第10話「無情の対峙」

 アキラとミカは、荒野に佇む静まり返った街中を歩いていた。太陽が鋭く照りつけ、砂埃が不吉な風に舞い上がっている。影の濃さが灼熱を物語り、この街は昼間であっても不穏な空気に満ちていた。無数の視線が彼らをじっと見つめているのを感じるが、二人は気にする素振りも見せず、静かに目的地へと歩を進める。


「この街、何かがおかしい……」アキラは異様に静まり返った街並みを見渡し、嫌な予感を抱いた。目に見えない何かが二人をじっと見つめているような圧迫感を感じていた。


「これほどの静寂は異常だ。まるで息を潜めて何かが襲いかかるのを待っているような……」アキラの言葉にはかすかな緊張が滲んでいた。


 ミカもその異変を感じ取り、無意識に盾を握りしめた。「感じるわ、何かが私たちを狙っている。アキラ、ここからどう動く?」


 アキラは彼女の言葉に短く頷き、戦闘への準備を整えた。彼の心には揺るぎない決意があった。「この戦いで、俺たちは自らの使命を果たす。それだけだ。」


 彼の言葉の裏には、アキラがかつて失った家族への記憶が影を落としていた。彼は二度と同じ過ちを繰り返さないと、感情を封じ込め、冷徹であろうとする自分を保っていた。だが、その冷徹さの裏側では、嗟嘆や永劫獣、虚空竜の数千年にも及ぶ記憶がアキラの心を蝕んでいた。彼の心は次第に蝕まれ、自分が何者なのかさえ曖昧になってきていた。


 突然、静寂を破るように、無数の魔法の矢が空から降り注いだ。


「来たわね……」ミカは冷静に言い、盾を構えた。


 アキラはその声に応じて無言で頷き、すばやく銃を構えた。彼の動きには一切の迷いがなく、蘇生の対価として遂行すべき任務に対する覚悟が込められていた。「ここで倒れるわけにはいかない。使命を果たさなければならない。それが俺の役目だ。」


 街中は瞬く間に戦場と化し、魔法の閃光が空を裂き、鋼の刃が無慈悲に交錯する。血の匂いが漂い、地面には倒れた者たちの影が広がっていた。アキラとミカはまるで死神とその使者のように、次々と敵を屠っていった。


「行け!」アキラが短く命じると、魑魅魍魎たちが暗闇から姿を現し、敵に猛然と襲いかかる。彼らはまるで餓えた獣のように、敵を容赦なく食らいついていった。敵の悲鳴が響く中、アキラは一切の感情を見せず、次々と敵を仕留めていく。


 しかし、戦闘の最中、ふと視線の端に小さな子供を抱いた母親の姿が映る。彼女はアキラを見て震えている。アキラはその視線を一瞥するが、何事もなかったかのように再び前を向いた。しかし、その背中は一瞬だけ硬直し、彼の胸中に押し殺した感情が湧き上がる。


「感情を捨てろ……俺はただの機械、使命を果たすためだけの存在だ……もし、感情に流されれば、また大切な何かを失うかもしれない……俺はもう、失うことが怖いんだ……」アキラは自分に言い聞かせ、再び銃を構えた。しかし、その手はかすかに震えていた。彼は戦闘に集中することで、感情を押し殺そうと努めた。


 アキラの一瞬の迷いが、敵に隙を与えた。その瞬間、敵の一人が生き残り、ミカに向かって矢を放った。ミカは即座に盾で防御したが、矢の先が彼女の腕をかすめ、赤い筋が走った。


「ミカ!」アキラは咄嗟に反応し、残った敵を一撃で仕留めた。しかし、ミカが傷を負ったことに対する罪悪感が彼の胸に湧き上がる。


「俺がためらったから……」アキラは拳を握りしめた。「感情なんかに流されるから……」


 戦闘が続く中、アキラは敵を撃ち倒し続けていたが、突然背後でミカが小さく呻く声を耳にした。振り返ると、ミカが肩を負傷し、片膝をついていた。血が彼女の鎧を染めていた。


「ミカ!」アキラは無意識に叫び、すぐに彼女のもとへ駆け寄った。普段の冷静さを忘れ、焦りの色が浮かんでいた。


 ミカは驚いた表情でアキラを見つめた。「アキラ……」


 アキラは彼女の傷を確認しながら、手が震えるのを抑えられなかった。「大丈夫だ、すぐに片付ける」彼は自分に言い聞かせるように呟いたが、その声には普段の冷徹さはなかった。


「こんなことで揺らいでどうするんだ……彼女を守ることが俺の使命だ……」彼は内心で自分を叱咤しながらも、その感情を抑えることができなかった。


 ミカは痛みに顔を歪めながらも、アキラが自分を気にかけてくれていることに気づき、少しだけ微笑んだ。「……ありがとう、アキラ」


 アキラは一瞬彼女の顔を見つめたが、すぐに冷徹な表情を取り戻した。「今は戦いに集中しろ。終わったら手当てをする」アキラは再び戦士としての役割に戻り、冷静に戦闘を再開した。


