第9話『俺の後輩は脱出したい』

 長い長い待機列を超えて、俺たち3人はようやくイベントハウスのメインエントランスに足を踏み入れた。

 中は入り口付近から拘った装飾が施されている。エントランスの向こうには物販会場があり、その先にお化け屋敷の入り口が口を開けている。

 場内のBGMは不気味さを醸し出す単調なリズムを刻んでおり、イベント会場に相応しい雰囲気を醸し出していた。


「…はぁ…」

「ため息ばっかりだと幸せが逃げますよ?」

「たった今俺から幸せを奪ってる奴がよく言うよ…」

「『最後まで信じ合えるか!?選択が運命を分けるホラーハウス!』だそうだ。なかなか楽しそうだねぇ」


 入口でもらったパンフレットを衣緒が読み上げる。

 腹立たしいことに、ただのお化け屋敷では無いらしい。館内には意地悪な仕掛けが用意されているらしく、パンフレットには『ケンカ注意』と書いてある。

 いや注意じゃねぇよ、仲良くさせろや。


「と言うか、陽垣先輩って幽霊とかダメでしたっけ?」

「はぁ!?別に怖くなんかねーし!バッカじゃないの!?」

「凄い…先輩が見た事ない壊れ方してる…」


 断じて!絶対に!確定的に!幽霊が怖いんじゃない!

 暗がりで襲ってくる未知の存在を警戒してるだけだ!

 そんな強がりも虚しく、遂に俺達が迷宮に足を踏み入れる時が来てしまった。


「マジで行くのかよ…」

「ほら、行きますよ先輩」

「はいはい…さっさと脱出しますかね…」


 迷宮の中は意外に明るく、視認性が悪いと言う事はなかった。

 壁はコンクリートのようになっており、得体の知れない不気味さが出ている。

 和風なお化け屋敷を想像していた俺は少し面を食らった。


「なんか…イメージと違うな…」

「海外のホラー映画とかに近い雰囲気ですね」

「これならミステリーって感じで別に怖くは───」


 突然バンッ!と大きな音と共に壁に赤い手形が付く。

 完全に油断していた俺は、音と演出に背筋がピンッと伸びた。


「…びっっっっっくりした…んだよ急に…」

「あ、先輩見てください。何か文字が浮かんできましたよ」

「あぁん?…『血の手形は奴が来る合図』…?奴って誰だよ」

「この人のことじゃ無いですか?」

「えっ?」


 狼華が指差した先には包帯で顔面をぐるぐる巻きにされた、いかにも正気じゃ無い奴がナタを持って立っていた。


「ぎゃあああああああああああああ!誰ええええええええええ!?」

「こっちだ2人とも!」


 俺と狼華の手を掴んで、衣緒が走り出す。

 生存本能を刺激された俺たちは、コンクリートの壁に囲まれた道を全力疾走した。


「何だあれ!?アイツが壁に書いてあった奴か!?」

「恐らくそうですね。登場を自己申告してくる辺り意外と武闘家気質なのでしょうか」

「言ってる場合か!?」

「見たまえ2人とも!」

「今度は何だよ!?」

「行き止まりだ!」

「ファッ◯ュー!」


 完全な袋小路に飛び込んでしまった。

 背後にはもうナタの男がすぐそこまで来ている。

 終わった…男の手に持ったナタが振り下ろされようとした瞬間、横の壁の一部が目の前に飛び出て来た。

 ナタの男は割って入った壁の向こう側に阻まれ、姿は完全に見えなくなった。


「た、助かった…のか?」

「まだ始まったばかりだろうね。見たまえ、壁の合った場所に通路がある」


 走って来た道は阻まれ、代わりに新たな道が壁のあった場所から伸びていた。

 この迷宮はあの男から逃げながら脱出を目指すのだろう。

 迫真すぎる演出に心臓を刺激されながらも、俺たちは次の道へと進み始めた。

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