで覚えるなんて、やっぱりルティちゃんは天才なんだ」

「何でもいいけど早くしてくれよ、天才」

「うるさい」


 会議室のテーブルに真っ白なクロスが敷かれ、四つあるイスの前に魔法陣が現れた。

 するとテーブルの上にはシミひとつない銀食器が人数分ならべられ、大皿も次々とテーブルを埋め尽くした。

 料理の上にかぶせられる蓋、いわゆるクロッシュが皿の中身を隠してはいるが、きれいな銀食器の数々にモニカの期待は膨らんだ。


「おお~!」

「ババア待たなくていいのは助かるわ、腹へってるし」

「ダメだよヴラドくん! 祝勝会なんだから、みんなそろってからだよ!」


 しかしモニカの制止を無視したヴラドがクロッシュを開けると、中には何も入っていなかった。


「あ? おいガキ、なにも――」


 ヴラドの言葉を遮ったのは、銀色のナイフだった。

 テーブルの上から飛び出しキラリと光ったかと思うと、あわやヴラドの顔を切り裂くところだった。


 彼が咄嗟に首をかたむけて回避しなかったらどうなっていたのか、壁に深く突き刺さったナイフから想像するのは容易かった。


「なっ……おまえ……っ!」


 続いてフォークがヴラドの顔面をめがけて飛んだが、これもスレスレでかわした。


「あっぶねぇな!」


 テーブルを覆い尽くすように魔法陣が現れ、大量の銀食器が召喚された。

 そしてそれらは意思を持つようにモニカたちに襲い掛かった。


 明らかに魔法が暴走してしまっている。


「きゃあっ!」


 フォークとナイフが壁に突き刺さり、皿が地面にたたきつけられる。

 グラスはふわふわと宙を漂い、落下のタイミングを計っているようだ。


「あ、あれぇ? おかしいなぁ、どうしてこうなるの」

「おいガキ! 早くなんとかしろ!」

「今やってるってば!」


 ルティは四方八方から飛んでくる銀食器を避けながら、何とか暴走を止めようと試行錯誤した。


 ドッシャンガッシャン


 およそ夕食の準備中とは思えない音が会議室に鳴り響く。


「うぅ……どうすればいいんだ……」


 自分の意思に反して次々と生み出される銀食器たちに圧倒され、アワアワと右往左往するルティ。


 ヴラドはアックスを持ち出し、モニカをかばうようにしながら銀食器と戦った。


「オイ! 部屋から出るぞ!」

 ヴラドがそう叫んだ直後だった。


 あれだけの騒音が一瞬にしてぱたっと鳴りやんだ。

 暴れていた食器たちが大人しくなったのだ。


「エ、エマぁ……」


 今にも泣きだしそうなルティがエマの姿を確認すると、その場にへたり込んだ。


「うふふ、ルティ。挑戦するのは良いことよ。でも、まだちょっと早かったみたいね」

「ああ、もうちょっとで俺の頭の風通しが良くなるところだったぜ」

「ええ、次はもっと鋭利なナイフで速度をあげましょう」


 ヴラドに対して煽り返すように言いながらも、エマは扇子を開き、そして投げた。

 扇子が紙飛行機のように会議室をピューと一周すると、めちゃくちゃになっていた状況が一瞬で片付いた。

 床に散らばった破片は消え、壁についた傷は修復された。

 扇子がエマの手元に戻ってきたときには、会議室はすっかり元に戻されていた。


「クソ。さっきのダンジョンよりよっぽど疲れたぜ」

 イスにどかっと座り、テーブルに足を投げ出したヴラドが言った。


「適度な疲労が最も優れた調味料ですよ」


 エマが扇子を振ると、テーブルの上に豪華な料理が並んだ。

 モニカがクロッシュを開けると、今度は温かな料理の湯気が上がった。


「うわぁ、おいしそう!」

「それでは、乾杯しましょうか」

「ナイフとフォークに殺されなかったことにな」

「ヴラドうるさい」

「うふふ。それじゃあ、乾杯」


 エマが軽くグラスを掲げると、モニカとルティはそれに続いたがヴラドはただ自分の喉を潤した。


 食事が始まり、各々エマが用意した料理を楽しんだ。

 モニカも久しぶりのダンジョン攻略で疲れたせいか、手に届く料理を片っ端から皿に取るとそれを頬張った。


「……」

「ふぁに?」

 口に料理を頬張ったモニカはヴラドの視線に気づき声をかけた。


「いや。こんな小リスみてぇな奴が……と思ってな」


 確かに髪色といい小柄な体といい、両手で持ったパンを口いっぱいに頬張るその姿はどことなくリスを彷彿とさせた。

 そんな彼女がダンジョンでは無敵の強さを誇るというのがヴラドには信じられなかったのであろう。


「むぅ! 失礼な!」

「やっちゃえモニカ。僕も参戦するよ」

「お得意の銀食器で戦うのか?」

「あ、ちなみにモニカがやらなくても僕は一人でもやるよ」


 ****


 賑やかな祝勝会がお開きになると、各自部屋へと戻った。


「はぁ、おなかいっぱい」


 モニカはベッドでごろんと横になった。


 そうして今日の出来事を、そしてこういう状況になった経緯を回想した。


 ベビーシッターの仕事中にうるさいモンスターを黙らせたら正体がバレて、あっという間に王国ギルドの任務に参加させられてしまった。


 そして今日、何年ぶりかのダンジョン攻略をやったのだ。


 最初はどうなることかと思ったが、想像よりも悪い状況にはならなかった。


「まぁ、たまにはいいかな」

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