花の贈り手


 エリオットからの手紙はそれからもたびたび届いた。

 内容はまあ、特にどうということはない雑談。時候の挨拶に始まり、近況の報告と問いかけ、そして、お誘いの文で締められる。


『今週末は世界中の王侯貴族が集まってお抱えの馬師自慢、もとい馬術披露大会があるのだ。私も、自らその手綱さばきを披露する予定でいる。ジーナにもぜひ見てほしい。もちろん夜には社交界があるのでご馳走も食べられるぞ』


「……週末は村の花祭りです。大事なイベントなのでお断りします……と」


 あたしはそう書いた手紙を折りたたみ、封筒に入れて糊付けする。

 エリオットは、何度断っても懲りずに様々なイベントに誘っては来るが、一つのイベントにつき一度断れば、しつこく粘着してくることはない。これでしばらく静かになるだろう。


 あたしは、エリオットのことが嫌いではない。こうして誘ってくれることは嬉しくないわけではない。タイミングが合えば、まあ一回くらい顔を出そうかなーくらいには思っていた。

 けど今週末は本当に忙しいのだ。

 年に一度の催事『花祭り』は、この村にの一大イベントである。特に若い男女にはね。なにせこの村のほとんどが、この花祭りをきっかけに付き合い始めるものなのだから。


 まず男子が祭り前日までに花束を用意して、女の子の家に置いていく。花束に付けられた名札を見て、女の子は送り主の想いを知る。愛の告白を受けるなら、その花を冠飾りにして、祭り会場――村の中心部にある憩いの広場に出てくるのだ。これにより二人は村公認のカップルとなり、他のライバルを完全に牽制するのにも役立つというわけ。


 さてこのあたしジーナ・モビールも、花も恥じらう十八歳。花祭りでは主役の一人――と言いたいところだけれども、あいにく我が家は木綿問屋。花農家さんと王都をつなぐ関係で、花の卸もやっている。この日のために大量に仕入れた花をブーケに仕立てる作業で大忙しだった。


 父とあたしの二人係で作業台兼食卓で、ひたすらブーケを作っていく。そんな中、またコツコツと窓が小石で叩かれた。


「おいジーナ! だれかおまえに、花を届けた男はいたか?」


 ……また来た、リューゴだ。


「来てないわ」


 作業しながらあたしが言うと、リューゴはとても楽しそうに笑う。


「へへっ、だろうなあ。おまえみたいな地味顔を誘い出す男なんかいるわけない」

「何、あたしを馬鹿にするためだけに来たなら帰ってちょうだい。こっちは年に一度の繁忙期なんだから」

「用事があって来たんだよ、オイラにもブーケを作ってくれ。これ、注文書」


 ひらひらとメモを振っていう。あたしは溜息を吐いて、とりあえずひったくった。


「毎度、ご注文ありがとうございます。あとで家まで届けてやるから帰って、あんたの顔を見ながら作業したくないし」

「ダメダメ、地味顔娘が地味なブーケ作らないか見張ってなきゃ。ほらとびきり綺麗な花を使ってくれよ、メアリーちゃんに贈るんだから」


 メアリーとはこの村いちばんの美少女で、あたし達よりも一歳年下の、羊飼いの娘さんだ。

 あたしは腰に手を当てて嘆息した。


「なにあんた、メアリーのことが好きだったの。言っとくけどライバル多いよ」

「なんだよ嫉妬か? 余計なお世話だ」


 なぜか嬉しそうに言うリューゴ。そんなわけないでしょと言いながら、あたしは青い花をブーケにしてやった。出来上がったのを覗き込んで、眉を顰めるリューゴ。


「やっぱりおまえ、センスねえな。こんな平々凡々な花じゃ、メアリーちゃんが花冠にしてくれててもオイラのだって分からないじゃないか」

「ちゃんとみんな違う花にしてるわよ。それに、どうせ杞憂で終わるわ。今日はメアリー向けのブーケを、もう十個も作ったもの」


 それでもリューゴはどうしても気に入らなかったのか、手に持ったブーケをぽいとあたしの前に投げ捨てた。こらっ、生き物を投げるな!

