第30話  最終決戦

 黒の迷宮、最深部の扉の前まできたモニカ。

 重厚な扉を開けて中に入ると、ヴラドたちが傷だらけになりながら戦っていた。


「う……ぐっ……」

 宙に浮いたエマは苦しそうに首元をおさえながらもがいている。右手を彼女の喉元に向けているアーミライトの見えない魔力に首を絞めつけられているようだ。


「ババア!」


 ヴラドが助けに行くが、アーミライトに左手を軽く薙いだだけで吹き飛ばされてしまった。


「くっ!」

「ヴラドそのまま!」

 ルティがヴラドの背部にシールドを出した。ヴラドは空中で身をひるがえすとそれを足場にして飛び、アーミライトに斬りかかった。


「オラァ!」

「ほう」


 気を取られたアーミライトの隙をついてエマが脱出した。


「不覚でした、ありがとうございます」


 彼らはこれが無謀な戦いであることは分かっていたはずだ。

 昨日、あれほどまで圧倒的な力の差を見せつけられたのだから。

 しかし、王国ギルドが指令を出すまで、少しでも足止めになればと考えたのだろう。


 今度はルティが標的になった。


 防御魔法をヴラドに集中させた影響で自分の防御が薄くなってしまったルティをアーミライトが見逃さなかったのだ。


「チッ!」


 飛ばされた光の矢にいち早く気が付いたヴラドは超人的なスピードでルティを救出した。


「ごめん、ヴラド」

「防御を俺に集中させ過ぎだ!」

「だ、だって……」

「俺ぁテメェに心配されるようなタマじゃねぇんだよ。いいからいつも通りやれ!」

「……」

 ルティはうつむいた。

 悔しそうな、悲しそうな表情がモニカの位置からは見えた。


「みんな……」


 入ってきたモニカにいち早く気が付いたのはエマだった。

 魔力探知にたけた彼女は、モニカのほうを見向きもせず、まるで最初から彼女がそこに居たかのように喋り始めた。


「彼がいつも先陣を切ってダンジョンに入るのは、仲間を守るためだと思っています」

「え?」


 そう言われてモニカは、いつもヴラドが最初にダンジョンに入っていたのを思い出した。

 せっかちな性格や、自己中心的な考え方からそうしていたのだと思っていたが、エマの言葉にモニカも納得した。


「うん、きっとそうだね。私もそう思うよ」

 静かに同意を示すと、モニカは歩き出した。


「もう終わりか? もう少し楽しめるかと思ったのだが」


 満身創痍のヴラドたちに比べ、アーミライトは余裕に満ちていた。


「ならば死ぬがいい」


 アーミライトの魔力にいっそう殺気が込められた。


 ヴラドは昨日の戦いで負傷し、エマが治癒してくれた傷跡に手を当てた。


「あいにくだがな、もう死ねねぇんだよ」


「うん、そういうこと」


 モニカはヴラドの横に並んだ。


「きたか」


 モニカは驚かせてしまうかと思ったが、まるで来るのを待っていたかのようにヴラドがニヤリと笑った。


「モニカ!」

 ルティが喜びと安堵を滲ませたような声をあげた。


「何かと思えば、喰い損ねた娘か」


 モニカは杖を取り出した。


 その瞳にはもう、迷いは無かった。



「――うちの姫をナメるなよ」



「~~~~♪♪♪ ~~~~♪♪♪」


 モニカの魔力が一気に部屋を覆い尽くした。

 今まで聞いたことのない、優しくも力強い、勇気がもらえるような歌声が迷宮内に響いた。


「あっ、ちょっとモニカ! まだ耳栓が……ってあれ? 眠くならない? それどころか……」

「ああ、力がみなぎってきやがる!」


 モニカはアブソリュート・スリープをコントロールし、狙った対象にのみ睡眠スキルを、そして仲間には補助スキルを付与することができた。


 今まで余裕を見せていたアーミライトが初めて膝をついた。


「貴様、その力……一体どこで!」

「今です、総攻撃を!」


 エマの号令でヴラドが斬りかかった。


 今まで素手で戦っていたアーミライトが初めて光の剣を握り、ヴラドと刀を交えた。


「あの憎たらしき女神の歌声、まさかこのような場所で……。二度と聞くことはないと思っていたが、相変わらず忌々しい旋律だ。我の前でその音色は許さん!」


 モニカのスキルを危険視したアーミライトの攻撃が激しさを増した。裏を返せばそれだけ効いているということだから、少しの間を耐えれば必ず眠ると踏んだヴラドたちは走力を上げてアーミライトに立ち向かう。


