第3話 一か月遅れの彦星

■奥多摩 大岳ダンジョン 1階層


 ”どうしようもならなくなったら大声で叫んでくれ”


 別れ際にそういう言葉を告げたサグルの顔を思い浮かべながら、姫野はダンジョンの外へ出ようと息を切らして少し早歩きで進んでいた。

 スライムに服を溶かされて、下着姿の彼女には貰った【DAI】製の防寒・防塵ジャケットはありがたい装備である。

 だが、毒への対処をしていないので、外のダンジョンに併設された救護施設へ向かいたかった。


「クリーニングして返さなきゃ……ね。はぁ……大和田大の探検サークル部長のサグルさん、か……まさにダンジョンに入るためのいるような……名前」


 疲れながらもクスクスと笑い、ぽよんぽよんと跳ねるスライムを避けて出口を目指す。

 まともに戦える状態ではないので、早く脱出したかった。

 それに配信で服が溶けてしまったのは流れてしまったので、すぐに切ってアーカイブにもあげてないが、ここに視聴者が来ないとは言えない。

 優しい視聴者の多い姫野のチャンネルだが、多くの人が集まれば中には悪い人もいる。


「おーう、織姫ちゃーん♪」

「彦星がお迎えにきたよぉーん」

「グヘヘヘ」


 今、目の前にいるようなのがその筆頭だ。


「すみません、ファンの方でしたら今は緊急事態なので脱出させてください。冒険者のマナーとしてありますよね?」


 毅然とした態度を崩すことなく、姫野は目の前の男たちを見る。

 すぐに見えるのは3人だが、まだ他にいそうではあった。

 入口付近も見張りを立てて、ダンジョンへ入らないようにしていることだって考えられる。

 目の前にいる男たちはそういうことを平気でしそうな顔をしていた。

 

「何度もいいますが、どいてください……」

「そんな冷たいことをいうなよ、大変な状況なんだろ?」

「だから、助けにきてあげたじゃーん」

「グヒ、だから僕ちゃんたちと休憩できるところいこ? ギュフゥ」


 ググっと姫野の握る拳に力が入る。

 だが、今の恰好では自由に動けないのが現状だ。

 ブラッドスライムからの毒もまだ完全に抜けきっていない状態なので、不利である。

 ゴクリと唾を飲み込み、姫野は意を決した。


「誰かぁァァァァ! 助けてぇぇぇぇぇ!」


 姫野の大きな声が洞窟内に響き、驚いた男たちが武器を構えて姫野に迫った。


「ちぃっ! おとなしくついて来てくれりゃあ、手荒な真似はしないで済んだものをよ」

「グヒィ! し、しばって運ぼう、グフュグフュ」

「見張りの奴らもくるだろうから、 さっさとやっちまおうぜ! いくらBランクといっても俺らもDランクだ。戦いは数だぜ!」


 物陰に隠れていたり、入口からやってきたりと男達の数が増える。

 姫野の修めている古武道は1対1を基本としたものであり、数を相手にすることには向いていなかった。


(万全だったら、何とかなったかもしれないのに……)


 姫野はせめて背後を取られまいと、岩壁に背を当てて息を整えて構える。

 いざという時のためにステルスモードで飛ばしていたドローンへ配信撮影の指示も【Dphone】で出していた。

 

「追い詰めたぜ、さぁ、行こうか織姫ちゃーん」


(助けて、サグルさん!)


 織姫が願ったとき、背後の岩壁から手がにゅっと出て来たかと思うと、姫野を掴んで沈んだ。

 プールに潜ったような息苦しい感覚があったのちに、地上へと出てくる。

 周囲を見渡せば、背後には外の光が差し込む出口、姫野の前には仁王立ちになっているつなぎ姿のサグルがいた。


「サグルさん!」

「言いつけ通り、叫んでくれて助かった。ケイブワームから〈地中移動〉を取っていたのを思い出したので、一気に来れたよ」

「相変わらず……無茶苦茶、ですね」


 思わず涙を流しだした姫野をサグルは黙って見下ろしてから、手を振って下がれと相図する。

 姫野もそれに従って入口の方へ下がっていったが、ステルスモードのドローンとサグルの様子を見守ることにした。


「おっさん! どけよな、いいかっこしてんじゃねぇよ!」


 背負っていた六角棒を軽々と振るい、喧嘩を売ってきた男がサグルを睨む。

 サグルの顔はぼさぼさの髪で隠れているのでみえないが、動いてないところを見る限り大丈夫そうだ。


「洞窟で騒ぐのはマナー違反だ。静かに潜れ」

「グフュゥ、静かにするにはそっちの織姫ちゃんを渡すんだな!」


 太った男がスライムのように跳ねながらサグルに襲いかかる。

 危ないと姫野が思ったのもつかのま、サグルは〈収納〉からスコップを取り出すと、掬いあげるようにして出口へと転がした。

 どんな力があればあれだけのことができるのか、姫野にはわからない。

 あての体重はざっと100Kg以上はあるはずだった。


「まだやるか? 俺には708のスキルがあるので、お前たちを倒すくらい造作もないぞ?」


 スコップを肩に担いでトントンと叩いている。


「嘘つけ! そんな数のスキルを得られるはずがねぇだろうが! やっちまえ! うぉぉぉ!」

 

 リーダー格の男がサグルに向かっていくが、サグルはスコップを上手に使って防御や攻撃をして男たちを片付けていった。

 

(かっこいい……)


 トクンと姫野の胸が鳴り、目の前のサグルに釘付けとなっている。


(一か月遅れだけれど、彦星に出会えたよ)


 姫野はサグルと共に大岳ダンジョンを後にした。

 見惚れていたために、ドローンがずっとその様子を撮影配信していたことに気づいたのは、たくさんの通知が届いてからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る