「助けて兄上!」「なんだこれ」

 不安げな顔で、ジュリアンの表情を確認する女官。

 その目が「どうしましょうジュリアン様?」と問うていた。


 武官たちも、あたしの服を裂こうとはしなかった。あたしが身動きできないように押さえつけてはいるものの、体を傷つけないよう、完璧な力加減が保たれている。


 ともすればパニックになりそうになるのを必死で抑えながら、あたしはなるべく冷静にジュリアンの表情を見た。彼は無表情ではなかった。わたしを嘲ってもいないし、ゲスな笑いを浮かべているわけでもない。むしろ何か焦っている。


 これは……そうか。そういうことか。


 腕組みをしたままジュリアンが吐き捨てる。


「僕も、お前が兄上の他に男がいるだなんて思っていない。初対面の人間の前で体を弄られるのは死にも等しい屈辱であろう。それに、このように男女の手で弄ばれたと村に知れたら嫁のもらい手がなくなる。そんなかわいそうなことは僕だってしたくない」

「だったら今すぐ開放してよ」

「是非そうしたい。お前が兄のもとを去り、二度と姿を現さないと誓うのならな」


 ……なるほど。やっぱりこいつ、検分なんて初めからするつもりがなかったのね。

 ただ単にあたしを脅して、王太子から身を引くように促しているだけなんだ。

 あたしはジュリアンを睨みつけた。


「要するに、あたしが気に入らないってことね。だったら初めから、おまえが妃だなんて認めないと言って城から放り出せばいいじゃないの。なにが審査よ、まどろっこしい」

「そういうわけにはいかない。おまえを選んだのは兄上だ。僕はそれに対して異論を唱えることはできても、勝手に排除は出来ない」

「ここまでやっといて、都合のいい話。だったらお兄さんの思うまま、好きな女と結婚させてやんなさいよ!」

「そういうわけにいかないだろうが」


ジュリアンは至極真顔で言った。


「兄上は正直すぎる。平民の妃など……合法だからといって、周りの人間が祝福するわけがないっ。強引に婚姻を進めては、おまえだって苦しい思いをする。王宮はそんなに甘いところじゃないんだ!」


 …………そうね。

 正直言って、その通りだと思う。こんなことをされておいてなんだけど、このジュリアン王子はまともだ。村娘で、しかもカリスマ性も何にもないクソ地味な貧乳女を妻にしようなどと画策しているエリオットより、ある意味よっぽど正気だった。あたしがジュリアンの立場なら、きっと似たようなことをする。


 バルコニーでエリオットを振ったとき、「不敬罪などと言われないか」って怖かった。血の気を引かせながら、それでもこの人ならばきっと、横暴なことはしない……そう信じられたから断れた。予想通り、エリオットが納得してくれて心底ホッとしたのだ。

 そう、あたしはそれでもう帰るつもりだった。それなのに――その帰り道に捕まえていきなりさらったのはあんたなんですけど! ジュリアン王子!?


 突然、怒りが再燃してきた。一瞬で顔に頭に血が上り、なんとかこいつをへこましてやりたいという気持ちでいっぱいになる。


 あたしは王妃の座なんて、初めから望んでいない。こいつの機嫌を損ねたところで、これ以上あたしの状況が悪くなるなんてことはないだろう。ならば……


「どうした。早く誓え。二度と王太子殿下には近づかないと。それだけでお前は今すぐ家に帰れるんだ」


 あたしは王子を睨んで言った。


「いいえ、誓いません」

「何?」

「あたしはエリオットを愛しています。何があろうとも、彼の恋人となり、妻となり、王妃になりたいと思っています。だから、審査でも検分でも何でも受けます。どうぞ好きになさってください」

「なっ……なんだとぉっ!?」


 ジュリアンが絶叫する。そう、その顔が見たかった!  勝ち誇るあたしの後ろで押さえつけていた武官がコソコソと囁いてくる。


「おい、やめとけって。あの検分ってただ裸になるだけじゃないんだぞ。ちょっと痛いやつだぞ」

「俺たちだって見るの辛いんだぞ。やめとけって」


 足元にいる女官を見ると、彼女も目を潤ませていた。


「ご自分を大事にしてくださいぃ…」


 ……いい国だなー。


 ジュリアンが顔を真っ赤にして、あたしに指を突きつける。


「だ、だったら、本当にやるぞ。この僕がやれって言ったらおまえやられるんだぞ。いいさやってやる。やるぞ。本当にやるからな!?」


 ジュリアンの声が震えている。五人の男女もみな狼狽していて、ジュリアンが「やれ!」と言い出さないかハラハラした面持ちで見つめていた。全員、あたしがこういう風に返すとは全く想定していなかったんでしょうね。視線を交わしながら「どうしよう? どうする?」と相談している。

 武官の力も緩んだ。あたしはその手を振り払い、ベッドの上に立ち上がった。


「ジュリアン様のおっしゃる通り、王族とは尊いもの。ただ血縁、ただ優秀であればその仲間に入れるというものではなく、同時にただ血縁でさえあれば認められるというものでもありません。アステリア嬢はそれで脱落したのですから」

「それはそうだが……」

「だから、存分に確かめてください。あたしが王族になるにふさわしいかどうか。――そして、あなたのことも確かめさせていただきます!」


「……な……何ぃいいっ!?」


 のけぞって反射的に逃げようとするジュリアンに、あたしは飛びかかった。後ろからセミのように張り付いて、羽交い絞めにする。小柄なジュリアンは簡単にあたしを振り払うことはできないようで、ジタバタともがき苦しんでいる。


 離すもんかッ!


「さあさあジュリアン様、見せてください、あなたの体を。あなたが第二王位継承者にふさわしい体の持ち主であるとここであたしに証明してください!」

「し、証明? 馬鹿、なんでだ、僕は男だぞ! 何を証明するっていうんだ!」

「男性機能が正常でなければ男としての役割は果たせません。跡継ぎ作りは女だけでなく、男女二人の共同作業です。妃がちゃんと王の子を生むか不安というのなら、王族がちゃんと妃を妊娠させることができるかどうか、妃だって不安ですよ。跡継ぎを作るのが王族の仕事、その役目が果たせないなら、王族失格ってことでしょう?」

「な、ば、ば、ばかな! そんな……」

「人の体いじくり回すのが正当な行為だっていうのなら、自分が同じことされて文句言うんじゃないわよ! ほらそこの武官&女官! さっさとジュリアンのズボン脱がせて! あんたたちもちょっと見たいでしょ!」


「いえいえいえ、そんなことは決してっ!」


 全力でブンブンと首を横に振る武官たち。とはいえ、あたしを剥がしにかからないあたり、本当はちょっと見てみたいんじゃないかと疑わしいところである。


 あたしとジュリアンはそのままもみ合い取っ組み合い、床でどったんばったんと転がりあった。

 そうしていると突然、バンと扉が開かれた。飛び込んできたのはエリオット。


「ジュリアン!  何をしている! これはいったいどういうことだっ!!」


「ああっ、兄上ぇ。助けてぇぇ!」


 ジュリアンは泣きながら兄の足元にすがっていった。


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