第2話『俺の後輩は我慢できない』

 甘崎と手を繋いだまま、俺は大学へと到着した。

 道中で人とすれ違う度に手を離したくなったが、残念なことに甘崎が指の力を弱めることは無かった。


「やっと着いた…」

「もう着いちゃいましたか」


 正反対な感想を述べたところで、ようやく甘崎が手を離した。

 …さっきから人かの知り合いに見られた気がしたが、考えるのはやめておこう。多分メンタルが持たねぇ…


「先輩は確か今日の講義は午前中だけでしたよね?」

「そうだが…何で知ってんの?」

「先輩の知り合いから履修情報を買いましたから。安くない買い物でしたけど、おかげで先輩の予定は完璧に把握してます」

「売った奴の名前を言え。そいつの親知らずを麻酔ナシで抜いてやる」


 何で当たり前のように個人情報が売買されてるのか知らないが、知り合いの中に情報を売る裏切り者がいる事も衝撃だ。

 後で犯人を見つけ出して半殺しにしなくては。


「それより大学終わってからどうします?どこ行きます?」

「何で出かけることは確定してんだよ」

「えっ…行かないんですか?」

「別に行くなんて一言も……あー分かった行くよ!行くから抱きついてくんな!」


 甘崎の無言の圧力に屈した俺は、結局遊びに行くことを了承してしまった。

 渋々了解する俺を見て、甘崎はフンッと鼻を鳴らしてみせた。コイツ俺に勝った気になって調子に乗ってやがる。後で絶対に目に物言わせてやるからなァ…!


「それでは非常に名残惜しいですが私は別教室ですので。非常に残念ですが」

「強調せんでいいから早よ行け」

「良いんですか?可愛い後輩と数時間も会えないんですよ?」

「まず会いたいと思ったことがねぇよ」

「お、照れ隠しですか。可愛くてイライラしてきます」

「誰かー!頭のお医者さん連れてきてくれー!俺じゃ手に負えねぇー!」







 限界まで一緒に居ようとする甘崎を引き剥がし、俺はようやく教室へと辿り着いた。

 既に体力のほとんどを使い切った気がするが、まぁアイツがいないならどんな講義だろうが休み時間と大差ない。


「やァ、遅かったじゃないか」


 教室で空いている席を探していると、眼鏡をかけた女子が隣に座るように手招いていた。

 コイツは加賀島かがしま 衣緒いお。俺の同期だ。

 一部から妙に人気を集めている鋭い眼が、遅れてきた俺を見てニタニタと笑っている。


「席確保サンキュ。朝から厄介なのに絡まれて遅れちまった」

「例の後輩かい?キミにモテ期が来るとはねぇ…」

「そんな良いもんじゃねぇよ。ありゃ半分ストーカーだ」

「そう邪険にするなよ。可愛いじゃないか、わざわざ履修状況まで知りたがるなんてさ」

「どこが可愛いんだか…おい待て、何でお前がそれを知ってる!?」

「知ってて当然さ。だってキミの情報を売ったの、私だもん」

「はぁ!?」


 狼狽する俺を嘲笑うように、衣緒の目がより一層歪む。

 その眼はさながら、獲物を前にした蛇のようだ。


「知り合いの大して重要でもない情報を教えるだけでお金が貰えるなんてねぇ!私のためにもキミには今後も後輩ちゃんと仲良くして欲しいね」

「何で俺の周りには碌な奴がいないんだよ…」


 隣に座る悪魔に頭を抱えながら、俺は講義を受けた。

 講義を受けている間は、ずっと甘崎への仕返し方法だけを考えた。

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