第3話 かくれんぼ

「おい聞いたか? また出たらしいぜ」

「伝説の眠らせ姫だろ? しかも今度は、王国ギルドの大規模パーティの前に現れたんだよな」


大通りの片隅で、冒険者風の男が二人で話している。


「ああ。何でも、ダークドラゴンの討伐に百人ぐらいの精鋭が投入されたらしいんだがよ、全員見事に眠らされちまったって話だ」

「マジかよ? それって王国ギルドのメンツ丸つぶれなんじゃね? やっぱ伝説の眠らせ姫はすげぇなぁ」

「あー、俺も一度でいいから眠らせてもらいたいぜ」

「はは、なんだよそれ」


正体不明の冒険者、眠らせ姫が再び現れ、王国ギルドの大軍をダークドラゴンもろとも眠らせたというニュースが街中を駆け巡ってから数日後。


王国ギルドの精鋭なら、ダークドラゴンぐらい自分たちで片づけてよ……。


道端で噂話をする男たちの前を知らん顔で通り過ぎながらモニカは思った。


王国ギルドの情報機関が眠らせ姫の捜索、およびギルドへの勧誘に躍起になったが、今回も手掛かりはつかめずにいた。

モニカの前ではボスモンスターであろうが王国ギルドの精鋭であろうが、赤子も同然に眠ってしまうのだから無理もなかった。


自分の捜索が王国の最優先事項になっていることなど気にすら留めず、今日もベビーシッターの仕事へ向かうモニカ。

到着したのは、赤い屋根が特徴的な庭付きの戸建て。

相変わらず綺麗に手入れされている芝が日を浴びてキラキラと光った。

玄関で扉をノックをすると、今日担当する子の母親が迎え入れてくれた。


「モニカちゃん」

「こんにちはっ」

「いらっしゃい。ごめんね、突然お願いしちゃって」

「いえいえ~」


母親の後ろに隠れた三つ編みの女の子がひょっこり顔を出した。


「あっ、こんにちは!」

「ほら、ご挨拶は?」

「こんにちは」


この子を担当するのは今日が三回目だが、以前もこんな感じで照れていたのを思い出した。


「今日はいっぱい遊ぼうね!」

「うんっ!」


かがんで女の子と目線をあわせたモニカが笑顔で言うと、女の子も笑顔で返してくれた。

既に支度を終えていたらしい母親は、カバンを持って玄関に戻ってくると、女の子にやさしくハグをした。


「お姉さんの言う事を良く聞いて、いい子で待ってるのよ」

「うん!」

「モニカさん、この子をよろしくね」

「はいっ!」

「いってらっしゃーい!」


にこやかに手を振りながら出発する母親に、女の子はその何倍も大きな笑顔と動きで送り出した。

母親を見送ると、モニカは女の子に向き直った。


「さてと! 今日はなにして遊ぼっか?」


モニカは女の子と目線を合わせるようにしゃがんで聞いた。


「ん~……あ、そうだ! かくれんぼしようよっ」

「いいね! じゃぁ私が鬼やるから、十秒数えたら探しに行くね」

「うん!」


元気よく返事をした女の子はドタドタと家の奥へ走って行った。


「いぃち、にぃ、さぁん、しぃ、ごぉ、ろぉく」


十秒を数え終えると、モニカは大きな声で言った。


「もういいかーい?」

「まーだだよ!」


女の子のほうも、モニカに負けないぐらいの大きな声でそう返してきたので、また十秒を数え直した。


「きゅーう、じゅう! もういいかーい?」

「もーいーよ!」

「よーし、いっくよ~」


広い一軒家なので、屋内とはいえ女の子を見つけ出す難易度は高い。

また、ご両親の寝室など、モニカの立ち入ることのできないところに隠れていた場合、それを見つけることは不可能なので、そうなったらもうお手上げだ。


「……」


そんなモニカの心配とは裏腹に、カーテンの後ろから出ている小さいピンク色の靴下を発見した。


かわいいなぁ……。


カーテンの裏でドキドキしながら隠れている女の子を想像するとモニカの顔もゆるんだ。

しかしすぐに見つけてはつまらないので、探しているふりをする。


「あれ~。どこかな~」


四つん這いでソファの下を見たところで、女の子と目が合って声をあげる。


「うわぁっ!」

「きゃっ!」

「み、みっけ!」

「みつかっちゃった~」


び、びっくりした!


まさかこんなところにいたとは。全く予想をしていなかったモニカの心臓はまだバクバクしている。


「ふぅ……」


深呼吸をひとつして、次第に落ち着きを取り戻してくると、得体のしれない違和感のようなものが自身を取り巻いていることに気が付いた。


なんだろう……?


そのとき、はっとその正体に気が付いた。


「え……」


じゃあ、アレは誰?


カーテンのほうへ視線をやり、ゴクリと生唾を飲むモニカ。

ソファの下から出てこようとした女の子を制止した。


「そのまま、そこに隠れてて」

「え?」

「じっとしててね、いい?」

「う、うん。わかった」


声を落として言うモニカをふしぎそうに見ながらも、頷いた女の子。


「いい子だね」


モニカは杖を取り出し、構えながらソロリソロリとカーテンに近づいていく。

そしてアブソリュート・スリープを使った。


「~~~~♪」


強力な眠気に襲われて倒れ込んでくるはずが、何も変化が起きない。


うぅ……なんなの!


こうなったら、直接たしかめるしかない。


モニカが勇気を出してガバッと勢いよくカーテンを開けると、そこには靴下だけが置かれていた。


「……へ?」


しばらくあっけに取られていたが、とりあえず靴下を持って女の子のもとへ戻った。


「さすがおねえちゃん。そのカーテンにはだまされなかったか~」


まさか、この子がフェイクとして置いていたのか。

ということは、何をして遊びたいかを聞いたとき、悩んだふりをしてかくれんぼと言ったが、実際のところ事前に準備をしていた可能性が高い。


なんて末恐ろしい子……っ!


「ま、まぁね!」


めちゃくちゃ騙されたモニカだが、お姉さんとしての余裕を見せた。


「あら? ほっぺが汚れてるよ」


ソファの下に潜っていたせいか、女の子の頬についたホコリがついているのに気が付いた。


「え、どこ?」

「ちょっと待ってね……。はい、取れたよ!」

「ありがとうおねえちゃん!」

「いいえ。うわぁ、すごい。ほっぺぷにぷにさんだね」


モニカは女の子のほっぺをふにふにした。


「えへへ~」


モニカは女の子の絹のようになめらかで柔らかい頬を堪能した。


「ねぇ、おねえちゃん。わたしもさわってもいい?」

「もちろんっ」


右頬を差し出したモニカだったが、女の子の手が伸びてきたのは胸だった。


「ふわふわ~」

「……あ、ありがとう」


本当に末恐ろしい子だ……とモニカは思った。

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