愛すべき理由①

 その時だった。


「よう、来たな平民」


 威圧的な声が門番の後ろから飛んでくる。門番が慌てて振り向くと、そこには銀髪の美少年が立っていた。あたしは呟いた。


「ええ、来てやったわよジュリアン」

「呼び捨てにするなっ!」


 怒鳴りつけられたが、あたしもすぐに言い返す。


「だったらそっちも平民呼ばわりはやめてよね。あたしにはジーナ・モビールっていう立派な名前があるんだから」

「立派か?」

「モブみたいな名前はお互い様でしょうが! それより、あなたがあたしを呼びつけたってこと、この門番さんが信じてくれないんだけど」

「ああー、そうか、なるほど」


 ジュリアンは楽しそうな笑い声をあげた。


「これはこれは、確かに僕が思いやり不足だったな。証文の一つも同封してやればよかった。でなければお前のようなド平民まるだしの小娘が王族の来賓だとは、誰も信じるまい」


 またまた傲慢な言い方に、あたしはムカッと――は、来なかった。

 まず、ジュリアンの言うことはそのままその通りだと思う。それに何より、彼が本当にそう思っていたのだとしたら、彼はあたしのことを意味も無く出迎えに来てくれたということになる。平民相手に王族が、ずいぶんと丁重なおもてなしだ。たぶんそのことを、ジュリアンは自覚もしてないようだけど。


 やっぱりこの男、居丈高な態度はわざとだな。本来はエリオットの言った通り、根っから真面目で気配りのできる、市民にも優しい王子様なのだ。そして顔も可愛いので愛され系……思わずふふっと吹き出す。


「何がおかしい」


 と睨みつけてくるジュリアン。そんな仏頂面をすると逆に幼く見えてなおのこと可愛らしい。あたしより年下だし、そんなふくれっつらをされても怖くもなんともないのである。

 それは口に出さなかったけれども、なんとなく自分が笑われていることは理解したらしい。ジュリアンは顔を赤くして、「さっさと中に来い」と言い捨てるなり、勝手に自分が前を歩き始めた。


「ねえ、どこに連れて行くのよ?」


 とりあえず後ろをついていきながらあたしは弱々しく尋ねてみたけれど、ジュリアンはやはり答えてくれなかった。想定内だったので、それ以上何も言わず黙ってついて行く。

 ……もしかしたらまた何かの罠で、このままついて行ったらひどい目に遭う可能性もゼロではないのだけど……とりあえず考えにくかったし、それに……。

 あたしも、本当はずっと気になっていて、仕方がなかったんだ。


 エリオット本人曰く、あたしに執着する理由は、「外見が理想的で、一目ぼれしたから」とのこと。それは一応、信じてあげることにしている。だってそんな嘘をつくメリットがないし。

 だけどそうなると、それはそれでまた別の疑問が湧いてくる。

 エリオットは何でこんな地味な顔が好きなんだと。


 あたしはここに来るまでの道中で、1つの仮説を立てていた。

 エリオットは過去に、こういう顔の誰かを愛していたのではないか――と。

 たとえば……マリエラ・シューバッハ。エリオットがわずか三歳、甘えたい盛りの年に亡くなった母親。もしも亡き王妃様が、このあたしと同じ地味顔だったとしたら?

 エリオットは母の面影をあたしの中に見出して、それを恋と勘違いしているのではないか――と。



 王宮の長い長い廊下を、ジュリアンの後をついて歩いて行く。その時、ちょうど聞き覚えのある声が耳に届いた。回廊からほんの少し人影が見える程度の距離。ガゼボの方から笑い声が聞こえてくる。


「まあ、エリオット様ったら、おかしいの!」


 鈴を転がすような明るい笑い声。


「冗談ではありませんよ。それが私の本当の気持ちなんですから」

「もう、またまた冗談ばっかり。うふふ、おかしいわ。わたくしエリオット様がこんなにひょうきんなお方だなんて知りませんでした。もっと楽しいお話を聞かせていただけますこと?」

「もちろんですとも」


 エリオットの楽しそうな声がする。となると、相手は手紙で言っていた隣国の姫君か。遠目だけれども、二人の姿が見て取れる。

 美しいお姫様だった。豊かな黒髪を結い上げて、全体的には小柄だが、広く開いた胸元からは深い谷間が見える。


 エリオットがどんな楽しい話をしたのか知らないけれど、とにかく姫君の機嫌はすこぶる上機嫌。そしてその正面に座るエリオットも、あたしが見たことないぐらい明るい笑顔で。

