第4話「教会の陰謀と新たな仲間」


 アキラが二人目の勇者を退職させたという報せは、教会内に大きな波紋を呼んだ。この異常事態は、女神を信仰する厳格な教会に不安と動揺を引き起こした。勇者という存在が立て続けに二人も消滅したことに、教会の最高司教であるイザベラは深い危機感を抱いた。


 イザベラは、勇者たちが次々と退職させられているという報告を受け、その事態の深刻さを即座に理解した。彼女はこれまでにも、女神に仕える者として数多くの困難に直面してきたが、今回の事態はそれを上回る脅威であると感じた。


 イザベラは、教会の集会場に集まった司祭たちの前で、深く息をつき、静かに目を閉じた。信仰心と責任感に揺れる心を落ち着かせ、女神への忠誠を再確認した彼女は、司祭たちを見渡し、力強い決意を込めて演説を始めた。


「勇者たちが次々と退職させられている。この現象は、明らかに我らの女神の秩序に対する冒涜であり、闇の勢力が我らの世界を乱そうとしている兆しである。女神が創造したこの世界に、何者かが暗黒の意志を持ち込み、光を覆い隠そうとしているのだ」


 イザベラの声は聖堂の壁に反響し、静寂がその場を支配した。彼女は一瞬の間を置き、続けた。


「このような異常事態が続くことは、女神の御意に反する行為であり、我々がこれを見過ごすことは許されない。勇者は我らの守護者であり、女神の意志を体現する者である。その者たちが次々と職を追われることは、天の怒りを招くことになるだろう。これは、まさに堕天使の策謀がもたらす試練に他ならない」


 彼女は力強い視線で司祭たちを見つめた。


「我々は、この闇の勢力に対抗し、女神の光を再びこの地に取り戻さなければならない。そのために、私はここにいる皆に、信仰と勇気を持って立ち上がることを命じます」


 イザベラは深い祈りの中で、女神への忠誠を新たに誓った。しかし、彼女の指が僅かに震えるのを、自分自身で感じていた。「これが正しいのだ」と自分に言い聞かせるが、その言葉が次第に空虚に感じられるのを自覚していた。彼女の心の奥底には、過去に犯した罪の影が今も彼女の心に重くのしかかっていた。


「女神よ……どうか、この暗闇の中で、我らに光をお与えください。この不浄なる者を打ち砕くための知恵と力を授けたまえ」


 教会の鐘が静かに鳴り響き、イザベラはその音に導かれるように行動を開始した。彼女は、この闇の力に立ち向かうために「女神の守護隊」を編成することを決意した。


 イザベラの心の奥には、揺れ動く信念があった。かつて彼女は、勇者の中で最も有望視されていた者を失った経験がある。その勇者は、教会の命令に従わなかったために処罰されたが、イザベラが自らの手でその命を奪った。女神への忠誠を誓う者として、彼女はその行為が正しいと信じようとしたが、心の中には未だにその行為が引き起こした影が残っている。


「私は、間違っていない……女神が見ておられる」


 イザベラは自らにそう言い聞かせながら、アキラという存在に対する恐怖と憎しみを強めていた。彼が教会の秩序を乱す存在であるならば、再び手を汚さなければならないかもしれない。しかし、心の奥底では、彼女は自分自身に問いかけていた。「本当に、この道が正しいのだろうか?」


 イザベラは、女神の名のもとに、最も忠実で信仰心の厚い司祭たちを集めた。彼女はこの任務において、最も信頼できる者だけを選びたかった。選ばれたのは、教会の中でも特に優れた能力を持つ者たちであり、彼らは「女神の護衛隊」として、特別な使命を帯びることとなった。


 まず、彼女が目を留めたのはリュシエンという名の司祭であった。リュシエンは、教会の中でも最も冷静で、鋭い洞察力を持つ者として知られていた。彼は数々の危険な任務を遂行してきた経験があり、その眼差しには何事にも動じない強さがあった。


「リュシエン、あなたにこの護衛隊の指揮を託します。女神の御意を遂行するために、何者にも恐れず、真実を見極める目を持ち続けてください」


 リュシエンは無言で頷き、その瞳には鋼のような決意が宿っていた。


 次に、イザベラが選んだのはアメリアという若き女性司祭だった。彼女は神聖な魔法の使い手として、教会の中でも特に高い評価を得ていた。アメリアはその若さゆえに、時折不安を感じることもあったが、確固たる信仰心と使命感を持っていた。


「アメリア、あなたの力がこの任務には必要です。女神の光をもって、闇を打ち払う力を発揮してください」


 アメリアは強く頷き、自らの使命を胸に刻みつけた。


 さらに、イザベラはベラミーという名の戦士僧を選んだ。彼は教会の護衛を務める兵士の中でも、卓越した剣技と強靭な肉体で知られていた。ベラミーは、教会の守護者として数多くの戦いに身を投じてきた者であり、その身体には無数の傷跡が刻まれていたが、彼の心は揺るぎない信仰で満たされていた。


