第5話『俺の後輩は名前で呼ばれたい』

「先輩、何か欲しいものはありませんか?」

「何だよ急に」


 ソフトクリーム片手にショッピングモール内を散策していると、突然甘崎がそんなことを聞き始めた。

 今欲しいもの?少し考えてみたが、やっぱ今一番欲しいものは…


「1人の時間かな」

「存在するものでお願いします」

「俺のプライベートタイムって空想上の存在なの?」

「それもそうですけど、できれば物理的なもので」

「サラッと認めんなや」


 甘崎は相変わらずの無表情で甘崎が聞いてくる。

 物理的なものかぁ…今の所、特段欲しいものは無い。


「うーん…」

「本当に何も無いんですか?」

「無いな。別にハマってるものも無いしな」

「そうですか…」

「ってか何でそんなこと気になるんだよ。くれんのか?」

「はい、先輩にプレゼントしようかなと」

「…何を企んでやがる」

「バレてましたか」

「自分勝手の極みなお前がただでプレゼントするとも思えねぇからな。そのくらいお見通しだっての」


 コイツは要求があるならゴリ押す奴だ。

 そんな奴が何かを贈るなんて、それこそ洒落にならない何かをやらかす兆しだろうに。


「で、何が目的だよ」

「…名前」

「なんて?」

「名前で…呼んでくれませんか?」

「………………へ?」


 甘崎の予想外な要求に対し、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。


「…それだけか?」

「そうです。これだけです」

「マジでか!?何で今更…」

「だって…加賀島かがしまさんは『衣緒いお』って呼んでるのに、私はずっと『甘崎かんざき』呼びじゃないですか。私の方が先輩のこと好きなのに…」



 甘崎は恨めしそうに持っていたぬいぐるみを強く抱き締めた。

 別に衣緒を名前で呼んでいたことに特別な意味は無く、ただ純粋に加賀島だと呼びづらかっただけだ。

 しかしそれが、甘崎には違う意味に見えていたらしい。


「別に名前で呼ぶくらい構わねぇよ。えーっと…お前の下の名前って何だっけ?」

狼華ろうかです。狼に華って書いて、狼華です」


 狼華だな、よしっ…

 改めて口に出そうとした瞬間、妙な気恥ずかしさが襲ってきた。ただ名前を呼ぶだけだと言うのに、いざ言おうとすると顔に熱が集まってきた。


「先輩?」

「呼ぶよ!ちゃんと呼ぶから待ってろ!あー………狼華」

「っ!もう一回良いですか?」

「狼華だろ!オラ呼んでやったぞ狼華!これで満足かよ狼華ちゃんよ!」

「……………」

「お、おい…黙るなって…」

「その…良いですね、コレ」


 甘崎…いや、狼華は変わらない無表情なまま、噛み締めるように呟いた。

 たかが名前を呼んだだけなのにここまで喜ばれると、こっちも少しだけ良いことをしたような感じがしてくる。


「今後も名前で呼んでもらえませんか?」

「別に構わねぇよ。呼び方なんて何でも良いだろ」

「じゃあ『俺の』を付けてもう一回呼んでください」

「調子に乗るな!」

「あぅ」


 分かりやすく調子に乗り始めた狼華の額にチョップ。

 狼華の名前を呼ぶ度に俺の顔が熱くなっているような気がしたが、無視することにした。

 コイツ相手に意識しているなんて、口が裂けても言ってやるものか。

 そこからの狼華は、いつも通り俺に引っ付いてきては剥がされる、いつもの鬱陶しい後輩に戻っていた。

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