花祭りならば華やかに

 ――まさか。

 ……いや、本当にまさか、だわ。あの人が、こんな小さな田舎村のお祭りに来るわけがない。あたしは自分の妄想に溜息を吐いて、ぶっきらぼうに、扉を開いた。

 案の定、そこにいたのはリューゴだった。なぜかひどい仏頂面をしている。

 あたしはなんとなく、彼以上の仏頂面になり、全力の不愛想で応対した。


「何しに来たの?」

「メアリーちゃんに振られた」

「でしょうね」


 思わず笑ってしまう。それは単純に「ざまあみろ」という気持ちでしかなかったけど、リューゴは何故か、赤面した。


「何、喜んでるんだよ。ばーか」


 そんなことを言って、突然あたしの手首をグイと掴んだ。


「仕方ねえから、おまえで我慢してやる」

「はっ? なに、なんであたしが」

「花束なら贈ってやったろ、それを受け取ったんだから、責任取って来いよ。もうダンスは始まってるんだぞ」


 何を言っているのこの男は。リューゴから花をもらった覚えなんかない。

 まさかあの、投げつけられたやつのことを言っている? そんなのバケツに放り込んだきり、当然花冠なんて編んでいない。あたしはリューゴの手を振りほどこうと藻掻いた。


「知らないわ、離して! 花冠も無いし――」

「今から作ればいい。祭りが終わるまでには出来るだろ」

「そんな簡単な仕事じゃ――」

「ほいジーナ、着けていけ」


 父親が後ろから、ポイっと簡単に投げつけてくる。ミモザとスズランだ。あの花瓶の花を急ごしらえで冠に仕立てたらしい。木綿問屋、仕事が早すぎるんだよ! いも虫みたいな太い指してるくせに器用な親父だな、くっそがぁ!


「なんだその花、誰の……」


 リューゴはその花冠を見て、一瞬だけ不快そうな顔をしたけれど、この際何でもいいと妥協したらしい。あたしの手をぐいぐい引いて、家から引きずり出してしまった。


 もう……仕方ない。失恋したリューゴの見栄のために、今日だけ付き合ってやるかね。

 あたしは途中であきらめて、黄色の花冠を被ったまま、リューゴと共に広場へ入っていった。



 村の広場で行われている花祭りは、もう終わりかけていた。みんな一通り告白を終え、成就したカップルが一度は踊り終えたところだろう。各々、あちこちに散らばって二人並んで座り、なにかを語り合っている。

 途中、メアリーを見かけた。しかし彼女は花冠を被っておらず、広場の外側に並ぶベンチにひとりで座って、他人の踊りを眺めているだけだった。


「メアリー! ブーケで花冠を作らなかったの?」


 あたしが声をかけると、可愛い顔をこくりと頷かせた。


「うん……たくさん届いてはいたんだけどね。わたしが好きな人からは無かったから……」

「えっ、メアリーが片想いしてるってこと? 嘘、信じられない」


 メアリーに好きと言われて断る男なんているはずない。だってメアリーは本当に綺麗な女の子だもの。女のあたしが言うのは何だけど、間違いなくこの村で一番の、いや唯一の美少女と言っていい。


「わかった、きっとそいつメアリーのこと高嶺の花だと思って、挑戦もせずに諦めたんだ。花束持って家まで行って、山積みになってるのを見て引き返したのよ」


 あたしが言うと、メアリーは黙ってあたしを見上げた。


「……そうかしら」

「間違いないって。先週からあたしが何度『メアリーの髪に似合う色の花をくれ』って言われたと思う? リューゴだって――」


「おい行くぞ、ジーナ」


 話している途中でいきなりグイっと腕を引っ張られる。リューゴが横暴なのはいつものことなので、あたしははいはいと頷いて、メアリーに手を振った。メアリーもベンチに座ったまま微笑んで、手を振ってくれた。

 花祭りは佳境を迎えていた。ダンスの会場となる、広場の中心には櫓(やぐら)が組まれ、色とりどりの花や蔓で飾られている。櫓の頂上には村長が立ち、花びらを盛大に巻いていた。


 降りしきる花吹雪の中、手を取り合って踊る男女。今日、このお祭りで成立した者だけでなく、もともと付き合っていたカップルや熟練の夫婦も踊っている。

 田舎の村では収穫祭の次に賑わうのがこの花祭りだった。みんな普段着に造花をくっつけているだけという、王宮の舞踏会に比べればひどく素朴な衣装だけれど、笑顔は満開。

 田舎の村らしいシンプルなダンスを、それでもみんな楽しく踊っている……はずだった。


 しかし……。


「……なんかあそこ、騒がしいな?」


 広場に近づくと、リューゴが首を傾げながら目を細めた。


 例年ならほとんどの村人がマイペースに踊っているだけの広間に、なぜか人だかりができている。その中心にいる人物に気付いて、あたしは「げっ」と声を漏らした。


 人混みの中、ひょこっと頭ひとつとびぬけた長身の男がいた。サラサラの金髪が風になびいて輝いている。

 色とりどりの花冠を被った女性達は、みな彼に釘付けになっていた。男子たちは、せっかくダンスに誘えた彼女が突然自分のほうを見なくなったことに戸惑っている。

 あたしにはその理由がわかる……この闖入者は、でたらめに顔が良い。それはもう、童話から飛び出してきた王子様のごとく。全然例えになっていないけども。

 あたしはがっくりと肩を落とし、頭を抱えて呻いた。


「なんでここにいるのよ、エリオット王子……」


「あっ、ジーナ!」


 あたしの呟きは独り言くらいに小声だったはずなのに、なぜかエリオットはすぐに聞きつけ、振り向いた。

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