「ベラミー、あなたには護衛隊の前線を任せます。女神の意志を守るために、その剣を振るい続けてください」


 ベラミーは深く一礼し、その瞳には覚悟が輝いていた。


 こうして、イザベラは「女神の護衛隊」を編成した。彼らの目的は、アキラという謎の存在を追跡し、その正体を暴き、必要とあらば排除することだった。彼らの行動は、命令に従うだけではなく、女神への信仰に基づくものであり、その一歩一歩が神聖な儀式のようであった。


 イザベラは護衛隊を送り出す前に、彼らの前で改めて宣誓を行った。


「女神よ、この者たちを導き、彼らにあなたの光と力をお授けください。彼らがこの世の闇を打ち払うために、女神の意志を遂行することができますように」


 そして、護衛隊はイザベラの命を受け、静かに行動を開始した。彼らの目的はただ一つ、世界の秩序を守るために、女神に背く者を排除することだった。しかし、彼らが対峙することになる相手がどれほどの力を持ち、どれほどの覚悟を秘めているかは、まだ誰も知らなかった。


 一方で、アキラは次なる勇者を探し出すため、静かにある場所へ向かっていた。その場所には、ミカという少女がいた。彼女はまだ若く、勇者としての地位に苦しんでいた。周囲からの期待と重圧に押し潰されそうになりながらも、自らの意志で勇者を辞めたいと願っていたが、その方法を見つけられずにいた。


 アキラが彼女の前に姿を現すと、ミカはその瞳に深い決意を宿し、静かに語り始めた。


「全てを捧げる覚悟がある」と彼女は言った。


 アキラの胸に、その言葉は深く突き刺さった。彼もかつて、愛する者を守るために自らの立場を捨てた過去がある。その選択は、彼にとってあまりにも大きな悲劇をもたらした。守ろうとした者を逆に危険にさらし、彼の手で命を危うくしてしまったのだ。その痛みと後悔は、今もなおアキラの心に深く刻まれている。だからこそ、ミカの苦悩に対して、アキラは強い同情と共感を抱かざるを得なかった。


 実は、この感情はアキラ自身のものではなく、『嗟嘆』の記憶によるものだった。記憶の透過で得た経験が、彼にこの思いを呼び起こさせたのだ。


「ミカ、その覚悟が本物なら、俺が君を退職させることはできる。恐らく、二度と勇者には戻れない。それでも、その道を選ぶつもりか?」


 ミカは一瞬だけ視線を落としたが、すぐに顔を上げ、力強く頷いた。「もう耐えられないんです。私は……自由になりたいんです」


 アキラは彼女の目をじっと見つめ、その覚悟が揺るぎないことを確信した。静かに『分かった』と応じた。


「でも、あなたに知ってほしいことがあります」


 そう言って、ミカは過去を語り始めた。彼女が勇者としての役割に苦しんでいるのは、かつて信頼していた仲間に裏切られ、彼らに力を利用されてしまった過去があるからだ。


「私には仲間がいました。彼らと一緒に冒険をして、この世界を救うんだと信じていた。だけど、彼らは私の力をただ利用していただけだったんです。私を、ただの武器としてしか見ていなかった」


 彼女の声は徐々に震え始め、目に涙が浮かぶ。


「ある日、彼らは私を捨てて、私の力だけを奪っていった。私は一人になり、彼らが私を利用してきたことにようやく気づいたんです。それ以来、私は自分の力を憎み、そして誰も信じられなくなった」


 アキラはその話を静かに聞きながら、ミカの痛みを感じ取っていた。彼女が退職を望む理由、それはただ自由になりたいというだけでなく、過去のトラウマから逃れたいという強い願いだった。


「それでも、君は前に進もうとしている。それは立派なことだ。俺が助ける」


 アキラは優しく微笑み、ミカにそう告げた。ミカは涙を拭い、アキラに感謝の意を示した。


 アキラがミカを退職させようと「退職フィールド」を展開したその瞬間、突然、周囲の空気が変わった。影の中から教会の護衛隊が現れ、アキラとミカに襲いかかってきた。


「ミカ、構えろ。来るぞ!」


 アキラはすぐにフィールドを解除し、護衛隊と対峙する構えを取った。ミカも緊張感を高め、自らの力を解放する決意を固めた。


 護衛隊の一人がアキラに向かって剣を振り下ろす。アキラは影を操り、その攻撃をかわしつつ、反撃の機会をうかがった。ミカは自らのトラウマと戦いながらも、勇者としての力を全開にして護衛隊と対峙した。


「私が……ここで倒れるわけにはいかない!」


 ミカは心の中で叫び、自分の力を試すように、次々と護衛隊の攻撃を防いでいく。彼女の力は徐々に覚醒し、勇者としての自信を取り戻し始めた。


 アキラはその様子を見守りながら、ミカの成長に驚くと同時に、自分の役割を再確認した。


「俺が彼女を守る。彼女にはまだ未来がある……」


 アキラとミカは、互いに支え合いながら護衛隊を次々と倒していく。ミカはついに、自らの力で護衛隊の一人を倒し、完全に自信を取り戻した。


 護衛隊を撃退したアキラは、再びミカの前に立ち、「退職フィールド」を再び展開した。


「もう一度いくぞ、ミカ。これで君は本当に自由になれる」


 ミカは頷き、アキラに全てを委ねた。フィールド内で、ミカの中に宿っていた勇者の力が実体化し、彼女の前に現れた。その姿はかつての彼女自身を模したものであったが、その目には冷たい光が宿っていた。


