第11話「絶望の暗闇」

 目の前の男は、成金趣味の黄金の玉座に堂々と腰掛け、不敵な笑みを浮かべていた。肘掛けに肘を当てて頬杖をつきながら、アキラを自信満々の表情で見下ろしている。彼の体勢には余裕が漂い、支配者としての確信が見て取れた。


 アキラは、そんな勇者風情に淡々と最後通告を告げた。


「退職してもらう。それだけだ」と冷静に語りかける。


 この言葉は表面的にはただの退職の宣告であるが、その背後にはアキラの強い覚悟と、使命に対する責任が込められている。声に迷いはないが、心の奥底では別の感情が渦巻いていた。


 勇者は鼻で笑い、成金趣味の黄金の玉座にふんぞり返る。


「退職だと? この俺が地位を捨てるとでも思うか? この力で街を支配しているんだぞ。ここは俺の領土だ。お前を狙う教会の連中なんていくらでもいるだろう。俺を倒したところで、何も変わらない」


 アキラは無言のまま勇者に一歩ずつ近づいた。その歩みには自分自身の迷いが重なっていた。毎回こうして勇者を退職させることに意味があるのか? 使命に生きることで自分を守ってきたが、それが本当に正しいのか疑念が静かに心の奥で広がっていく。


 勇者は冷ややかに笑みを浮かべ、挑発するように続けた。


「お前がその使命を果たして、何が残るか考えたことがあるか? 仲間も信念も、すべてを失ったお前に何が残る?」


 その言葉にアキラの心が一瞬揺らいだ。だが、その感情はすぐに封じ込められた。アキラの瞳には無数の戦いの記憶が刻まれている。かつての仲間たちは次々に裏切り、去っていった。その裏切りの記憶が、アキラの冷徹さを作り上げていた。それでも、「これで本当にいいのか?」という問いが、心に浮かんでは消えていく。


 ミカは背後で鋭い目を光らせ、部屋の隅々まで見渡していた。勇者の手下たちがアキラに向ける視線は鋭かったが、アキラの冷徹さに怯んでいるのがわかる。


「アキラ、気をつけて」とミカが静かに促した。彼女の声には警戒と不安が入り混じっている。彼女もまた、アキラの変化を感じ取っていた。アキラの冷たさの裏に潜む葛藤を。


 アキラはミカの言葉を無視するかのように、冷静に勇者を見据えた。その瞳には冷たく固い決意が宿り、場の空気が一瞬にして凍りついたような静寂が広がった。


 勇者が再び口を開こうとした瞬間、アキラは閃光のごとく一気に距離を詰めた。無駄のない動作で勇者の襟首を掴むと、力強く玉座から引きずり下ろした。驚愕の表情を浮かべる勇者に、アキラの拳が容赦なく打ち込まれる。


 だが、勇者は笑いを止めなかった。「こんなことをして、どこへ向かうつもりだ?」と嘲りの混じった声で呟く。


 その言葉に再びアキラの心が揺らいだ。「これで本当にいいのか?」使命に対する疑念が浮かび、消えては心に押し込められる。それでも拳は止まらない。生き延びるためには、全ての勇者を退職させるしかない。これはアキラに課せられた宿命であり、再び死ぬことを拒むための唯一の方法だった。


 豪華な装飾品が輝く部屋は権力を誇示していたが、その煌びやかさがかえってこの無慈悲な戦いの冷酷さを際立たせていた。金色のカーテンが微かに揺れ、時間が止まったかのような錯覚を覚えさせる。


 アキラの心には、過去の裏切りと失望が絶えず渦巻いていた。信じていた仲間に裏切られた苦い記憶が、彼を冷酷にし、無慈悲に変えていた。この戦いは、単なる任務ではなく、蘇生の代償だった。そしてそれを果たすことで、自らを守る唯一の道だった。それでも、勇者の言葉は、アキラの心にわずかながら疑念を残していた。


