第12話「闇堕ち司教の覚悟」
イザベラは、アキラによって退職させられ、すべてを失った。彼女が向かったのは、ヒルジの丘の麓に佇む古びた教会だった。馬を走らせる彼女の心臓は激しく鼓動し、背後を振り返るたびに、不安がさらに大きくなっていった。森の不気味な静寂は、彼女の心の奥底を映し出すかのように、恐怖を一層煽っていた。教会の尖塔が木々の間から見えた瞬間、彼女は馬を止め、大きく息を整えた。
「ここが……ヒルジの丘の教会……」
彼女の声はかすれ、恐れと期待が交錯していた。イザベラの心には絶望と焦燥が入り混じり、教会に踏み込む一歩一歩が重く感じられた。彼女が教会に人生を捧げ、司教の地位にまで登り詰めた日々は、今や遠い過去のものとなったように感じられた。アキラの冷たい言葉と無情な態度が、彼女の心を絶えず鋭く刺し続けていた。
イザベラの脳裏には、教会での過去が鮮明に蘇っていた。権力を手に入れるために何度も裏切りを重ね、無数の犠牲を払ってきた。かつて、誰よりも信頼していた友人を手にかけた瞬間が、今でも彼女の心を締めつける。「これで良かったのだろうか……?」その問いが胸に重くのしかかった。
ヒルジの丘には、不気味な静寂が漂っていた。古びた教会が佇むその地には、風も鳥の鳴き声もなく、ただ重い沈黙が支配していた。門をくぐると、まるで別世界に踏み込んだかのような感覚がイザベラを包み込み、その先に待つ運命を予感し、さらに緊張が高まった。
教会に足を踏み入れたイザベラを待ち受けていたのは、年月による荒廃が色濃く刻まれた内部の姿だった。床にはひびが入っており、古い祭壇は埃にまみれ、かつての栄光が失われたことを物語っていた。ステンドグラスのひびから漏れる光は色褪せ、教会の朽ち果てた姿をさらに際立たせていた。
「ここも……私のように朽ち果てていくのね……」
彼女は呟き、慎重に歩みを進めた。崩れかけた壁や、ほこりまみれの床を見つめながら、彼女は教会の奥へと進んでいく。自分の足音だけが響き渡る中、イザベラの心には一抹の恐怖が忍び寄った。アキラへの憎しみと裏切りの痛みが入り混じり、彼女の決意を揺さぶっていた。
祭壇の前にたどり着いたイザベラは、そこに一人の男が待ち構えていることに気づいた。彼女が教会に入った時には誰もいなかった。それなのに、男はいつの間にかそこに立っていた。彼は静かに微笑み、まるで彼女が来るのを予測していたかのようだった。
「やあやあやあ、イザベラ。よく来たね。ここで君に新たな力を授ける儀式を行うことになるよ」
その声には、飄々とした柔らかさがありながらも、どこか不穏な響きを持っていた。彼こそが外側の者であり、彼女に新たな運命を示す存在である。彼は儀式の内容を淡々と説明し始めた。
「この儀式によって、君はサキュバスとしての力を覚醒させる。その力は、君の美しさと魅力を極限まで引き出すが、その代償として、かつての自分を完全に捨て去らねばならない。理解しているかな?」
イザベラは一瞬ためらったが、心に宿るアキラへの執着と野心が、迷いを完全に打ち消した。過去の裏切りと挫折が頭をよぎり、彼女はそれを強引に振り払って決意を固めた。
「あの時、私は全てを捨てる覚悟を決めた」
イザベラは心の中でそう呟きながら、外側の者の言葉に耳を傾けた。彼女の心の中で、かつての自分が薄れていく感覚が、次第に現実味を帯びてくる。アキラとの関係が頭をよぎる。彼への愛情が残っていることに気づき、彼女の心は揺れた。しかし、復讐の炎がその揺れをすぐに打ち消した。
「覚悟はできているわ」
彼女の声には決意がこもっていたが、その裏には一抹の不安が潜んでいた。過去の栄光と裏切りが交錯し、彼女の心に疑念が芽生えていた。
「君が手に入れる力は絶大だが、その先に待っているものは、君の想像を超えるかもしれないよ」
外側の者は微笑みながらも、その言葉には不穏な響きが含まれていた。イザベラは胸の奥に小さな疑念が芽生えるのを感じたが、それを振り払うようにして頷いた。
「そうだね。では始めよっか」と外側の者は言った。
イザベラは古びた祭壇の上に横たわり、外側の者が彼女の周囲に奇妙な模様を描くと、すぐに呪文が低く、重々しい声で唱えられた。イザベラは体の中を走る電流のような鋭い痛みに身を震わせ、全身に汗が滲んだ。祭壇の周りの空気が歪み、次第に意識が朦朧としていく中、彼女は自分が何か恐ろしいものに変わりつつあることを直感的に感じた。
「痛みと快楽、その両方を感じるだろうね。まあそこは、耐えるしかないね。これは新たな力を手に入れるために必要な試練だから」
外側の者の言葉と共に、イザベラの体に激しい痛みが襲った。まるで全身の血管に熱湯が注ぎ込まれたかのような感覚が彼女を襲い、彼女は歯を食いしばり、耐えたが、その次の瞬間、甘美な快楽が押し寄せ、彼女の意識はぼやけ始めた。
「これが……サキュバスの力……」
激痛が走るたびに、彼女の意識は過去の記憶へと引き戻された。教会での権力闘争、裏切りの数々――それらが次々と脳裏に浮かび、彼女の心を締めつけた。過去の記憶がフラッシュバックし、アキラとの思い出が彼女の中で交錯する。その度に、彼女の決意が揺らぎかけたが、その揺らぎを必死に押し殺した。
