第25話 眠らせ姫の過去
ガキンッ!
鎧を全身にまとった剣士が振る剣と、『アーマード・ヘルリザード』の持つ骨製の棒が火花を散らす。
アーマード・ヘルリザードはモンスターにも関わらず武器と防具を装備した厄介な中級モンスターだ。
対峙した剣士はその防具の隙間を寸分の狂いなく正確に斬り、アーマード・ヘルリザードは地面に伏したあと光の粒子となって消えた。
「ふぅ」
傷だらけのスチールヘルムを脱いだ少女、モニカは額の汗をぬぐった。
「お疲れ様」
振り返ると、ギルドマスターのリルドが労をねぎらってくれた。
「今日も大活躍だったな」
「ありがとう! アマヘルはもうだいぶ慣れてきたかも」
「それは頼もしい。期待しているよ、モニカ」
「まかせなさいっ」
二年前、モニカは生まれ育った小さな村でギルド『白銀の獅子』に属していた。
職業は剣士。
女性で剣士を職業に選ぶ者は少なかったので村では話題になった。
無事に討伐を終えたパーティは村に戻った。
「あらモニカちゃん、こんにちは」
「こんにちは!」
「また村を守ってくれたんだってね? これ、よかったら持っていって」
「いいの? ありがとうっ」
冒険者は大変な仕事だ。
特に剣士というタフなポジションを担う女性には負担が大きかったが、こうして村に戻って皆の笑顔を見ると疲れなど一気に吹っ飛ぶような気がした。
もらった果物をかじりつつ、大好きな村の人たちの笑顔を守ることができた満足感に浸りながら帰路についた。
****
アーマード・ヘルリザードの討伐任務があった翌日、ギルドメンバー全員に招集がかかった。
モニカも簡単な支度を済ませるとギルドのアジトに向かった。
ロッジハウス風のそのアジトは、モニカの家から歩いて十分程度の場所にあった。
「今日は遅刻しなかったんだな」
白銀の獅子のメンバーで槍使いの男、ナイルがモニカに声をかけてきた。
「もう! 私がいっつも遅刻してるみたいな言い方やめてよね!」
「はは、悪い悪い。この前はたまたま寝坊しただけだったな」
「そう!」
モニカはソファに座った。
「このふかふかのソファがアジトにあるの、まだ慣れないなぁ」
「最近調子いいもんな、俺ら。立ち上げたときのアジトと比べたら、見違えるぐらい豪華になってるし」
この当時、新進気鋭のギルド白銀の獅子は中間クラスのギルドとして王国からも一目置かれるほど頭角を現していた。
基本的に、小さな村のギルドはせいぜい初級モンスターを排除する程度の仕事しかしない。
中級モンスターの処理が出来れば上等だが、ほとんどの村では中級の処理も難しく、そういう時には王国ギルドなど、大きな街から応援を呼ぶのが普通だった。
しかし白銀の獅子は上級モンスターの襲撃を自力で何度も退けていた。
その名声が村を飛び出し、各所で反響を呼んでいたのだ。
彼らは村では英雄扱いだし、ギルドメンバーたちの士気も高かった。
だが、ギルドマスターであるリルドの向上心は異常なほどまでに高く、更に上のクラスを目指すため躍起になっていた。
いや、むしろ焦っていたと表現されるべきかもしれない。
モニカはこの日、なにか嫌な予感がしていた。
この頃のリルドの様子がおかしいのを感じ取っていたからだ。
表面上には決して出さないが、なにかを隠しているなとは思っていた。
以前であれば村を守ることに誇りを持っていた彼だったが、最近はモンスターから村を守っても表情が晴れず、どこか不満げな素振りすら見せていたのを見ていた。
その嫌な予感が当たっていたことは、会議が始まってすぐリルドの一言によって証明された。
「我々は『常闇の王宮』を攻略する」
ギルドメンバーの表情が一気に凍り付いた。
常闇の王宮は最上級ダンジョンだ。
突如として出現し、街を襲う危険があるというので、緊急クエストが発生していた。
「あれは王国ギルドがやることになっていたはずだ!」
「加えて、あのダンジョンは村からかなり距離があります。わざわざ我々が出向く意味はないかと思いますが」
メンバーが次々と反論を口にするが、リルドは首を振った。
「お前らは分かっていない。自分たちの管轄外のダンジョンを俺たちが代わりにやることで、存在感を増すことが出来るだろう? チャンスなんだ」
「チャンス?」
「白銀の獅子は今や王国ギルドからも注目をされている」
「それと常闇の王宮攻略に何の関係があるっていうんだ」
「俺は、こんな小さな村で終わるつもりはない」
リルドの発言を、ナイルは鼻で笑った。
「なるほどな。王国ギルドなんかにも引けを取らないような一流ギルドのマスターになりたいって、そういうことか」
そうじゃない、という言葉を期待していたナイルだったが、沈黙を肯定と受け取った。
「……悪いが俺はパスだ」
「ナイル、君には失望したよ」
白銀の獅子は、ほとんどがモニカのような地元の人間によって構成されている。一部、最近の白銀の獅子の活躍を聞いた外部の冒険者もいるが、それはごく少数だった。
つまり、地元に根付いて飯を食べていけて、且つ英雄扱いまでしてくれるのだから、現状に不満を持つものなどほとんどいなかった。
「彼のような臆病者は去ってくれて構わない。そして、二度と白銀の獅子を名乗ることは許さない」
「何だと!」
リルドの言葉にナイルが激高した。
「当然だろう? 白銀の獅子は、これから全国的にその名を轟かせようというのだ。その大事な第一歩を踏み出す勇気のない奴に、白銀の獅子の名を語る資格などない」
「リルドてめぇ……本気で言ってんのか」
「ああ」
会議室が静まり返った。
「だが、今すぐこの場で決断しろとは言わない。三日後に俺は常闇の王宮を目指して発つ。賛同する者だけ、同じ時刻にこの場所に集まってくれればいい」
それだけ言うと、リルドは部屋から出ていってしまった。
「どうしちまったんだよあいつ……」
リルドが去った後、アジトでは盛んに議論が行われた。
そんな無茶はしたくないという者、このチャンスを掴んで白銀の獅子を一流ギルドの仲間入りにさせたいと意気込む者、半々ぐらいだった。
モニカはというと全く気乗りしなかった。
ただ、自分が生まれ育ったこの村を、育ててくれた人たちを守れればそれで良かったからだ。
しかし同時に、幼い頃から知っているリルドを見捨てることもまた出来なかった。
結局、三日後には会議のときと同じくギルドメンバーが勢ぞろいしていた。
「ありがとう。君たちならやってくれると信じていたよ」
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