第14話 眠らせ姫のパレード?

「~~~~♪ ~~~~♪」

 少女の歌声がダンジョン内に響き渡る。


 睡眠妨害のバリアを張り、耳栓をした状態で、杖を振りながら歌うモニカを先頭に一列になって行進した。


「~~~~♪ ~~~~♪」


 まるでおとぎ話に出てくる音楽隊のような奇妙な光景だが、そうすることでモンスターたちはバタバタと倒れていく。


「……」

「……」

「……」


 冒険者として大切な何かを失っているような気持ちになった三人だが、これが最も効率的な方法であることはわかっていた。


 王国ギルドが攻略に失敗したというだけあり、なかなかボリュームのあるダンジョンだったが、ぐんぐん奥へ進んでいく。


「ふぁ~~あ」


 最初はバカバカしい気持ちになったり、モヤモヤした気持ちになったりしていたヴラドだったが、今はとにかく暇だった。


 あくびをしながら最後尾を歩いていたが、何か悪だくみを思いついたらしいのが、そのニヤリとした表情からわかった。


 他のメンバーにバレないように列からそっと抜け出し、倒れたばかりのレッドオークに近寄った。


 そして付近に転がっているこん棒を手に取ろうとしたとき、ダンジョンに仕掛けられたトラップが発動した。


「あ」


 ヴラドは赤い魔法の結界内に閉じ込められてしまった。

 このトラップは、出現したモンスターを全て討伐しなければ結界の外に出られないというものだ。

 トラップが発動したことで、地面に浮かんだ魔法陣から新しいレッドオークが何体か出現した。


 しかしヴラドは余裕の表情を見せた。


「眠らせ姫サマサマだな」


 モニカのスキルなら結界を突き破ってコイツらを眠らせるだろうと悠長に構えたヴラド。


 グガァァァアア!


「おいおい……!」

 ヴラドは耳栓を外し、急いでアックスを構えた。


 レッドオークが眠気など微塵も見せず襲い掛かってきたからだ。


 ゴンッ!


