どうせだったら踊らにゃ損です
いい感じの棒を見つけた犬のような笑顔で駆け寄ってくるエリオット王子。
あたしはもう一度同じ質問をした。
「どうして王子がこんなところにいるんです?」
「もちろん、ジーナを待っていた」
王子は胸を張って即答した。
あまりにあっさり言われたので一瞬たじろいでしまってから、追及するあたし。
「なんか馬のイベントがあるとか言ってませんでした?」
「ああ、午前中までね。どうしても抜けられなかったのでひとまず花束だけ送って、披露会のあと早馬で駆けてきた」
「ああ、それでそんなキラキラの王子様スタイルで……ブーケよりあなたの衣装のほうが花束みたいですよ」
「その頭の花冠、私が贈った花で出来ているね。とても嬉しい」
「……やっぱりそうだったんですね。まあ正直、そんな気はしてました」
「とても似合うよ。そしてそれを着けているということは、私の求愛を受けてくれたということ、だよな」
「いえ、これはただ父親が勝手に作った……それも他の人からのものだと思い込んでたせいです。誰から贈られたのか分からなかったんですよ。名札が無くて」
「名札? そうか、そんなものが必要だったのか」
またあっさりというエリオット。彼が調べた文献とやらにはそれは書いていなかったらしい。書いてなくても考えればわかることだと思うんですが。
「ミモザは私の象徴花で、私の誕生を記念して隣国の王から苗が譲られたことで我が国にも広まった花だから、これを贈ればすべて伝わると思っていた」
勘違いのスケールでかいな!? そういえば教科書で習ったわ、分かるわけないでしょとツッコミにくいわ!
あたしと王子がそんな惚けた会話をしていると、ずっと横で黙っていたリューゴが突然大きな声を出した。
「お、おいっ、なんなんだよおまえっ! この村のもんじゃねえだろ、王都の人間かだな? いきなり横からしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
おっと!? リューゴ、エリオット王子のことが分かってない!?
そうか、高等学問を受講することなく王都に出たこともなければ、王族の顔を知る機会がないものね……。
あたしは驚きのあまり、リューゴを窘めるのが遅れたが、当の王子は特に気にした様子もなく。何の敵意もない表情で、首を傾げた。
「村の人間でなくても参加はできると文献にあった。念のため村長殿にも、直接、許可をいただいたが……」
リューゴはグッと呻いて黙った。はい残念。村長は、村長の息子よりも偉いのだ。
「ジーナ、おまえはどう思ってるんだよ。花冠を作ってなかったってことは、こいつからも受けるつもりはなかったんだろ」
「ん、うーん。まあ……そうね」
「王都のヤツは鼻持ちならなくて、カップルになるなんてありえない、だろ!?」
『ありえない』――それはそうなんだけど……。
正直それは、リューゴも同じ。こいつとカップルになるなんて絶対にありえない。それに鼻持ちならないウンヌンは、リューゴにだけは言われたくない。
エリオットは確かに市民の気持ちがわからない、天空人って感じだけれども、居丈高な人間ではない。ただちょっと世間知らずなだけだ。村人Aであるリューゴにも父にも、エリオットはいつでも丁寧だった。
イケメンへの嫉妬か、顔を真っ赤にして大騒ぎしているリューゴを見ていると、ちょっと愉快な気持ちになる。だってリューゴはあたしのこと、『誰からも誘われるわけがない女』とかってさんざん揶揄して来たからね。ちょっとくらい鼻を明かしてやりたい、なんて考えたりして……。
あたしはわざとおどけたように肩を竦めた。
「別に、花祭りで踊ったら婚約成立なんて厳密なもんじゃないし。遠路はるばる都会から遊びに来たひとに、地方観光を楽しませてあげてもいいんじゃないの」
そう言って、あたしはエリオットの手を取った。
「せっかくだから、踊りましょうか、エリオット様」
「ちょっ――」
「心配しなくていいぞ、少年」
エリオットはリューゴの耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「まだまだ、口説いている最中だ。今日いきなり攫って帰ったりはしないから」
リューゴの顔色はいよいよ赤を通り越して赤黒くなり、やがて蒼白になる。
「うわーん、覚えてろ!」
あ、また急にキレてどっか行った……なんなんだあいつ。
視線だけでリューゴを追っていると、エリオット王子があたしの顎を優しく掴み、自分のほうをクイと向かせた。
視界にはエリオットの顔だけが映る。
「私と踊っている間は、他の男を見ないで、ジーナ」
エリオットはあたしの腰に手を回した。
際限なく流れ続ける音楽に、タイミングを見て足を載せ、踊りに入る。とたんに上空から花吹雪が舞い降りてきて、視界は花びらでいっぱいになった。
村の広場が美しい色彩に溢れる。
あたしは驚いた。あたしは最初、王都の学校で学んだ上流階級向けのワルツを踊るつもりでいたのだけど、エリオットの踊りは、宮廷の者ではなくこの村の花祭りで踊られてきたものだったのだ。
踊りながら問うてみる。
「エリオット様、どうしてうちの村の踊りを知っているの?」
「学んだのさ、もちろん。君と踊るために」
さらりとそう言ってのける。
「いったいどうやって……?」
「文献に書いてあった。ただ図解も師もいなかったから、宮廷舞踏家と相談しながらの独学だ。ゆえにまだ手習い程度。君はとても上手だな、ジーナ」
そんなことはない気がするけど……。
「それじゃあ、あたしがリードをしてあげましょう」
あたしはクスッと笑って、エリオットの腰に手を回す。あたしのリードで、エリオットはとても楽しそうに踊っていた。
不思議、それがなんだかとても嬉しくて、楽しい。
王宮で話した時はエリオット王子がとても遠い存在に思えたのに、今は全然緊張しない。まるでずっと同じ村で暮らしてきたみたい。
きっとエリオットが心から踊りを楽しんでいるからだ。王太子として貼り付けた微笑みではなく、無邪気な子どものように笑っている。きっとこれが本来の彼の、自然に零れた笑顔なのね。
彼の笑顔につられたのか、あたしの表情もほころんでいく。
あたしとエリオットは手を取り合って、楽しい時間を過ごしたのだった。
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