第2話「光焔界での覚醒」後編

 永劫獣が消え去った後、アキラの前に現れたのは「虚空竜」と呼ばれる存在だった。その姿は、まるで現実が歪んでいくかのように絶えず変化し続けていた。巨大な影がアキラを覆い、新たな恐怖を彼の心に植え付けた。


 虚空竜の姿は、金属のように冷たく、しかしまるで生き物のように脈動していた。その巨大な体と剥き出しの牙は、圧倒的な威圧感を放ち、アキラの心に恐怖をもたらした。虚空竜の瞳には、無限の知恵と底知れぬ恐怖が宿っており、アキラはその視線に圧倒され、足元が震えるのを感じた。


「これが……俺の求めていた力なのか?」


 アキラは震える声で自問したが、虚空竜はただ無言で彼を見下ろしていた。その存在自体が圧倒的な力を示しており、アキラは拳を握り締めるが、その力に押し潰されそうになるのを感じた。


「汝よ、恐れることなかれ。これこそ現実であり、決して甘くはない」


 虚空竜の言葉は冷たく、しかしその中に揺るぎない信念が込められていた。アキラは心の中で葛藤しながらも、虚空竜の言葉に耳を傾けた。


「俺は……蘇生の対価として、勇者という職業を退職させる事を選んだんだ……」


 アキラは自問自答を繰り返しながらも、心の中ではこれまでの人生と今の現実が交錯していくのを感じた。虚偽と真実、その狭間で揺れる心は、次第に重く沈んでいった。


 その時、虚空竜が静かに言葉を投げかけた。


「アキラ、汝はこの道を選んだ。そして、これからは自分自身の信じるもののために戦うのだ。真実は苦しいものかもしれないが、それでもそれを見極める力を持っているのは汝だけだ」


 その言葉に触発され、アキラは顔を上げた。心の中の混乱は消え去らなかったが、それでも前を向く決意が生まれた。彼が選んだのは、甘美な夢ではなく、厳しい現実だった。そして、その現実を生き抜くための戦いは、今始まったばかりだった。


「汝が抱く恐怖は、憎しみから来るものだろう。その純粋なる力は時として全てを成すものだ」


 虚空竜がそう言うと、突然、屋上にいた者たちが目の前に現れた。五人の友人たちは、蒼白な顔で恐怖に震えていた。


「ここは一体何だ?」


「お前、アキラか?」


「おい、どうなってるんだ?」


「マジかよ? 何なんだよ、これ?」


「うわ、だるい……めんどくさすぎる」


 彼らはそれぞれに何かを訴えていたが、アキラの心には彼らに対する感情が冷え切っていた。


 虚空竜は冷淡に言った。


「汝を殺した者たちだが、随分と悠長であるな。さて、誰から他界してもらうか?」


「どういうことだ?」


 とアキラは尋ねたが、虚空竜は愉快そうに笑って答えた。


「アキラよ、望もうと望むまいと、やらねばならぬ時が来る。それが今だ。相手が他界する方法を選ぶがよい」


 虚空竜が目の前に掲示した半透明の文字盤には、五つの選択肢が浮かび上がっていた。


『ナイフで心臓をひと突きにする』


『竜の奥歯でゆっくりと噛み潰す』


『魑魅魍魎たちに好きなように食わせる』


『黒犬たちにふぐりを食わせてから、ナイフでこめかみを貫く』


『糞尿の海に叩き落として溺れさせる』


 アキラは冷静にその選択肢を見定めた。突き落とされた瞬間の悔しさと憎しみが蘇り、迷いなく『ナイフで心臓をひと突きにする』を選んだ。


 その瞬間、アキラの胸には冷たい感情が湧き上がり、それは過去の裏切りが蘇った瞬間でもあった。アキラは、彼の内なる憎しみと復讐心が、自分の意志か、それとも彼らの記憶から来るものなのかを判別できなくなっていた。


 虚空竜が冷酷に告げた。


「では五人ともアキラの手で殺すのだ。一人ずつ、ゆっくりとな」


 アキラはその言葉に従い、無表情で友人たちに近づいていった。最初に選んだ標的は、突き落とされた瞬間に一番後ろで笑っていた者だった。


「な? おい嘘だろ? 俺たち友達じゃないか?」


 その声にはかつての親しさを思わせる響きがあったが、アキラの心にはその言葉はもはや届かなかった。


 アキラは無言でその者に近づき、静かに刀を持ち上げた。刀が光を反射し、一瞬だけ彼の瞳に映り込んだ。しかし、その瞳にはかつての友情への後悔も、ためらいもなかった。ただ、運命を受け入れる者の静かな決意だけがあった。


 刀が振り下ろされると同時に、相手の声が途切れ、体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。アキラはその光景を冷静に見つめたまま、次の標的に視線を移した。


「よし、次に参るぞ」


 虚空竜の声は無情であり、その響きはアキラの内側にさらに冷酷な決意を植え付けた。


 次の標的は、アキラを突き落とした時に大笑いしていた者だった。今やその者は怯える子羊のように震えていた。目には涙が浮かび、命乞いをしながら震えていた。


「なあ、なんでもする。本当だ、なんでもするから!」


 その声には、かつての強さや傲慢さは微塵も残っていなかった。アキラはその変化を無感動に見つめ、静かに応えた。


「わかった」


 相手は一瞬ホッとした表情を見せたが、その瞬間、アキラは静かに刀を心臓へまっすぐ突き立てた。貫通したことを確認し、刀を横に捻った。同様に夥しく吐血をし、相手は仰向けに倒れた。


