俺だけ勇者専用の『退職代行者』全勇者を消し去る本当の理由 〜神はお前を許さず、外側の者はお前を導く〜

雨井 雪ノ介

第1話「裏切りと再生」前編


 アキラは、吹き荒れる冷たい風に身を縮ませながら、学校の屋上に立っていた。心の中は不安と恐怖で満たされ、親友たちからの不穏な呼び出しが彼をここへと駆り立てた。最近、アキラは周囲で何かが確実に変わり始めていることに気づいていた。友人たちの間に漂う不協和音、学校全体に広がる不気味な沈黙、そして何より、親友シンジの瞳に浮かぶ微かな陰り。それらすべてが、アキラにとって拭い去れない違和感となっていた。


 数週間前のこと——。

 アキラとシンジは、他の親友たちと共に、学校生活を謳歌していた。彼らは毎日のように冗談を言い合い、未来の夢を語り合っていた。しかし、ある日、シンジが学校の図書室で一冊の古びた本を見つけた。それは、学校の地下室で発見されたという、古い時代のオカルト書だった。シンジはその本に強く惹かれ、冗談半分で友人たちと一緒にその内容を探求し始めた。


 オカルト書には、奇妙な儀式や呪文が記されており、それを実行することで未知の力を得られるとされていた。シンジはその力に魅了され、「こんなチャンスは二度とない」と言い、友人たちを巻き込んで儀式を試みた。アキラは最初、儀式に懐疑的だったが、シンジの熱意に押され、最終的には参加することになった。


 その夜、古びた倉庫で行われた儀式は異様だった。呪文を唱え、特定の図形を描き、ろうそくの光で照らされた空間に立つ。儀式が終わると、特に何も起こらなかったかのように見えたが、その瞬間から彼らは少しずつ変わり始めた。シンジの瞳には闇が宿り、他の友人たちも次第に笑顔を失っていった。言葉には棘が含まれ、友情が徐々に冷え込んでいった。


 アキラだけが、その変化に気づきながらも、仲間外れになることを恐れて見て見ぬふりをしていた。だが、親友たちの態度は次第に冷たさを増し、彼らがアキラを避けるようになっていく様子が、彼の心を締め付けた。


 そして今——。

 階段を上るたびに、アキラの心臓は激しく鼓動し、胸が締め付けられるように感じた。彼の頭の中には、数日前の出来事が何度も繰り返されていた。シンジが、そして他の友人たちが、なぜ変わってしまったのか、アキラは理解できなかった。


 屋上に着くと、アキラは親友たちがすでにそこに集まっているのを見た。彼らの顔には、かつての温かさは微塵もなく、冷たい無表情が張り付いていた。アキラは彼らの瞳に、まるで別人のような焦点の定まらない光を見つけた。その光景に、アキラは本能的に危険を感じた。ここにいるのは、かつての友人ではない何か別の存在だという確信が、彼の胸を締め付けた。


「お前、もうここにはいられないんだ」


 シンジの口から発せられた言葉は、冷たく無感情だった。その瞬間、アキラの胸に強烈な痛みが走った。かつての友人が、今や冷酷な排除者となってしまった事実が、彼の心を打ち砕いた。彼の瞳に、一瞬だけ揺らぎを感じた。シンジの手が微かに震え、その表情が一瞬だけ、かつての友人らしさを取り戻したかのように見えた。しかし、その瞬間は過ぎ去り、彼の顔は再び冷たい仮面に戻った。


「シンジ、本当にこれがお前の望みなのか?」アキラは絞り出すように問いかけた。「あの日、俺たちが手を出してしまったものが、本当にお前たちを変えたのか?」


 シンジは冷ややかな笑みを浮かべ、声を低くして答えた。「お前には関係ない。俺たちは選ばれたんだ、お前だけが邪魔なんだよ」


 アキラは、シンジの言葉に潜む絶望を感じ取った。だが、それ以上に彼を傷つけたのは、その言葉に込められた冷酷さだった。かつては笑い合い、信頼し合った仲間たちが、今や彼を排除しようとしている。アキラはその冷たさに打ちのめされ、自分が彼らにとってただの障害物となってしまった現実を突きつけられた。


「シンジたちをこんな風にしたのは、あの本の中の何かだろう? 俺たちはまだ戻れる、今ならまだ……!」


 しかし、その言葉はシンジたちには届かなかった。彼らの瞳には、アキラが見えない何かと激しく争っているような光が見えた。シンジは苛立ちを隠せないように声を荒げた。「もうやめろ……! なんでお前はいつもそんなに……!」


 シンジの声は次第に支離滅裂になり、その顔には憎悪と混乱が交錯した。他の友人たちもまた、一斉に口を開いた。「お前がいると、俺たちが苦しむんだ!」「お前がいなくなれば、全部うまくいくんだ!」


 アキラはその声の裏に、何か恐ろしい存在の囁きを感じ取った。それは、彼らが自分たちの意思ではなく、何かに操られていることを示していた。だが、それでもアキラは、彼らが自ら進んで彼を裏切ったという事実から目を背けることはできなかった。ここまで冷酷な言葉を投げかけられるほどに、彼らの心は変わってしまったのだ。


「お前がいなければ、俺たちはもっと強くなれる!」「お前なんか、最初から必要なかったんだ!」


 その言葉の一つ一つが、アキラの心に深く突き刺さり、怒りと絶望が混ざり合っていった。かつては共に未来を語り合った友人たちが、今では自分の存在を否定し、排除しようとしている。アキラの胸の中で、憎悪が燃え上がり、彼の視界が赤く染まるように感じた。


 シンジが冷たい目で彼を見つめ、無言で彼を屋上のフェンスに押しつけた瞬間、アキラの中で何かが決定的に壊れた。


 アキラの身体が宙を舞い、冷たい夜風が耳元で悲鳴を上げた。地面が恐ろしい速さで迫りくるのを感じたその瞬間、彼の胸に湧き上がったのは、激しい恐怖とともに、シンジたちに対する強烈な憎悪だった。


「こんな終わり方なんて……認められるか……!」

 

 アキラの心の中で、強烈な怒りが爆発した。彼はかつての親友たちが、自らの手で自分を殺そうとしているという残酷な現実を目の当たりにし、彼らに対する友情が燃え尽き、代わりに激しい憎悪が芽生えた。


「シンジ……お前たちをこんな風にしたのは誰だ……!」


 アキラの意識が次第に薄れていく中でも、その問いは彼の心を掴んで離さなかった。彼は最後の瞬間に、彼らが自分の意思で行動しているのか、それとも何者かに操られているのかを考えた。しかし、彼の心はすでに彼らを憎むことで満たされていた。かつての親友たちが、自分を殺そうとする裏切り者であるという現実が、アキラの中で絶望的なほどに確固たるものとなっていた。


「俺を……こんなにも憎ませたのは……誰だ……!」


「これも――運命よ」と耳元で含み笑いをするかのような女性の声が聞こえたが、それに意識を削げなかった。


 そして、地面が目前に迫り、強烈な衝撃とともにアキラの視界は完全に真っ暗になった。彼の身体は激しい痛みに包まれ、意識が薄れていく。しかし、その最期の瞬間まで、彼の心の中で燃え続けていたのは、シンジたちに対する復讐心だった。


「これで終わらせるわけにはいかない……必ず、お前たちに報いを……」


 アキラの最後の意識は、その強烈な復讐心に満たされていた。彼はこのままでは終わらないと心に誓い、いつか彼らに報いを与えることを固く決意した。その思いを胸に抱きながら、アキラの世界は完全な暗闇へと包まれた。

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