「アキラ……」
彼女はアキラの存在が自分にとって何であるかを改めて考える。彼を手に入れたいという欲望と、彼を失ったことへの痛みが交錯し、彼女の心をかき乱した。
儀式が進むにつれて、痛みと快楽が交互に訪れ、そのたびに彼女は自分が変わっていくのを実感した。サキュバスとしての本能が目覚め、欲望が解き放たれるたびに、彼女はかつての自分が崩れ去っていくのをはっきりと感じた。
イザベラがサキュバスとして覚醒した瞬間、教会の壁に不気味なひびが走り、異形の存在が現れた。それは外側の者が用意した最後の試練であり、彼女が完全にサキュバスとしての力を受け入れられるかを試されるものであった。試練に直面したイザベラは、自分が新たに得た力を試すため、強力な魔法を放ち、その力がどれほど強大かを目の当たりにする。しかし、その力がもたらす快楽と恐怖に、彼女は戸惑いながらも、徐々に魅了されていった。
儀式が終わり、イザベラはゆっくりと起き上がり、周囲を見渡した。彼女の身体はまるで別人のように変わり果てていた。肌は滑らかで、目つきは鋭く冷たくなり、全身から妖艶なオーラが漂っていた。彼女はその変化を受け入れながらも、かつての自分が完全に失われたことに一抹の不安を抱いた。
イザベラが近くにあった古びた鏡の前に立つと、彼女の姿が妖艶なオーラに包まれていた。目の前の鏡には、かつての自分とは全く異なる女性が映っている。青白い光が彼女の肌を滑らかに照らし出し、その背後に広がる影は、まるで彼女の心の闇を象徴しているかのようだった。彼女は一瞬、自分の姿が歪んで見えるのを感じたが、それをすぐに振り払った。
「これでいい……これが私……」
彼女はかつての自分を完全に捨て去り、サキュバスとして生きる決意を固めた。新たな力を得たことに喜びを感じながらも、その力がもたらす代償を無視することができなかった。手が一瞬老化したように見えたが、その奇妙な変化は一瞬で消え去った。
儀式が進むにつれ、イザベラの意識はかつての記憶の中へと引き戻された。司教としての高みへと登るためにどれだけの裏切りを行ったか、そしてそれが自分をどれほど冷酷な人間に変えたかが、彼女の中で鮮明に甦る。だが、その全てを投げ捨てる覚悟を決めた瞬間、過去の恐怖が一瞬彼女の心を襲った。
「本当にこれでいいの……?」
教会での権力闘争、裏切り、誘惑――それらの記憶が、彼女の中に新たな力として蘇ってきた。イザベラはかつての自分が持っていた人間らしさが次第に消えていくのを感じながらも、それを受け入れるしかなかった。彼女は自分が過去にどれほど冷酷になったかを思い出し、その冷酷さが今の自分を支えていることに気づいた。
「私は……誰よりも上に立つために……」
彼女は過去を振り返りながら、新たな自分として再び力を手に入れることを誓った。そして、その力を使ってアキラに対する復讐を果たすために動き出すことを決意した。それが本心でないことも、薄々気づいていた。彼女はアキラを憎む一方で、彼を自分のものにしたいという欲望が彼女の心を掻き乱していた。
アキラへの復讐心が燃え上がる一方で、彼を自分のものにしたいという欲望が、彼女の心を支配していく。サキュバスとしての力が目覚めるたびに、彼女はその甘美な感覚に身を委ねる自分に嫌悪感を覚えながらも、抗えなかった。彼女はその欲望に抗おうとしたが、次第にその感覚に溺れていく自分に気づいていた。
アキラを自分のものにしたいという欲望は、彼女の中に潜む孤独と失敗の記憶から来ていた。彼女はアキラにすべてを奪われたが、同時に彼が唯一の理解者になり得る存在であることに気づいていた。だからこそ、彼を手に入れることで、自分の存在意義を取り戻そうとしていた。
「見てなさい、アキラ。あたしの虜にしてあげるわ」
サキュバスとしての力が彼女に快楽を与える一方で、彼女の中の人間らしい感情が次第に消え失せていく。かつての自分を思い出そうとするが、記憶は薄れ、感情が次第に冷たくなっていくことに気づく。それでも彼女は、力を手に入れるためにそれを受け入れるしかなかった。
「いいね。その意気だよ」
外側の者は軽く拍手で迎え、続く言葉を述べた。
「しかし、力には代償が伴うことを忘れてはいけない。君にはある依頼を果たしてもらう必要があるんだ」
「何かしら?」とイザベラは尋ねた。
「イザベラ、君にはある人物を探り出してほしい。しかし、その裏にはもっと大きな計画が隠されていることを覚えておくといい。成功すれば、さらなる力を与えよう。だが、失敗すれば……」
外側の者の声には、冷酷な響きが混じっていた。その言葉には、不穏な響きが含まれていた。イザベラはその裏に隠された何かを感じ取ったが、彼女の心に宿る復讐心と野心が、その不安をかき消した。
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