第7話「教会の影と新たな脅威」後編

 アキラとミカは次の勇者がいるとされる町を目指して歩き続けていた。彼らが到着したのは、閑散とした小さな村だった。だが、その村はすでに教会の影響下にあり、村人たちは彼らに対して明らかな敵意を示していた。


 アキラはすぐにその異様な雰囲気に気づき、警戒心を強めた。「何かがおかしい……」と、内心で呟いた。ミカもまた、村人たちの冷たい視線に不安を感じ取っていた。彼女は焚き火の炎を見つめながら、アキラの背中に自分の不安を託した。アキラの言葉には安堵を覚えたが、彼女の心には、彼が自分たちを置き去りにするのではないかという恐怖が渦巻いていた。


 その夜、アキラたちは村の外れでキャンプを張ることにした。焚き火の前に座り込むミカは、不安げにアキラへ尋ねた。「アキラ、私たちはこれからどうなるんだろう?」


 アキラはすぐに答えることができなかった。彼自身もまた、心の奥底で不安を感じていた。しばらく沈黙が続いた後、アキラは手をかざし、魑魅魍魎の一匹を召喚した。「幽影蛇だ」と彼が静かに告げると、黒蛇のような姿が焚き火の光の中に現れた。その姿はどこか愛らしく、半透明の体が静かに動くたびに、ミカにお辞儀をするような仕草を見せた。


 その様子を見たミカは、思わず微笑んだ。「お辞儀した……」少しの間だけでも、ほっこりした気持ちを味わうことができた。


「他にも何百もの仲間がいる。だから、いざというときは頼れる。最悪の場合でも、『光焔界』に戻ればいい。俺が許可した者しか入れない、こことは別の世界だ」とアキラが説明すると、ミカは少し安心した様子で眠りについた。


 アキラはミカの不安を和らげるために言葉を紡いだが、その声が自分のものではないように感じた。「俺は本当にアキラなのか……? それとも、嗟嘆の記憶が俺を動かしているのか……?」頭の中で何度もその問いがこだまし、自分の存在が薄れていく感覚に苛まれた。「俺はただの道具なんかじゃない……」。それでも、彼は自らに言い聞かせるしかなかった。


 しかし、アキラの心にはまだ拭いきれない不安が残っていた。


 「シンジはもういない……そう、あの時、確かに俺は……」。


 アキラは自分に言い聞かせようとするが、心の中で何かがざわつき、記憶の断片が曖昧に揺れる。


 「俺は本当に彼を……?」その疑念が、じわじわと心を蝕んでいく。もし彼が生きているとしたら、自分はどうすべきなのか? 胸に蘇るのは、かつての友情と、今や深い溝を生んだ憎悪の記憶だ。


 「次に会うときは……俺が彼を裁く」。アキラは固く決意しながらも、心の奥底にある葛藤が消え去ることはなかった。


 翌朝、アキラが目を覚ましたとき、森はまだ薄暗く、夜明け前の静寂が辺りを包み込んでいた。冷たい空気が肌を刺し、焚き火はほとんど灰と化していたが、わずかに残る火の粉が冷気の中で微かに揺らめいていた。彼の吐く息は白く、静かな森の中に一瞬だけ音を立てて消えた。


 アキラは冷えた地面から立ち上がり、素早く周囲を見渡した。霧が森を包み、不安が胸に広がる。突然、霧の中から白いシルクハットに白い燕尾服という奇抜な姿の男が現れた。その姿は、焚き火の残り火に照らされ、まるで幻のように浮かび上がっていた。


「やあやあやあ、おはよう、アキラくん。よく眠れたかい?」


 アキラは一瞬で警戒心を抱いたが、すぐにそれを抑えた。この男は、アキラを蘇生させた張本人であり、恩人でもある「外側の者」だった。しかし、その飄々とした態度がアキラの中に不安を呼び起こす。感謝と警戒が入り混じる中、アキラは男に向かって問い詰めた。


「今度は――なんだ?」


 男はおどけたように肩をすくめた。「おっと、それは寂しいこと言うね。僕は折角、朗報を伝えに来たんだけれどね。まあ、気軽に聞いてよ。今日はちょっとしたお知らせがあってね」。


 アキラは鋭い視線を崩さず、男を睨み続けたが、彼がかつて自分を蘇生させたことを思い出し、わずかに警戒を緩めた。それでも、外側の者の言葉には常に裏があると感じていた。


「実はね、君があの時、刺したと思ってたシンジたち、あれは全部幻影だったんだ。虚空竜が君の覚悟を試すために見せた幻さ」


「幻影だと……?じゃあ、シンジたちは……」アキラの心臓が一瞬止まるような感覚に襲われ、言葉を失った。


「そう、生きてるんだよ」。男の声が冷たく響き、アキラの心に鋭く突き刺さった。「実際、シンジくんは最近教会側で色々やってるらしい。ま、彼がまた君の前に現れるのも時間の問題だろうね」と男は笑みを浮かべながら、まるで些細なことを話すように続けた。


「シンジが生きている……」


 その言葉がアキラの胸に鋭く突き刺さった。心臓が激しく鼓動し、過去の記憶が次々とよみがえってくる。


 かつて、二人は確かに親友だった。校舎の屋上で語り合った夢、互いに校内を駆け抜けた日々。その全てが、今となっては無意味に思えるほど、裏切りの瞬間は衝撃的だった。


 あの日、シンジが自分を突き落とした瞬間の冷たい瞳が、今でも忘れられない。


 「なぜ、あの時……」


 アキラは何度も自問したが、答えは出なかった。今、再び彼と対峙する運命が訪れたと知り、胸に燃え上がる復讐の炎を抑えることができなかった。


 だが、その火が一瞬で揺らいだ。「だが、もし……シンジがまだ生きているとしたら……?」アキラの頭の中で、今まで確信していた事実が急に不確かに感じられた。心臓の鼓動が早まり、嫌な予感が胸を締め付ける。