「お前は何も分かっていない……」アキラの声は低く、凍てつくような冷徹さが滲んでいた。振り下ろされる拳に迷いはなく、勇者の顔が血に染まっていくが、アキラは無感情に見つめ続けた。


 外から突然、大きな物音が響いた。手下たちが増援を呼んだのだろう。扉が激しく叩かれ、場の緊張が一気に高まる。


「時間がない」とミカが冷静に警告する。


 ミカは素早く周囲の動きを読み取り、即座に手下たちの動きを封じた。彼女の鋭い視線が放つ冷気のような緊張感が部屋全体を支配していた。


 アキラは勇者を玉座に戻し、無造作に椅子へ押し込んだ。肘掛けに押さえつけられた勇者の手に、小太刀が無情に突き刺さった。


「やめろ!」と勇者が叫ぶ間もなく、アキラは素早く動き、もう片方の手にも同じように小太刀を突き立てた。


 勇者の叫び声が豪奢な部屋に響き渡ったが、誰にも届くことはなかった。周囲の手下たちは、アキラの圧倒的な殺気に動けなくなり、その恐怖にただ押し潰されるように立ち尽くしていた。


「やめてくれ!」勇者は何度も叫んだが、アキラは冷酷に銃口を手下たちへ向け、淡々と引き金を引いた。銃声が響き渡る中、次々と手下たちが倒れていく。生存者は、もはやアキラとミカ、そして勇者だけだった。


「退職フィールド」とアキラが冷たく呟くと、黒い半球体が周囲を覆い尽くした。


 部屋は瞬く間に暗黒に包まれ、異次元のようなねじれた空間になった。勇者は目を見開き、何が起きているのか理解できずに声を上げた。


「なんだ……これは……」


 アキラは冷静に言葉を続ける。「これが退職だ」


 勇者の体から徐々に、半透明になった勇者の擬人化された職業が分離していく。勇者が最後に何かを叫ぼうとするが、その瞬間、アキラは冷徹に核を撃ち抜き同時に本体である勇者の方も頭を撃ち抜いた。

 霧散していく擬人化された勇者を見つめるアキラの表情は冷徹そのもので、感情のかけらも見えなかった。ただ、彼にとっては任務の一環に過ぎなかった。それでも、彼の心にはわずかな疑念と苦悩が残っていた。


 アキラはゆっくりと小太刀を回収し、無言となった勇者を無表情で見下ろす。勇者の最期の言葉が彼の耳に再び響く。「何なんだよ、お前は……」


 その問いかけは、まるでアキラ自身への問いかけのようだった。彼の心には次第に膨らむ疑念が渦巻いていたが、それでもアキラはその感情を押し殺し、無表情でその場を立ち去った。


「俺か? 退職代行者だ」


 魑魅魍魎たちはアキラとミカの後を追い、彼らの仕事が終わったことを悟っていた。食事が終わり、満足げに退散する魑魅魍魎たちを尻目に、アキラとミカは冷静に外へと歩み出す。


 外に出ると、乾いた風が吹き荒れ、太陽が容赦なく照りつけていた。


 街の外に出ると、雰囲気は一変していた。重く乾いた空気が彼らを包み込み、照りつける太陽が無情にも光を注いでいた。まるで、アキラたちが成し遂げた行為を自然が否定するかのような厳しさがそこにあった。


 アキラはその過酷な環境にも動じることなく、次の行動を冷静に見極めようとしていた。その時、激しい勢いで街中を駆け抜ける馬に乗った人物が目に飛び込んできた。イザベラだった。彼女はまるで何かに追われているかのように必死に馬を走らせていた。