「これが……私の中にあった勇者の力……?」


 ミカは目の前の分身を見つめ、恐怖と戸惑いが混ざり合った感情が心を支配する。しかし、アキラは静かに彼女を見守り、「気負う必要はない」とだけ告げた。


 アキラは一歩前に出て、勇者の分身と対峙した。分身は無言でアキラを敵と認識し、瞬く間に襲いかかってきた。アキラはその猛攻を冷静に見極め、巧みに一つ一つの動きをかわしていく。その動きは、戦闘中にもかかわらず時間がゆっくり流れているかのように正確だった。


 アキラは分身の動きを観察し、計算する。分身の攻撃はミカがこれまでに培った力そのものだが、アキラにはそれを上回る経験と技術があった。分身の一撃一撃を読み切り、反撃のタイミングを冷徹に見定める。


 そして、アキラは機を見た。分身の攻撃が一瞬緩んだその隙を突き、彼は冷静に拳銃を召喚した。狙いは一切ブレることなく、分身の核に向けて正確に照準を合わせ、迷いなく引き金を引いた。銃声と共に、弾丸は核を貫通し、分身の体は光となって崩れ去った。


 フィールド内に静寂が訪れる。ミカはその場に膝をつき、荒い息をつきながらアキラを見上げた。アキラはフィールドを解除し、ゆっくりと彼女に歩み寄る。


「終わった。君はもう自由だ」


 その言葉には、戦いで見せた冷徹さとは対照的に、かすかな安堵と温かさが込められていた。しかし、その安堵の中に、自分がただ冷徹な役割を果たしたにすぎないのではないかという疑念がふとよぎる。アキラはその感情を振り払おうと努め、再び心を無に戻そうとしたが、その影は彼の心に深く染み込んだ。


 ミカは目を閉じ、涙が頬を伝った。彼女は長い間苦しんできた重圧から解放されたことを実感し、言葉を失っていた。だが、その静寂の中で、彼女は一つの問いを口にした。


「これで……本当に自由になれるの?」


 アキラは彼女の問いを受け、その瞳をじっと見つめた。答えは明白ではないが、彼はそれを伝える方法を知っていた。


「自由は、時に重くて、時に虚しいもんだ。それが何を意味するかは、お前がどう選ぶか次第だ。道は無限にあるが、どれを選ぶかはお前の決断だ」


 ミカはその言葉に静かに頷いたが、その目にはまだ迷いが残っていた。アキラは彼女の肩に手を置き、さらに言葉を続けた。


「自由は、結局は自分の決断次第だ。でも、その結果がどうなるかは、誰にも分からない」


 その言葉は彼自身の心にも響き、自分の道が本当に正しいのか、再び迷いが生じる。しかし、その迷いを表に出すことはなく、アキラは冷静さを装ったまま次の行動に移った。


 ミカはアキラに感謝の意を示し、共に旅を続けることを申し出た。彼女の願いを受け入れ、アキラは新たな仲間として彼女を迎え入れることにした。二人は互いに支え合いながら、次なる目的地へと歩みを進める。しかし、アキラの心には、自分が本当に彼女を自由に導けたのかという疑念が残り続けていた。


 だが、その直後、教会の追跡者たちが再び二人に迫った。彼らはアキラの存在を突き止め、その場で彼を捕らえようとした。アキラは即座に戦闘態勢に入り、ミカと共に教会の追跡者たちを迎え撃つ。追跡者たちは、アキラの能力とミカの覚醒した力に圧倒され、次々と退けられていく。


 戦いが続く中、アキラはミカの戦いぶりを目の当たりにし、その決意と力強さに感銘を受けると同時に、自らの使命の重さを再確認した。彼が進むべき道は、もはや戻ることのできない道であり、その道の先に何が待ち受けているかは、彼自身でも分からない。


「俺はこの道を進むしかない。何が待っていようとも、それを受け入れるしかないんだ」


 ミカはその言葉に静かに頷き、二人は再び歩き出した。背後には倒れた追跡者たちが横たわり、彼らの戦いが残した傷跡が広がっていた。だが、アキラとミカは振り返らず、次なる目的地へと向かう。二人の前には、まだ見ぬ敵とさらなる試練が待ち受けていることを、二人は覚悟していた。


 アキラは歩みながら、ふと自分の手を見る。今しがた戦いで使ったその手は、かつて自分が知っていた手と同じものなのか。それとも、自分はただ戦うための道具に成り果てているのか。ミカの隣を歩きながらも、その疑念が彼の心を覆い尽くしていた。

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