第5話 二人の大学生はともに夢を見る

■焼き鳥屋 センベロ利休


 東京メトロ早稲田駅から歩いてすぐにある焼き鳥屋へ呼び出された俺は中に入る。

 大岳ダンジョンから脱出し、救護エリアに姫野を任せていた時に呼び出しがあったので、面倒が来る前に逃げて来たのだ。

 姫野を襲ってきた男どもは〈粘糸〉で縛っておいたから、すぐには逃げられない……はず。


「まぁ、すんだことだ。奢りで一食浮くんだから、感謝だな」

「サグル! こっち、こっち!」


 手を振ってくるイケメンのいる座敷に向かって俺は歩く。

 すでに出来上がっているおっちゃんたちを邪魔しないように気を付けなきゃいけないくらい通路は狭いが、その雑多感が大和田大学探検部のご用達になっているゆえんだ。


「急に呼び出してなんだ? おごりだから来たけどよ」

「まぁまぁ、一杯飲めよ」

 

 話を先に進めてくる茶髪のイケメン——財前 猪狩(ざいぜん いかる)——はちょっとぬるくなったビール瓶をスライドさせてきたので、俺はグラスにビールを注ぐ。

 自分の分は手酌とするのが大和田大学探検部の伝統だ。

 ビールを飲みほしたら、思わずクゥゥゥと声が出る。

 探検後のビールはぬるくても美味い!


「急に呼び出しって、お前自覚を持てよなぁ。お前の動画がバズってるぞ?」

「俺の動画なんてバズるような配信してないが……」


 そういって、スマホでイカルから見せられたものは世紀末救世主アニメの処刑用BGMと共に、俺がスコップでガラの悪い連中をなぎ倒しているものだった。

 倒される男たちに合わせて、「ヒデブ」とか「アベシ」とか入れているこだわりのある編集は面白い。

 

「ブハッ!?」

「うーわっ、きったねぇ!?」

 

 思わず吹き出してしまい、ビールの一部がイカルの高級そうな服にかかる。

 クリーニング代なんかだしたら、今日の奢りが飛んじまう失態だった。


「すまん、クリーニング代はなんとしてでも返すから、今は払えん!」

「こんくらいいいけど……そういうんなら、サグルよ。俺とダンジョン探検会社作ろうぜぃ」

 

 土下座をして謝っている俺に対して、イカルは予想外の答えを持ってきた。


「ダンジョン探検会社? 俺は会社経営できるほど頭良くないぞ。単位も卒業ギリギリだからな……むしろ、探検部を潰しそうで学生課のお局様に目を付けられていて……」

「まぁまぁ、落ち着けマイブラザー。ゆっくり説明してやるからよ」

「お、おう……」

「探検するにも世界の洞窟や遺跡、鉱山などはダンジョン化してしまって普通にはできなくなっているっしょ? だから、冒険者免許が発行されるようになって国際規格で入場管理するようになってるが、攻略は遅遅として進んでないのが現状よ」

「先輩方が卒業する前に聞いた話だな、普通に探検ができなくなったから探検部は俺とお前の二人と名前ばかりの幽霊部員になっているな」

「そこでね。僕ちゃん調べたわけよー、そうしたらピラミッドとかもダンジョン化していて高ランクの難易度になっているわけ。大阪のアノ天皇陵もだよ? こりゃ、探検家としては冒険者カードを取って大手を振って潜れる機会になるわけじゃん?」

「そんなことになっているのか……つまりは高ランク冒険者になれば世界中の未知を探る探検ができるようになると……」


 ビールを手酌で飲み直して俺はイカルの言葉を口の中で転がす。

 重要文化財になっている場所でもダンジョン化しているかどうかを調査したりする人手は足りてない。

 いざという時のために周辺を封鎖するのが現状だ。

 面倒だからとランクを上げないままでいる場合ではないな……。


「そこまではわかった。それで会社を作ることがどう関係するんだ?」

「ダンジョンのモンスターを倒した後にドロップするアイテムは冒険者ギルドで売却できるし、それを国が推奨している。だから、稼げるんだよねぇ。

「そうなのか、俺は潜在能力も兼ねて、食えるものだけ食ってあとはケイビングのルールにのっとり、そっと地に返していたな」

 

 俺の言葉にガタンとイカルが机に突っ伏した。


「さーぐーるー! だから、君は僕ちゃんと組まないといけない。会社の運営や、金の管理をはじめ動画配信のプロデュースまでやってやるからさ」


 イカルは両手で俺の肩を掴み、真剣な目で見てくる。

 断れる雰囲気じゃない。


「わかった。細かい手続きはお前に任せて、俺はいつも通り、洞窟に潜っていけばいいんだな?」

「場所は僕ちゃんが指定する場合もあるけどね。そういや、サグルのイケてる様子を撮っていたのは織姫ちゃんだよね?」

「織姫……ああ、姫野のことか」

「彼女とコラボしたら絶対視聴数稼げるんだけどなぁ、許可だしてくれるかなぁ~」

「姫野の方からコラボだかしましょうと言われたぞ?」

「さーぐーるー、今後はメールでいいから探検後に探検レポートを僕ちゃんに流してよね」

「講義以外でレポートなんか作りたくないぞ」

「レポートだって集めれば書籍になる世の中だよぉ~。探検家サグルの貴重な本ができるんだけどなぁ~」

「かならず書く! 書籍出版は探検家の夢だからな」


 イカルにうまく乗せられているような気がするが、ビールがそんな気持ちを吹き飛ばしてくれた。


「ああ、上手に動画を撮れるようになったら、それをお局様に活動報告しなきゃな」

「サークルがなくなったって、いいと思うんだけどなぁ、僕ちゃん」

「ダメだ、俺の代で歴史を止めるわけにはいかない。探検家の先輩達に顔向けできん!」

「ああ、わかったわかったから、ちょっと静かになろうねー」


 イカルに宥められながら、俺はイイ気分で店を後にする。

 世界をかける探検家になる夢が現実感のあるものになった。

 今日は気持ちよく眠れそうだ。

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