 ……なんだ、大変な接待だとか言ってたけれども、結構楽しそうじゃないか。

 そりゃあ、王族同士の方が話は合うわよね。あたしみたいな平民の日常生活の雑談より、ずっと楽しい話が聞けることだろう。

 あたしはふいっと顔をそむけ、前を行くジュリアンの後ろに駆け寄って行った。


「ここだ。入れ」


 ジュリアンに導かれたのは、何か倉庫のような場所だった。薄暗い室内に大きな棚がひしめいており、そこには大小様々なものが並べられている。ジュリアンが明かりをつけると、それらはすべてキラキラと光り輝いて見えた。


「ここ、もしかして宝物庫?」


 あたしが問うと、ジュリアンは頷いた。明かりに照らされた棚に置いてあったものはすべて芸術品だった。壺やら装飾剣やら儀式に使うようなオーブもある。金銀財宝というよりは、王宮にとって大切なものを保管する倉庫という感じだ。


「足元に気をつけろ」とジュリアンは言い、奥へと進み始めた。


「王家の肖像画は一番奥の方に保管されている。途中で棚にぶつかって、国宝を壊したりするなよ」


 肖像画、やはりそうか。あたしはうつむいた。もはや確認するまでもなく確信している。あたしはジュリアンについて行き、王家の肖像画がたくさん保管された倉庫の奥までたどり着いて、ずらりと並ぶ油絵の中、「マリエラ王妃」というラベルのついた絵画の前で立ち止まった。


 この人がエリオットのお母さん……あたしと同じ地味な顔をした――。


「――って、めちゃめちゃ美人やないかいっ!」


 あたしは思わず絶叫した。


 その肖像画に描かれていたのは、まさに絶世の美女だった。ふっくらとした色白で可愛らしい顔立ちに、愛くるしいバラ色のほっぺ。ぱっちりした丸い目には嫉妬するほど長く豊かなまつげが生えている。プラチナの金髪はもしかするとカツラかもしれないが、そんな髪型にもゴージャスなドレスにも負けない美貌と豊満な体つき。貴族の肖像画は多少の美化をされることを差し引いても、絶対に間違いない。マリエラ・シューバッハ王妃は、あたしとは似ても似つかないゴージャス巨乳美人だ。


 あたしの反応にジュリアンは首をかしげた。


「どうした? 美人で当たり前だろう、あの兄上の実母だぞ。不細工の遺伝子など1ミリも入ってるわけがなかろうが」

「ああ……そうね……言われてみればその通りだわ……。ちきしょう3分前の自分を殴りたい」

「なんだ、お前もしかして兄上の母親に自分が似ているんじゃないかと思ったのか?そんなわけないだろバーカ」


 ……ぐうの音も出ません。どうぞお好きなだけ罵ってください。


 ジュリアンは心底呆れたように腰に手を当てて、笑いもせず鼻から息を吹いた。


「マリエラ王妃に限らず、王族は皆美男美女揃いだ。我が国では、政略結婚に積極的ではない。ある程度の家柄や教養は当たり前に求めるが、婚姻によって力を強めたり牽制をする国政は執っていない。むしろお互いに強い好意をもってこそ、良き夫婦、良き国政へと繋がっていくという考え方だ」


「確かに……あのアステリアも見た目は良かったし、さっき見かけたお姫様も大層綺麗な人だったわね」

「そう、アステリア嬢も、爵位よりその容姿を見込んで推薦された。夫婦仲うんぬんだけではない、国民だってやはり見目麗しい当主を好む。武力や権力だけで民を従えられる時代ではなくなった――ゆえに、外見の麗しさ、カリスマ性は、王族には必要な能力なんだ」

「それで、王族みんな美形揃いに……」


 あたしの言葉に、ジュリアンはシリアスな顔で頷いた。それから目を伏せ、独り言のようにつぶやく。


「……美しい女を娶るのが王族の義務……だから。そうでなければ、僕だって別に……おまえが嫌いというわけじゃないんだ」


 ジュリアンが「あっちだ」と言いながらカンテラを持ち上げる。マリエラ王妃の絵画から3枚分、奥の方に、その絵があった。

 ほこりの積もり具合から見て、結構古い絵のようだ。15年から20年くらいはあっていそう。中心には金髪の少年の姿が描かれている。


「こ、これは……!」


 あたしは目を見開いた。少年の腕に抱かれていたのは……。


 ジュリアンが顔をそむけて、苦々しい言葉を言う。


「これでわかっただろう。兄のいうおまえへの愛は、偽りのものであるということを……!」


 あたしはがっくりと膝をついた。


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