 特にヴラドは一歩も引かず、がむしゃらにアックスをアーミライトに向かって叩きつけた。

 彼がずっと至近距離でアーミライトと渡り合えているのは、ルティが出現させた盾が敵の攻撃をすべて防いでいるから。

 それによってヴラドは攻撃だけに集中できる。


 だが、ヴラドはそれが不満……いや、恐らく心配だったのだろう。


「おいチビ! だから俺のほうにばっか盾を――」

「うるさい!」

 ルティが叫んだ。


「だったら、ヴラドがそいつを抑え込めばいいだろう!」


 一瞬、面食らったような表情を見せたヴラドだったが、すぐに笑い出した。


「ハッ、違ぇねぇ。言うようになったじゃねぇかクソチビ!」



「僕の前ではもう、傷つくことを許さない!」



 両手を前に出していくつもの盾を操るルティのその目には、何かを覚悟したような煌めきが宿っていた。

 成長した我が子を見る母親のように、誇らしげに微笑んだエマ。


「これほど不愉快な思いをさせられるとはな……。いや、むしろ礼を言うべきか」

 アーミライトは冷静さを装ってはいるが、先ほどまでの余裕がなくなってきているのは明らかだった。


 ヴラドがアーミライトを見事に抑え込んだことで、エマの詠唱が完了した。


「ルティ、あれいくわよ」

「うん!」


 バチンと勢いよく閉じられた扇子の先端から巨大な電撃が発生した。それは一瞬にして収縮すると、アーミライトが使用している光の矢に似た見た目になった。


「小娘ごときが我の魔法を? こざかしい!」


 ヴラドを守っているのと似た小さな盾がボスの周りにも出現した。

 エマが放った電撃の矢はその盾を反射するようにボスを幾度も射抜いた。

 それはどんどん速度を増し、やがて光の半球のようになった。


「ぐっ」

 あれほど余裕を見せていたアーミライトだったが、今は苦悶の表情を覗かせた。


「ハアッ!」

 アーミライトは力任せに魔力で盾と電撃を吹き飛ばした。


「人間風情が……っ!」

「くたばりやがれ!」

 高く跳躍したヴラドは、アーミライトの真上からアックスを振り下ろした。


「ぐはぁっ」


 咄嗟に光の剣でガードしたアーミライトだったが、そのガードごとアックスを振りぬいた。

 アーミライトの額から紫色の血が流れ出た。


「~~~~♪♪♪ ~~~~♪♪♪」

「やったよ! 効いてる!」


 モニカたちは初めて、まともに共闘することができた。


 そのコンビネーションは神相手にも決して引けを取らない。


「こうなったら、最終形態を見せてやろ……う……」

 そういって光をまとったアーミライト。

 

力強い光が部屋を埋め尽くし、モニカたちは眩しさから自分たちの目を覆った。


「くっ……まだ上があるってのかよ!」

 

――と思われたが、その光はすぐに収束した。

「……うん?」

 何やら様子おかしいので、モニカはまだ眩しさの残る目をこすってアーミライトのことをよく見てみた。

 

だんだんと視力が戻ってきた一行の目に映ったのは、半身だけ最終形態――白金の鎧をまとい、金色の羽根が少しだけ生えた状態――になった変な格好のまま眠りについたアーミライトの姿だった。


「えっとぉ……」


 モニカが何かを言おうとしたとき、アーミライトはそのまま黒い粒子となって消滅した。


 永遠にも、刹那にも感じたこの戦いは、こうして幕を閉じた。

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