 アックスとこん棒が激しくぶつかり合う。


 なぜ眠らないのかとモニカたちのほうを見ると、彼女たちは誰もこの事態に気が付かないまま行進を続けていた。

 それに気が付いたヴラドはモニカたちに向かって叫んだ。


「おいコラ!」


 スキルに集中していたモニカだったが、かすかな異変に気が付いた。


「~~~~♪ ……ん?」


 先頭のモニカが振り返ったので、他の二人も続いた。


「あらまぁ」

「あはははは!」


 どこか楽しそうな二人をよそに、モニカはヴラドのもとに駆け寄った。

 辿り着いた時にはすでに激しい戦闘が繰り広げられていた。


「ど、どうしようヴラドくん!」


 ヴラドは耳栓を外しているのでアブソリュート・スリープを使用することはできない。


「モニカはともかくテメェら! 援護ぐらいできんだろうが!」


 ヴラドがレッドオークのこん棒を弾き返しながら叫んだ。


 ヴラドの言葉を聞いたルティが詠唱を始めたので、てっきり援護をするのかと思ったが、出現したのは攻撃魔法ではなく丸テーブルと三人分のイスだった。

 まるで格闘技の試合でも見るように、結界の前に座った二人。


「ふ、二人とも……?」


 エマが詠唱すると、テーブルの上にアフタヌーンティーセットが現れた。


「え、助けなくていいの?」

「平気ですよ、あのぐらい」


 ティーカップを手に持ち優雅にくつろぐエマと、一口大のケーキをおいしそうに食べるルティ。


「ふざけてばっかりいるからバチが当たったんだよ」


 復讐は蜜の味と言わんばかりに、ケーキを頬張ったままルティは言った。

 そんな二人とは対照的に、結界の中では激しい戦闘が繰り広げられていた。


「ああウザッてぇ!」


 怒りでバーサークの炎が勢いを増しているおかげか、ヴラドが押されている様子はなかった。

 まだちょっと心配そうなモニカだが、出来ることもないので二人にならってイスに腰かけた。


「えっと……」

 ずっと気になっていたことだったが、この機会に聞くことにした。


「三人はどういう関係なの?」

「簡単に言うと、私とルティは師弟関係ってところかしら?」

「へぇ! そうだったんだ!」

「ちょっとしたキッカケがあってね。ちなみにヴラドとは、黒の迷宮を攻略するために国王の命令で一時的にパーティを組んでるだけだよ」

「な、なるほどねぇ……。あ、このお茶おいしい」


 モニカの顔が一気に明るくなった。


「ありがとうございます」


 それを見たエマの顔も緩んだ。


「エマは引退したら喫茶店をやりたいんだってさ」

「いいねいいね! 絶対いきたい!」


 ヴラドが渾身の一振りによって二体のレッドオークを一篇に薙ぎ払ったが三人とも見ていない。

 それどころか、カフェトークに花が咲き始めていた。


「ルティちゃんは髪の毛つやつやだね」


 紅茶をゆっくり飲み、落ち着いたところで目に留まったのはルティの髪のキューティクルだった。


「ほら、ね?」


 エマはルティに対して意味深に微笑むと、キセルを取り出して煙をくゆらせ始めた。


「エマがね、ボサボサな僕の髪を見かねてクシをプレゼントしてくれたんだ」

「そうだったんだ!」


 ルティが短い詠唱をすると、毛並みの豊かなクシが現れた。


「やってあげようか?」

「え、いいの? やったぁ」


 ルティは立ち上がり、座ったままのモニカの髪を梳いた。


「ああ、きもちい~」


 元から艶のある髪だったが、クシを通すたびに輝きを増していった。


「もしかしたら僕が眠らせ姫を眠らせられるかもね」

「そしたらルティちゃんが新しい眠らせ姫だね」

「僕は姫じゃないって! 男だから」

「細かいことは気にしなーいっ」

「細かくないよ! ……はいもうおわり!」


 ちょっとだけ不機嫌に自分のイスに帰るルティ。


 モニカは梳かされた髪に指を通してみると、その滑らかさに感動した。


「すっごーいっ!」


 毛先のほうへ伸びるに連れて濃い茶色になっているモニカの髪だが、全体的にトーンが明るくなり、そのきれいなグラデーションがはっきり見えるようになった。


「とってもお綺麗ですよ」

「ありがとう!」


 自分の髪の艶感に感動するモニカ。


「エマの髪もステキだよ!」

「うふふ、ありがとうございます」

「エマは自分で髪を編んでるの?」

「ええ、そうですよ」

「すごい、上手だねぇ」

「やってあげましょうか?」

「うん! やってやって!」

「もちろん」


 今度はエマが立ち上がり、座るモニカの髪を編み始めた。


「オラァ!」

 一方ヴラドは、体制を崩して膝をついたレッドオークを脳天から真っ二つに叩き切った。


「あら、ほんとに綺麗な髪ですね」

「えへへ」


 エマがしているような太い三つ編みではなく、もう少し細かく編み込まれた髪は後頭部でまとめられた。

 細く白いうなじが出るように可愛く編み込んでくれたので、モニカの雰囲気が一気に変わった。


「どうかしら? こんな感じにしてみたんですが」


 ルティが魔法によってモニカの目の前に鏡を出現させた。


「か、かわいい……っ!」


 前から横から後ろから、様々な角度から自分の髪型を少し照れたような表情で何度も見た。


「気に入ってもらえてよかったです」

 エマは柔らかく微笑んだ。


「ありがとうエマ!」

「どういたしまして」


 三人が世間話で盛り上がっていると、ふっと赤い結界が消え去った。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「あら? 思ったより早かったのですね。もう少しゆっくりでも良かったのに」

「もっとお話したかったなぁ」

「仕方ないよ。ヴラドが雰囲気をぶち壊すのはいつものことだから」


 ルティによってテーブルとイスが取り払われた。


「テメェら覚えとけよ……」

「……」


 モニカがじっとヴラドのほうを見ている。


「あ? なんだよ」


 しかしヴラドが何も反応を示さないとわかると、ジトっとした目で先へ歩いていってしまった。


「ふんっ」

「?」

「そういうところですよ」


 エマの表情も曇っているし、ルティも首を横に振りながら呆れ果てている。


「な、なんなんだよ……」


 トラップから脱出したら気の済むまで文句を言ってやろうと思っていたであろうヴラド。

 まさか自分が逆に非難されるとは思ってもみなかったのだろう。

 何が何だかわからないまま、渋々といった様子で先へ行ってしまった三人のあとを追った。

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