第4話 取り戻した日常

女の子の穏やかな寝息がかすかに聞こえてきたので、モニカは手にしていた絵本をそっと閉じた。


「かわいい……」


寝ている女の子のほっぺをふにふにするモニカ。マシュマロのような弾力が指先に伝わってきた。

今日の担当は聞き分けの良い子だったし、昼寝もアブソリュート・スリープを使わずともしてくれた。

うるさいボスモンスターの咆哮も聞こえてこなかったので、楽にこなすことのできる仕事だった。


窓から差し込む穏やかな太陽光と風を浴びながら、手に入れた平和を味わうモニカ。

サラサラと波打つ青い芝を見ながらぼーっとしていると、かすかに足音が聞こえてきた。

そのほうへ目をやると、まだ日が高いのにも関わらず女の子の父親が帰ってきたのがわかった。

窓越しに目が合い、軽く会釈をするモニカに対し、女の子の父親も帽子をかるくあげて挨拶を返した。


「お仕事、お疲れ様です。早かったですね」


玄関の扉がガチャリと鳴り、間もなくして部屋に入ってきた父親に対してモニカが言った。


「いやぁ、実はまだ勤務中なんだけどね。どうしても消息がつかめないから、帰って家で作戦を練り直すことにしたんだ」

ジャケットを脱ぎながら父親が言った。


「消息?」

「眠らせ姫さ」


予想もしていなかった眠らせ姫というワードにニカの心臓は跳ね上がったが、動揺を表情に出さないように気を付けた。


そっか。この人は王国ギルドのメンバーなんだ。


「私も、噂だけは聞いたことがあります。そんなに見つけるのが難しいんですか?」

「難しいなんてもんじゃないさ。なんせ、目撃者が一人もいないんだからね。みんな少女の歌声を耳にしたのを最後に眠ってしまうから、手掛かりが全くつかめないんだ」

その言葉を聞いてモニカは安堵したが、表情では安堵ではなく驚きの感情を表現した。

「そうなんですか。てっきり尾ひれのついた噂話だと思ってたんですけど……本当なんですね」

「うん。ギルドの規定で詳しいことは話せないんだけど、その事実を肯定することぐらいはできるかな」

「でもなんで、わざわざそんなことをするんでしょうか」

「眠らせ姫かい?」

「はい」

「さぁ。私たちにも、そればかりは分からないんだ。とにかく会って話を聞きたいというのが王国の意思なんだけどね。現在の王国の体制に不満があるから、自分の力を誇示して王国に警告を出しているんじゃないか……とか、王国ギルド内でも色々と憶測は飛び交っているんだけど、どれも確証は無いんだ」

「眠らせ姫には反乱を起こされる危険性もある、ということですか」

「そういうことだね。要は不安なんだろうね、国王は。未知で強力な冒険者が自分の国に居るというのが」


実際に王国ギルドの人間から眠らせ姫についての情報を聞いたことはなかったので、モニカにとっては新鮮な体験だった。


「とにかく国王は眠らせ姫の勧誘には異常な執着心を持っていてね。我が国における希望だとか何だとか、とにかく眠らせ姫の捜索には私財をなげうってでも達成しようとしているよ」

「そうなんですか……」


アブソリュート・スリープでその場の全員を眠らせてからボスモンスターを眠らせるので誰にも見つからない自信はあったが、国家が総力をあげているということには一抹の不安を抱いた。


「見つかるといいですね」

「ああ、ありがとう。もし君も手掛かりを見つけたら、王国ギルドに報告を入れてね」

「わかりましたっ」

「ありがとう。じゃあ、これから私はとなりの書斎で仕事をするから、君はもう帰って大丈夫だよ」

「あ、はい! 了解です」


早上がりだった分、払われる費用も差し引かれるはずのところ、父親の好意によって満額を差し出された。


「君には本当に感謝しているんだ。この子も、君と遊んだあとはすこぶる機嫌がよくてね」

宝物を撫でるように女の子の頭に触れながら父親は言った。

「え、でも……」

「受け取っておくれ」


どうするか迷ったモニカだったが、目の前の親切そうな人の顔を曇らせるのが嫌で好意に甘えることにした。


「ありがとうございます! また、ぜひお呼びくださいっ」

モニカは礼を言って帰路についた。


夜のシッティングが多いモニカにとって、仕事が終わってもまだこんなに日が高いというのが新鮮で不思議な感じがした。

木々の匂いを思い切り吸い込みながら、大きく伸びをした。


「ん~~~~っ」


思ったよりも早く仕事を終えることができたモニカは上機嫌で、残った時間をどう過ごそうか考えながら歩きだした。


ん?


そのとき、ふと誰かに見られているような気配を感じた。

立ち止まり辺りを見回す。


「……?」


だが特に怪しい様子はない。気のせいだったのかと思い再び歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る