「なんでそんなことを……」アキラは思わず問いかけた。


「んー、まあ、僕たち『外側の者』にとっても、君の動向は重要だからさ。ちょっとしたアドバイスってやつだよ。これからどう動くかは、君次第だけどね」とフランクな口調で言い放った。


 アキラはその言葉に少し苛立ちを覚えたが、同時に、これから起こる出来事への不安が一層強まった。「あっそうそう、彼も勇者の一人だから早々に退職させちゃってね。殺しちゃってもいいけど」と外側の者が軽い口調で言うのを聞いて、アキラは鋭い目線を投げつけた。


「君が見たものは幻影さ」と外側の者が軽く微笑んだが、その微笑にはどこか不気味な影があった。彼の言葉には、何か恐ろしい裏があるように感じられた。アキラの胸に冷たいものが走り、身を固くした。「……何を企んでいる?」とアキラが鋭く問いかけるが、外側の者はただ静かに微笑んでいるだけだった。「さて、君がどう動くかは君の自由さ、アキラくん」。その言葉にアキラは背筋が冷たくなった。


「おやおや、喜ばしいじゃないか。改めてやっちゃえばいいよ?それじゃあ、僕はそろそろ失礼するよ。がんばってね、アキラくん」。男は軽やかに立ち上がると、まるで風のようにその場から消えた。


 男の姿が完全に消え去ると、アキラは深いため息をついた。再び現れるというシンジの存在が、彼の心に重くのしかかってきた。その胸には、シンジとの再会への不安と、彼をどう迎えるべきかという葛藤が渦巻いていた。


 アキラは立ち尽くしたまま、深い吐息をついた。かつての友が、今や敵として立ちはだかる運命に、胸の内がざわめいた。「シンジ……」アキラは心の中でその名を呼び、再会の瞬間に何を語り、何を成すべきかを必死に思い描こうとしたが、その未来は霧の中にぼやけて見えた。かつての友情と現在の敵意が交錯する中で、彼の手は無意識に銃のグリップを握りしめていた。


 アキラは抑えきれない疑念が心の奥から湧き上がってくるのを感じた。「自分は一体何者なのか……?」「自分はただの道具として利用されているのではないか?」その問いが彼の胸に重くのしかかり、これから取るべき行動について深く考えさせられた。


「俺はただの道具じゃない……」彼は自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、心の奥底では疑念が渦巻いていた。「本当に俺は自由なのか? それとも、知らず知らずのうちに誰かの操り人形になっているのか?」過去の友人たちの顔が頭に浮かび、その一人一人が問いかけてくるようだった。「お前は何のために戦っているのか?」


 彼は過去に向き合い、その意味を懸命に探ろうとしていた。それは、自分が今ここにいる理由、そして自らの存在意義を確かめるためだった。しかし、心の奥底では常に疑問が渦巻いていた。本当にこの戦いに意味があるのか? 自分はただの駒に過ぎないのか? その考えが浮かぶたび、アキラは胸の中で何かが軋むような痛みを感じた。彼の心は、揺れ動く感情の渦に引きずり込まれるようだった。


 しかし、それは容易なことではなかった。「もしも、俺のすべてが無意味だったとしたら……?」その考えが一瞬彼を襲い、足元を揺るがすような恐怖が広がった。


 だが、アキラは拳を強く握りしめ、自らを奮い立たせた。「過去は俺を縛るものではない。過去は、未来を照らすための光だ」。彼はそう自分に言い聞かせながら、再び歩みを進めた。「俺の存在には意味がある。次にシンジと会うとき、その答えを見つけてみせる」


「過去はただの過ちではない。それは未来を照らす光になる」。アキラはそう自分に言い聞かせた。シンジとの対決が避けられない運命だとしても、それが無意味な戦いではないと信じたかった。「俺たちの出会いにも、必ず意味があるはずだ」。アキラは過去の選択に後悔しながらも、その全てが今の自分を作り上げたのだという確信を得ていた。


 そして、次に訪れるシンジとの再会に向け、アキラは新たな覚悟を固めた。「次に再会した時は、俺がお前を裁く」と静かに決意を胸に刻んだ。


 アキラは静かに深呼吸をし、次にシンジと会うときのために、己の力を研ぎ澄ます決意を固めた。「次に会う時、俺は全てを終わらせる……」その言葉を胸に刻み込み、アキラは一歩一歩、確実に準備を進めていった。彼は嗟嘆や永劫獣、虚空竜の体験と記憶を頼りに、今まで使ったことのない術や、封印していた武器を手に取り、その動きを再現してみた。復讐だけではない、シンジとの再会が、アキラにとっての新たな幕開けになることを信じていた。


 その決意が、アキラの胸に新たな力を生み出した。復讐の炎を燃やし続けながらも、彼は希望の光を求めてさまよっていた。「これは終わりではなく、新たな始まりだ」。シンジとの再会が、アキラの運命を決定づける瞬間になるだろう。彼はその未来を受け入れる覚悟を固め、再び歩き始めた。


 アキラは、シンジとの再会が避けられない運命であることを、痛感していた。シンジに対する憎悪と悲しみを糧に、彼は自らの力をさらに磨き上げる決意を固めた。次に会うとき、その瞬間こそが、彼らの全てを決する時だ。アキラは静かに拳を握りしめ、復讐と再生の物語が再び動き出すのを感じていた。

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