第11話 チートスキル~絶対睡眠~

 モニカたちが足を踏み入れたダンジョンは、手入れが全くされておらず荒れ果てていて、廃墟と化している。


 宮殿という分類では王国ギルドの本部と同じだが、今いるこのダンジョンは豪華絢爛というよりは、呪われた屋敷といった印象をモニカに与えた。


 そして何より特徴的なのが、壁や天井の一部が半透明な水晶で作られていることだろう。

 ただでさえ不気味な屋敷の中に光を放つ水晶が点在していることが、宮殿をよりいっそう日常とはかけ離れた場所にしていた。


「……」


 ダンジョン特有のこの雰囲気が、モニカに嫌でも当時の感覚を思い出させた。

 しかし想像していたよりは落ち着くことのできている自分に驚いた。


 そう、私はあのときとは違う。


 モニカは握った杖にそっと力を入れた。


「おい遅ぇぞ!」


 二階へと続く階段のあたりで叫んだヴラドの声がホールに反響した。


「本当、何様なのあのひと!」


 モニカは軽く文句を言ってやろうと思って、小走りで追いついた。


「もう、なんで先に行っちゃうの?」

「お前らが遅いんだろうが」

「ちがうよ! ヴラドくんが早すぎるんだよ!」


 モニカの主張に対し、ヴラドは鼻で笑った。


「なんだよオイ、伝説の眠らせ姫も大したことねぇのか? ビビってねぇでさっさと進むぞ」

 アックスを肩に担ぎ、階段をのぼり始めたヴラド。


 こ、コイツ~……っ!


 ここまで純粋な挑発を真っ向から受けたことのないモニカ。


 伝説の眠らせ姫として、これほど言われっぱなしでは気が済まなかった。


「へぇ? その大したことない眠らせ姫に寝かしつけられちゃったのは、一体どこの坊やでちたかにぇ?」


 階段を半ばまで登っていたヴラドだったが、モニカの挑発に足を止めた。


「い、言ってくれるじゃねぇか……。あのときはボス戦で疲れてただけだ」

「なら、ここでもう一度やってあげようか?」

 モニカが細い杖を構えた。


「ハッ、上等だ」

 ニヤりと笑ったヴラドの身体をうっすらと紫色の炎が包んだ。


 ここからでもわかる、すごく狂暴な魔力……!


 階段からモニカを見下ろすその姿は、まるで魔王のようだった。


 ヴラドは大きく跳躍した。


 そしてモニカを飛び越えると、彼女の背後に現れていたレッドオークに斬りかかった。

 レッドオークの体は真っ二つになり、光の粒子となって消えた。


「彼の身体強化スキル『バーサーク』。攻撃力が格段に上がるの」


 いつの間にか追い付いていたエマが説明してくれた。


「ヴラドくんにぴったりって感じのスキルだね」

「脳筋ゴリラだからね」


 王国ギルドに所属しているというだけあり、さすがの威力だ。大きなアックスを片手で軽々と振り回している。


「オラァ! 死ねクソが!」

「な、なんか口も悪くなってない?」

「んー、あれはいつも通りね」


 そうこうしていると、またレッドオークが現れた。


「私も、自己紹介を兼ねて戦っておこうかしら」

 そう言うと一歩前に出たエマ。


 右手に持った扇子を広げて前に突き出し、左手で祈るようなポーズをした。

 膨大な魔力が一気に練られていくのがわかった。

 数秒の詠唱が終わると、扇子を閉じ、攻撃対象に向けた。すると魔扇の先から雷の竜が飛び出し、レッドオークを一瞬で消し炭にした。


「えっ、うそ! サンダー・ドラゴン! すっごい!」

「あれ? もう元冒険者っていうのは隠すのやめたの?」

「あっ……」


 つい感動して口にしてしまった。ルティの突っ込みに返す言葉は見つからなかった。

 しかしモニカが驚いたのも無理はなかった。

 ただでさえ使える魔法師がほとんどいないほど難しい魔法なのに、エマの詠唱時間が極端に短かったのだ。


 ルティが彼女のことを天才だと言っていた理由が、何となくわかってきた気がした。


「それでは、次はモニカさん。伝説の眠らせ姫のお手並みを拝見させて頂けるかしら」

「僕のバリアに睡眠妨害のスキルを混ぜたから、遠慮せずにやって」

「わかった!}


 いよいよモニカの番だ。


「それじゃあ、いくよーっ!」


 喉の調子を整えたモニカが杖を振って歌い始めると、すぐにモンスターが眠りについた。

 彼女の圧倒的なスキルの強さに驚愕するパーティメンバーだったが、その感想が言葉として発せられることはなかった。


 モンスターが眠りについてから間もなくして地面に伏していたからだ。


 ただ一人、ヴラドを除いて。


「あれ、ヴラドくんは大丈夫なの」

「あ? ああ。バーサークで覚醒してっからな。それにガキのバリアもあるし。余裕だっつの」


 とは言いつつ、アックスに寄りかかるヴラドのまぶたは重そうで、ふらふらと今にも寝落ちしそうだった。

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