 あたしが睨むと、リューゴはフンッと鼻を鳴らした。


「そのダサいのはおまえにやるよ。特徴ゼロで、ジーナの顔面そっくりだ」

「なんですってぇ」

「それより可愛いメアリーちゃんに渡すのをまた作ってくれよ。華やかで、ゴージャスなやつ」

「……あっそう。まあいいけども、お金は二束ぶん払いなさいよ」

「もちろんさ、うちは木綿問屋とちがって金があるからな」


 いちいち腹立つ……。

 あたしは黙ってブーケを作りなおすと、リューゴに押し付けた。そのまま扉の外に蹴りだした。これであたしは商売に集中できる――はずだったんだけど……。


 花祭り当日の朝。

 カーテンを開いたら、窓辺に花が置いてあるのを見つけた。それも、どっさり巨大で、なんともゴージャスな花束が。


「これって……ミモザとすずらん?」


 どちらも王都なら沢山咲いている花だけれど、今回、うちは仕入れていない。もちろんあたしはこんなブーケを作った覚えが無かった。

 もちろん自分で摘んできた可能性もあるけど、村の中には咲いていないような……。

 それに、見たことが無いほどの大輪で鮮やかな色だ。ブーケのリボンも、赤く染めた絹に金糸で刺繍までしてある。このリボンだけで花本体よりも高そうだ。

あたしは慌てて、送り主を示す札を探したけれど、見つからない。完全匿名の贈り物だった。


 ……どうしよう、これ。いったい誰が……。


 どこかに贈り主を推察できるヒントが無いかとあちこちひっくり返してみたけれど、花の良い香りをリビングに広げただけだった。


 思わず「いい匂い」と呟いて――ふと、嫌な予感がする。


 まさか……。いや、確かにこんな見事なブーケは王都でも、下町の花屋なんかでは作れない。それこそ王宮の庭園とか――いや、いやいや、そんな馬鹿な。だってあの王太子は今日、馬術の披露会があるとか言ってたし。

 きっと何かの間違い――通りすがりの貴族がメアリーに一目ぼれをし、家を間違えたとか。婚約者を間違える王子がいたくらいだから、ありえる。


 ……なんにせよ、これを受けるわけにはいかない。花祭りに参加するつもりもなかったしね。

 村唯一の花卸し問屋は、花祭り当日も忙しいのだ。

 例年、当日になってブーケのリボンがほどけたとか、花冠が上手く作れなかったとか、花が枯れてしまったと慌てて駆けこんでくる男女が跡を絶たないのだ。誰からも花束をもらえないあたしにとって、花祭りはただただ仕事、稼ぎ時というだけでしかない。あたしは十八年間で一度も祭りに参加したことは無かった。

 ……もしこれが、あの王子からだとしても、受け取るわけにはいかないし……。

 それでも花に罪はない。適当に切り花にして花瓶に差し、テーブルの上に飾っておいた。

 ちょうどその時、二階から父が下りてきた。まだ半分寝ぼけ眼、寝ぐせのついた頭をぼりぼりと搔きながら、


「おはようジーナ、今日は花祭りだな――っと、おお!? それはまさか!」


 テーブルにあった花瓶を見て目を見開く。あたしは慌てて首を振った。


「違う違う、これは別に――」

「誰からだ? いや当ててやろう、リューゴ坊ちゃんだろう!」

「はあっ?」


 父の言葉に、あたしは思わず大きな声を上げた。その驚愕の表情を、図星を挿されたとでも解釈したのか、父親はニヤニヤ笑って頬杖を突く。


「やっぱりそうか。いやよかったよかった、あのあまのじゃくもやっと素直になったんだな。いつもはイイ男なのにジーナの前でだけあんな風で、いったいいつになったらまとまるのかと父ちゃんはずっと気をもんで――」

「何の話よ。リューゴからなんかもらってないし。あいつはメアリーに花を渡すって、今朝注文しに来たのよ」


 その証明として、あたしは「ほら」と、バケツにつっこまれたブーケを指さした。リューゴの注文で作ってやったのに、地味すぎて要らないと投げつけられたアレである。父親はそれを不可解そうに眺めてから、またテーブルの花瓶を指さした。


「じゃあこのミモザとスズランは誰からだ?」

「わかんない、ナナシだった」

「だったらこれがリューゴ坊ちゃんからという可能性があるだろう。ジーナ、店はもういいから急いで冠を作って、祭り広場に行っておいで。きっとリューゴ坊ちゃんが待ってるぞ」

「さっきから何言ってるのよ父ちゃん。もしもそうだとしても、あたしはリューゴなんか――」


 と、言い返そうとしたところでドアベルが鳴った。

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