乞われて来ました

『拝啓 ジーナ モビール様

 先日の花祭りは、とても楽しかったですね。あれからいかがお過ごしでしょうか? 王都でも似たようなお祭りがあり、王宮から見える街の景色が華やいでおります』


 そんな文面に、あたしは「それはそれより」と短い返事を書いた。


 あの花祭り以来、やはりエリオット王子からの手紙は届き続けている。

 内容は大して変わらない。他愛もない雑談と、近況報告が主である。変わったのは、それに対してあたしが返事を書くようになったこと。

 それこそ特に理由はない。文面も簡素なものだしね。ただ、送られてくる手紙を無視し続けることに居心地の悪さを感じていたのと、エリオットとこうして文通をすることが、不快ではなかったから――ただそれだけでしかないんだけど。


「じゃあこれ。また郵便馬車が来るまで預かっといてね」


 村長宅に手紙を渡しに行くと、リューゴが「はいよ」とぶすくれた顔で、一応受け取ってくれた。

 これで、そのまま待っていると、およそ一週間も置かずにまた王子からの手紙が来る。お互いに届いた翌日には返事を書いているというなんのだけど、このハイペースだとこちらは話すネタが亡くなってしまう。

 ここは平和な村なのだ。父の腰痛が少し良くなったとか、どこのお家の羊で子供が生まれたとか、そんな話しか出来ない。


 王都、王宮にお住いの王太子様にとって、さぞ退屈だろうと思ったが、意外にもエリオットは返事を返してくる。毎回あたしの手紙に感想を添えて。

 筆まめな人だなあ。そんな風に思いながらあたしはいつも封を開くのだった。


 そんなある日のこと。その日は少しだけ到着までの間が空いた。

 1行目は「お待たせしてしまって申し訳ない」から始まった。


『ジーナからの手紙はすぐに読み、すぐに返事を書きたいと思っているのだが、このところ少し忙しかったんだ。隣国の姫君がこちらに留学に来ていて、王宮に滞在されている。王国のことを教え合ったり、町の観光に連れて行ったりして不在がちになっていて……』


「ふーん、お姫様の接待、ね……」


 あたしはつぶやいてお茶をすすった。隣国の姫君の接待とは、楽しそうと言うべきか、それともやはり王太子は大変ねと思うべきだろうか……。自分とは違う世界の住人の生活には想像もつかない。あたしはお茶を飲みながら続きを読み始めた。


『姫はあと2ヶ月も滞在するそうで……その間、少し筆不精になるかもしれない。返事の日が空いてしまうかもしれないが、私からジーナへの思いは何も変わらない。寂しいだろうが、待っていてほしい』


 あたしは思わず笑ってしまった。寂しい? そんなわけあるか。

 ほんの何ヶ月か前まで、あたしの人生に王太子との文通なんてやり取りはなかったんだから。その日が空いたところで何も変わるわけがないのである。

 まあ、確かにこのところ、王太子に話すネタ探しに村をぶらぶらしたりしていたけれど、その時間がなくなるだけ。暇を持て余しそうではあるけれど。


『どうか、ジーナも一度、王宮に遊びに来てほしい。ジュリアンも君に会いたがっているようだから』


「ジュリアン王子が? そんなバカな」


 あたしは笑いながら封を閉じた。彼のこの言葉が本当ならば、手紙の返事は数日おきになるだろうけど、その間にこちらもネタを溜めておこう。王子が聞いて楽しくなるような話……木綿問屋の商売の話なんか、興味ないわよねえ……。


 そんな風に考えながら村長の家を訪ねる。リューゴに手紙を渡すと、彼は仏頂面で受け取ってから、


「ちょうどいい、お前さんにまた手紙が来ていたぜ」

「え、どうしてだろう。こっちはまだ返事を出していないのに」

「エリオットってやつからじゃねえよ。なんか、また別の男だ」


 そう言って投げつけるように手紙をぶつけてくるリューゴ。あたしが受け取るなり、


「ふん、お盛んなこって!」


 と怒鳴りつけ、窓をビシャッと閉められた。

 あたしは首をかしげながら帰り道、封筒を裏返して宛名を見てみる。宛先はやはり王宮だけど、宛名が別の人間の名前になっている。


 ジュリアン・ライン・シューバッハ――第2王子。


 知らない仲ではないが、ジュリアンから手紙が来るのは初めてだった。あたしは足早に家に帰るなり、少々乱暴に封を破く。中を見てみると、文章はとても簡素だった。エリオットとはまた違うけれど、綺麗に整った文字で一言。


『兄上がなぜおまえを選んだのか。おまえのような地味顔を好んで執着するのか。その謎が気になるならば、王宮に来られたし。――ジュリアン』



 人生2度目の王宮訪問である。

 前回、いきなり攫われた時とは違い、今日はあたし1人での訪問だ。

 家中のクローゼットをひっくり返し、なるべく新しくきれいな服を着ては来たけれど……王宮に出入りする貴婦人たちとは比べ物にならない。

 明らかに地味な一般人であるあたしを、城門を守る守備兵は上から下までジロジロと見る。


「なんだぁ、おまえ」

「……あの…………客です」


 守備兵はふんと鼻で笑ってから、銅貨を1枚投げてきた。


「いや、物乞いじゃないんですけど!」

 

 あたしは叫んだ。


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