場違いです、勘弁してください
母は確かに5年前に亡くなっているが、死因は突然の事故。荷積みの最中に固定紐が切れて、積み荷の下敷きになってしまった。即死ではなかったけれど、あたしと父に一言遺したのがやっと。その場に居もしないリューゴの手を握りながら……なんてのは大嘘だ。リューゴもバレバレなのは分かっていて、冗談のつもりで言っているのだ。
それに母が、あたしのことをそんな風に称したり、ましてやリューゴを推すだなんてありえない。むしろ母は生前からリューゴを好ましく思っていなかった。
「いつかあんたの良さを分かってくれる人が現れる。だからあのボンクラ息子みたいなのに焦って引っかかるんじゃないわよ」
と、あたしにたびたび言い聞かせてきた母。あたしはいつも「言われるまでもなく」と返していた。
リューゴはおそらく極悪人ではないし、大嫌いとまでは言わないけれど、それなりに嫌いであり、性格の悪いやつだと思っている。こんな男と結婚するくらいなら生涯独身上等だ。
その後もリューゴは後ろでなんやかんや言っていたけれど、あたしは無視して封筒を開けることに専念した。
内容については楽観視していた。王子様からの手紙、あの日のことの、お詫びか何かだろうなと。
あの日――盛大な人違いと婚約破棄をされた卒業式。自分の誤りに気付いた王子エリオットは、途端に蒼白になった。平民のあたしに膝まで着いてお詫びをし、身に着けた装飾品を毟って賠償しようとし始めた。
それをあたしは丁重に断った。まあびっくりはしたし悪目立ちで恥もかいたけど、あたしに実害があったわけじゃないからね。
「気にしないでください、それほど丁寧にお詫びをくださっただけで十分です」
そんな風に言ったあたしに、王子はさらに良心が痛んだらしい。
「こんなに欲が無く、正直で善良な少女に、私はなんと無礼なことを」
そう言って、頭を抱えて懊悩していた。
……真面目な人間である。
そんな彼だから、改めて詫び状を出すくらい、十分考えられることだった。あたしは平常心で、手紙を読み始めた。
『ジーナ・モビール様。先日はたいへん失礼な言動を向けてしまい、申し訳ありませんでした。改めて深く謝罪を申し上げたく、筆を執らせていただきました』
あ、やっぱり詫び状だ。本当に真面目なひとだねえ。
『あの場面で、まさか人違いをしてしまうとは……思い出すと恥ずかしくて顔から火が出る思いです』
あたしもだよ、共感性羞恥ってやつで。
そういえば王子様、なんであんなトンチキな勘違いをしたのかしら?
『――親が決めた婚約者で、アステリア嬢とは会ったことがありませんでした。そのため私は、調査員からの報告書の、文面に書かれた特徴だけでアステリアを探してしまったのです』
いやなんでだよ。本物のアステリア嬢とあたし、ちっとも似てなかったじゃん。
あちらは、中身はともかく絶世の美少女で、ゴージャスピンクブロンドの縦ロールの巨乳で――。
『私が理想の妃として考える通りの外見、学園で一番美しい女性であると。私はそれだけの情報をもとに、卒業生のなかにあなたを見つけ、てっきりアステリアだと――』
…………ん?
一瞬、思考が停止する。その隙に、
「――だからさおまえ、女の十八ってそろそろ行き遅れだぞ。いい加減、身を固めたっていいんじゃないかって。オイラだってそろそろ嫁さん貰えって親父からチクチク言われてるしさ」
リューゴの声が鼓膜に届いた。彼は食卓に足を上げ、そこにあったあたしのお菓子を勝手にぼりぼり食べながら、肩を竦めて笑って言った。
「だからさ、まあ要するにあれだ。来月の花祭り、オイラがペアになってやるよ。どうせお前みたいなやつ、王都に三年もいたところで彼氏なんかできもしなかっただろうし。親父さんよりはオイラが隣にいた方がまあ格好つくってもんだろ? だから」
あたしは続きを読み始めた。
『――ということで、今回のお詫びとして。明後日に催される王宮での舞踏会に、貴方様を招待したく、お誘い申し上げます。それほど畏まった場ではございません、美味しいごはんと楽しいダンスのために、遊びに来てください。当日こちらから馬車でお迎えに上がりますし、ドレス等もご用意いたしますのでご安心を。
ただし名目上、新たな王子妃を選び出すための社交界、という催しになっておりますので……その旨ご覚悟のうえ、お越しいただければ幸いです。 エリオット・シューバッハ』
…………え、っと……?
あたしはしばらく無言で目をぱちぱちさせ、手紙を見つめた。最初から終わりまで、顔を動かして何度も何度も読み直した。
内容を暗記するほど読み直したのち、封筒を取り出し、宛名を確認する。そこに書かれているのはあたしの名で間違いないか。
何度も何度も確認した。が、やはり宛名には『ジーナ・モビール様』と書いてある。間違いなくあたしの名前、あたし宛てだ。人違いではない。
「……。今度は、文章の書き間違え、かな?」
あたしはそう言って、頬を伝う汗をぐいと拭った。
◇◇◇
その場において、あたしは明らかに浮いていた。
「……場違いだわ、あたし」
ここは王宮のメインサロン、舞踏会会場。
視界一杯に蔓延るのは、花のように着飾った王侯貴族の紳士淑女。そんな中、あたしはひとり、ぽつんと立っていた。
王侯貴族セレブエリート達から「なんだこのド平民」という侮蔑の視線が降り注ぐ――ということは、意外にも、無かった。というより誰も、あたしのほうなど見ていなかった。気付いていない、と言った方がいいかもしれない。それもそのはず、あたしは生粋のド平民中、街外れにある木綿問屋の娘である。お仕着せのドレス程度じゃ、あたしを輝かせることはできなかったのだ。
さもありなん、あたしの容姿は地味顔オブ地味顔、良くも悪くも存在感ゼロのモブ中のモブ! 花の化身のような令嬢たちと比べればもはや背景どころか壁紙の模様くらいのもんである。いっそモブ界のチャンピオンとして崇め奉れと言いたい。
こうなることは分かっていたので、適当に飯を摘まんで抜け出そうと思っていた。――の、だが、しかし。
「――おおっ、来てくれたのか!」
後ろから、やたらと良く通る声が飛んできた。
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