ガチすぎますよ王子様
王宮の舞踏会場に『彼』が姿を現した途端、「ざわっ!」と一気にざわめき立つ貴族達。
あたしは「げっ」と呟き、逃げようとしたが、それより速くその男は駆け寄ってきた。大きな手があたしの肩をガッシリ掴む。
あたしは凹凸の少ない顔を全力で歪ませた。
「……エリオットさま……」
「ようこそ王宮の舞踏会へ。また会えて嬉しい」
端整な顔をニッコニコにして、エリオット王子はそう言った。あたしは半眼になった。とりあえず、カーテシーっぽい動きをしつつ。
「どうも、エリオット様。ご誘拐ありがとうございます」
「ご誘拐? それを言うなら招待だぞ」
はっはっはと笑いながら訂正してくる王子。
どうやら冗談だと思われたらしいけど冗談じゃない。
あの手紙を受け取った翌日、『謹んで辞退いたします』という返信をしたためている最中、どかどかと王国騎士が乗り込んできた。なんぞなんぞと困惑している間にパジャマのまま馬車に乗せられて、王宮に到着したとたんメイドに囲まれドレスを着せられ、ポイッとサロンに放り出されたのだ。これが誘拐でなく招待だというならば、海賊王を乳牛と呼んでもいいだろう。
これについては誘拐首謀者ことエリオット王子の襟首掴んで「すみませんでした海賊王は海賊王です乳牛ではありません」というまで揺さぶってやりたいところだけれど、グッと我慢。どうせ追求したって、聞きやしないでしょうしね……。
エリオットはあくまでも上機嫌だった。遠巻きに見ている貴族たちが、「なにあの女」「王子の知り合い?」とひそひそしていることなど意にも介さず、あたしの手を取り、腰をかがめる。
「ファースト・ダンスはまだだよな? さっそくだが、この私と――」
「――ちょっと待ったぁっ!!」
突然、大きな声が降って来た。
その場にいた全員が反射的に振り向く。先ほどエリオットが出てきたのと同じく、レッドカーペットの敷かれた階段の上に、一人の男がいた。
青年……いや少年かな? あたしと同じか、一つ二つ年下くらい。男性としては小柄、かなりの美男子。しかしふわふわした銀髪にふっくらした輪郭で、カッコいいよりもカワイイという印象がある。
ド平民ゆえ、王族との付き合いなど皆無のあたしでも、彼の顔と名前は知っている。パレードで見たから。
エリオットの弟、第二王子ジュリアン様……。
ジュリアン王子は、細い眉の間に立てジワを浮かべていた。肩を怒らせ、大股で歩み寄って来る。そしてエリオットとあたしの間に体を捩じ込んで、兄王子を睨み上げた。
「兄上! この女が、兄上が招待をしたという平民女ですか?」
「ああ、そうだよ」
明らかに不機嫌マックスなジュリアンに対し、兄エリオットは飄々と、というより普通の顔で頷いた。
「ジュリアンにも紹介しよう、こちらはジーナ」
「地味なのは見ればわかります」
地味なじゃなくてジーナだよ、あたしの名前だよ。
「いやそうじゃなくて彼女の名前、ジーナ・モビールだ」
「地味なモブが居るのは、見ればわかると言ってるじゃないですか」
だから地味なモブが居るじゃなくてジーナ・モビールっていうフルネームなのですよ、それでいうとあなたのジュリアンだってなんかいかにも取ってつけた王子の名前というか、締め切りに追われた作家が現実逃避で書いた小説の中の、二秒で考えたみたいな名前ですよ。たぶんあたしの名前のほうが考えるのに手間暇かかってますよ。
「平民の名前などなんでもいいです、そんなことより兄上、なぜこの娘を舞踏会に? 今回は兄上の新たな婚約者を探し出すためのものでしょう。先日婚約破棄をした公爵令嬢の代わりとして」
「ああ、その通りだ」
エリオット王子は頷いた。あたしは聞こえなかったふりをした。
「アステリア嬢も悪人というわけではなかったが、さすがにな。将来の王妃となるにふさわしい女性とは言えなかった」
「それでその代わりにと連れてきたのが平民ですか。いくらなんでも身分差というものがあります。一体どうするおつもりで?」
「うん、それなんだかな――」
エリオットはそう言って、何やら懐をゴソゴソしたかと思ったら、分厚い本を取り出した。
「国法全書を通読してみた。現在、我が国の法律において、王族は市民と婚姻を結んではいけないという記載は無かった」
通読!? その鈍器みたいな分厚い本を一冊くまなく!?
あ、いや王族なら当たり前……なのかしら。ジュリアンは額に汗をして首を振り、
「いえ、法律とかそういう問題ではなく……」
「だが確かに、実例には乏しい。私が調べたところによると四百二十年前、シベール四世の妻マリアは平民。さらに遡ること百五十年余前のメグ。やはり平民で、王妃のお気に入りの侍女であった。王妃は不妊だったため、自らメグを夫に紹介した。代理出産を頼んだということだな。メアリーは出産後、修道院に送られたが、王妃の死後は王太子の後見人となり後に国王の妻となっている」
「……わざわざ調べたんですか」
「もちろん。裏取りは調査員に頼んだ」
優秀だな調査員。アステリア嬢の学園生活を調べ上げたのもこのひとかな?
「政略結婚が盛んだった中世の時にも例があるということは、現代、不可能なはずがない。――ですよね? と、父、国王にも聞いてみた」
「陛下に通したんですかっ!?」
悲鳴じみた声を上げるジュリアン。本物の悲鳴をあげるあたし。なにやっとんじゃボケェ!
「うん。本当にジーナが王妃にふさわしい女性ならば構わないという言質を取った。ほら、これが誓約書。これが王の血判」
ガチすぎるだろボケェ!!
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