「アキラ、こっち!」ミカが叫ぶ。彼女は一瞬で状況を判断し、次の攻撃目標を定めていた。


 敵の数は次第に減っていったが、彼らの攻撃は止まらなかった。それどころか、ますます凶暴さを増していった。敵の数が減るたびに、残った者たちは狂気じみた攻撃を繰り出してきた。アキラは汗をぬぐう間もなく、次々と迫り来る剣の刃をかわしていく。彼の腕には疲労が蓄積し、呼吸も荒くなってきていた。「どこまで続くんだ……」心の中で叫ぶが、手を止めるわけにはいかない。ミカも同様に敵の猛攻に苦しんでいたが、彼女の目には鋭い光が宿っていた。「アキラ、もう少しよ!」彼女の声が、アキラに再び立ち上がる力を与えた。


 最後の敵が倒れると、戦場には再び重い静寂が訪れた。血の鉄臭さが鼻をつき、剣戟の音が耳奥に残り続けている。まるで戦いの余韻が二人の魂を蝕むかのように、静寂が彼らを包み込んだ。アキラとミカは、互いに言葉を交わすことなく、ただ静かに立ち尽くしていた。彼らの心には、戦いの疲労と果てしない使命の重さがのしかかっていた。勝利の喜びではなく、終わりのない戦いの疲労感が二人を覆っていた。


「行こうか、ミカ。」アキラは疲れた声で言ったが、その言葉には揺るぎない決意が込められていた。彼はまだ、使命を果たすことを諦めていなかった。


「ええ。」ミカも短く返事をし、二人は静かに再び歩みを進めた。彼らの背後には、忠実な魑魅魍魎たちが従い、その歩調はどこか誇らしげだった。


 残された骸たちは、魑魅魍魎たちの進化の糧となり、やがて町は静けさを取り戻した。だがその平穏は、束の間のものでしかなかった。アキラの鋭い直感が、新たな敵の出現を告げていた。


「遅れてきたか……だが、こいつはただの刺客じゃないな。」アキラの目は遠くに立つ一人の影を捉えていた。その者は、他の敵とは違う、圧倒的な存在感を放っていた。


 彼女は金髪のツインドリルヘアを揺らし、鋭い視線でアキラたちを睨みつけていた。彼女の名は、司教イザベラ。教会が送り込んだ、最も危険な刺客だった。


「私は司教イザベラ。異端者アキラ、あなたを討伐しに来たわ。」イザベラは強い声で告げたが、その瞳の奥には不安と迷いが見え隠れしていた。アキラの冷たい眼差しが、彼女を貫いていたからだ。


「これはご丁寧に。退職相談を賜る退職代行者だ。辞めたいなら、すぐにでも100%辞めさせられる。」アキラは皮肉な笑みを浮かべながら、軽く挑発するように言い放った。


「異端者アキラ!」イザベラの声には怒りと動揺が混じっていた。


「退職相談か?」アキラは冷やかに繰り返した。


「違う! あなたの殉職相談よ!」イザベラは叫び、魔法を放った。だが、アキラはその攻撃を冷静にかわし、冷徹な声で呟いた。「退職フィールド。」


 その瞬間、空間は黒い半球体で覆われ、アキラとイザベラを取り囲む異空間が現れた。イザベラは一瞬の間にその異様な状況を察知し、冷や汗を浮かべた。


「これで終わりだ……お前の存在そのものを、このフィールドで終わらせる。」アキラの冷酷な声が響き渡る中、イザベラはその攻撃に対応しようと必死に反撃を試みたが、アキラの動きは一瞬も緩むことなく、正確無比な一撃でイザベラを追い詰めていく。


「これで退職相談は終わりだ。お前は無職になった……」アキラは冷たい声でそう告げ、最後の一撃を放った。イザベラはその場に崩れ落ち、彼女の力は完全に封じられた。


 黒い半球体が消え、戦いの終わりを告げる静けさが再び町に戻ってきた。アキラは立ち止まり、深い息を吐きながら、周囲を見渡した。


「勇者が出張らないのは奇妙だな……」彼は眉をひそめながら、周囲の異常さを感じ取っていた。


 ミカは傷を抱えながらも、「何かが起こらないこと自体が不自然に思えるわ。」と、周囲を警戒し続けていた。


 アキラはしばらく考え込み、静かに頷いた。「わかった。しばらく辺りを回ろう。」そう言い、二人は町の中央へと向かった。彼らが目指すのは、この地で権力を握る勇者の居場所だった。


 町の中央に位置する石造りの建物は、威圧感に満ちていた。薄暗い室内には重苦しい空気が漂い、まるで戦いを予感させるかのようだった。その中心には、威圧的な姿を見せる勇者が座っていた。しかし、それはかつての友人ではなく、別の日本人だった。


「勇者以外の日本人か……久しいな。まさかまたここで顔を見るとは思わなかったぞ。」勇者の声には皮肉と侮蔑が混じっていた。アキラは鋭い目でその男を見据えた。


 かつての仲間との絆は、もう過去のものとなっていた。今、彼に残されたのは、ただ使命を果たすための冷酷な決意だけ。アキラの瞳には、どんな情も映らない冷たい炎が静かに燃えていた。


「この戦いの意味などどうでもいい。俺は、ただ与えられた役割を果たすだけ。それが俺に残された唯一の道……それが、俺の存在理由だ。」アキラは冷徹な思いを胸に、次なる戦いへの覚悟を決めていた。

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