「あれは……イザベラか?」アキラは驚きの声を上げた。心の奥に一抹の不安が広がる。


「さっきまで落ち込んでいた様子が嘘のようね……」ミカも驚きを隠せず、眉をひそめる。


 アキラはその光景を見て、教会からの依頼主、つまり外側の者が「殺さずに退職させてくれ」と言っていた理由に何か意味があるのだと感じた。だが、今の段階ではその理由を理解することができなかった。イザベラが急いでいる理由と、その行動の背後に隠された意図が、アキラの頭を悩ませた。


「彼女はどこに向かっているんだ?」アキラは疑問を抱きながらも、その答えを見つけることができなかった。イザベラの目的地が彼らの使命にどのように関わってくるのか、まだ見えてこなかったからだ。


 イザベラはアキラたちに一瞥もくれることなく、そのまま馬を疾走させて街を去っていった。彼女の向かう先は、ヒルジの丘。外側の者が言及していた場所だった。アキラの直感が、その丘には何か重要なことが待ち受けていると告げていた。


「ヒルジの丘……まさか彼女もそこへ向かっているのか?」アキラはしばらくの間考え込んだ。


「彼女が何をしようとしているのかは分からないけど、今は私たちのやるべきことに集中しましょう」とミカが冷静に促す。彼女の言葉には、今の状況を最優先すべきだという強い意思が込められていた。


 アキラは頷き、再び自分たちの使命に意識を戻すことにした。イザベラの行動が何を意味するのかは依然として分からなかった。しかし、彼女の変化がこの先の戦いにどのような影響を与えるのか、アキラの心に不安が募っていた。この新たな展開にどう対処すべきか、彼の心は悩み続けていた。


 その夜、アキラは焚き火の前に座り、炎を見つめながら思索に耽っていた。静かな夜空の下、揺らめく炎が彼の影を不規則に踊らせる。その炎は、彼の内なる葛藤を映し出しているかのように感じられた。


「俺は本当に正しいことをしているのか……」アキラは自問自答した。彼の使命、つまり勇者を次々と退職させることは、蘇生の対価として与えられた任務だった。だが、その任務が正しいものなのか、彼はますます疑念を抱くようになっていた。女神の意図、そして紅女神の謎が、彼の心に影を落とし続けていたのだ。


 アキラが炎を見つめながら考え込んでいると、ミカが彼の隣に静かに座った。


「私たちはいつも正しい選択ができるわけじゃない。だけど、信じるしかないの。それが私たちの使命だから」彼女の言葉には、確固たる信念が込められていた。


 彼女の言葉は、アキラの心に微かな光をもたらしたが、その光はまだ遠く、不確かだった。アキラは静かに頷き、再び自分の決意を固めた。使命を全うするしかない。それが自分が生き延びる唯一の道であり、彼の未来のために避けて通ることのできない戦いだった。


「誰かが生きのびるということは、誰かが死ぬことだ」とアキラは心の心奥で人知れずつぶやいた。


 すでに通算五人目の勇者を退職させ、勇者以外でも一名を退職させてきたアキラは、この職業そのものに疑念を抱いていた。「職業」としての核が存在し、それが何らかの形で彼らの意志を支配しているのではないかという考えが、次第に彼の中で大きくなっていた。


「俺は何をしているんだ……」その疑問が再び浮かんだが、アキラはそれを振り払うように立ち上がった。ミカも静かに立ち上がり、彼に寄り添った。彼女の存在が、アキラの心の支えとなっていた。


「行こう、ミカ。次の勇者が待っている」アキラは力強く言った。その声には、新たな決意が込められていた。


 ミカは無言で頷き、二人は再び暗闇の中へと歩み出した。その先に何が待ち受けているのかは分からない。しかし、彼らは確かな目的を持って進み続けることを決意していた。道は険しく、戦いはこれからも続くだろう。だが、アキラとミカは共にその未来へと立ち向かうため、一歩一歩進み続けた。


 静寂な夜の闇が、二人の後ろに広がっていったが、彼らの歩みは決して止まることはなかった。そして、再び訪れるであろう戦いに備え、彼らは前を向き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る