「うむ、その調子で最後までやるがよい」


 と虚空竜は促した。


 こうしてアキラは残る三人も同じように、躊躇することなくひと突きにして絶命させた。


 彼らは皆、命乞いを必死にしていたが、あの時の残忍な顔つきはもはやなかった。アキラの心には一切の後悔はなく、ただ冷徹な決意だけが残っていた。


 全員を殺し終えたアキラの瞳には、わずかに光が戻っていた。しかし、その光が自分自身のものなのか、それとも彼らの残した記憶の反映なのか、もはや判断がつかなかった。アキラは徐々に、自分が誰であるのか、その存在すらも曖昧になっていく感覚に苛まれていた。


 それは、失われた希望ではなく、真実を受け入れた者だけが持つ決意の光だった。心の中で、何かが変わり始めているのを感じた。しかし、それが自分の変化なのか、他の誰かの影響なのか、判別がつかなくなっていた。


「しかと見届けた。約束通り汝に武器創造の力を授けよう」


 虚空竜の声は低く、重々しい響きを持っていた。その声を聞いた瞬間、アキラの体には新たな力が流れ込み、武器を自由に創造できる力を手に入れた。彼はその力を感じ、これからの戦いに備えた。


 しかし、同時にその力が自分のものなのか、疑念が生じ始めた。虚空竜は永劫獣とは異なり、この世界の秩序を守る防衛者であり、次元を超える力を持つ者が、その力を誤って使用しないように監視する役割を担っていた。アキラはその視線の中で、自分がその力を正しく使えるかどうかを試されていることを感じた。


「我が力を授かる者は、その意志、強固たるべし。迷いがあれば、その力は災いとなる。汝が選ばれた理由は、その強さを試すためだ」


 虚空竜の言葉には、力を授けることへの警告が含まれていた。彼の声には重みがあり、その言葉がアキラの心に深く刻まれた。


「戦術が広がる、か……」


 アキラの心には新たな恐れが広がっていた。力を手に入れることは容易だったが、それを正しく使うことはさらに難しい。虚空竜の姿は、彼に強烈な印象を残し、彼の使命の重さをさらに実感させた。


「覚えておくとよい。我が力は汝の意志と共に動くが、その意志が迷いによって揺らぐ時、この力は汝を破滅へと導くことになるだろう」


 虚空竜の声は重々しく、その言葉はアキラの胸に深く刻み込まれた。


「汝よ、決してその力に溺れることなく、自分自身の信念を貫く覚悟が求められる。そうでなければ、この力は汝にとって呪いとなるだろう」


 虚空竜は最後にそう告げ、闇の中へと消えた。同時に、アキラの頭に鈍痛が走り、耳をつんざくようなサイレンの音が脳内を駆け巡った。耳を押さえても音は止まず、三半規管を揺さぶる激しいめまいがアキラを襲った。足元がぐらつき、彼は地面に倒れ込んだ。世界が回転し、意識がかろうじて現実に留まっているのを感じながら、虚空竜が去った後もその場にうずくまったまま、しばらく動けなかった。


 新たな力を得たものの、その力が彼にとってどれほどの重荷であるかを痛感し、胸の中でさまざまな思いが渦巻いていた。この力が彼の人生にどのような影響を与えるのか、まだ計り知れないままだった。そしてさらに恐ろしいのは、その力が本当に自分のものなのか、それとも別の誰かの意志が入り込んでいるのか、次第にその境界が曖昧になりつつあることだった。


 アキラは、手に入れたばかりの力の重さに圧倒されていた。自分が選ばれた存在であることを実感する一方で、その力がもたらす責任の大きさに恐れを抱いていた。そして何よりも、自分が本当にこの使命を果たすべきなのか、自分が何者であるのか、その答えを見つけられないことに絶望していた。


 記憶の透過によって得た力が、自分の意識を侵食しているように感じた。どこまでが自分の意志で、どこからが他者の思考なのか、その境界が曖昧になりつつある中、アキラはますます自分が何者なのかがわからなくなっていた。


「俺は本当にこれをやるべきなのか……」


 心に疑念と不安が次々と湧き上がり、彼の精神を蝕んでいた。自分が何者であり、なぜこの世界に呼ばれたのか、その答えはまだ見つからない。だが、すでに状況は動き出しており、やらないという選択肢は彼の前には残されていなかった。やるべきことは明確であり、どの道を選ぶかもすでに決まっている。蘇生の対価として新たな力を得たが、その力が彼にとってどれほどの重荷であるかを痛感していた。


「俺には……逃げる道はないのか……?」


 アキラの胸には、まだかすかな希望が残っていたが、それは次第に薄れていった。永劫獣から授かった不死性は、アキラを死ぬことすら許さない存在に変えてしまった。それは彼にとって大きな力であると同時に、逃れられない運命でもあった。彼が何者であるかが不確かである中で、不死性という重荷は彼をさらに深い闇へと引きずり込んでいった。


 紫色の空に浮かぶ月光の下で、アキラは立ち尽くし、自分が進むべき道を見つけるために心の中で葛藤を続けていた。選ばれた者としての自覚が彼の心を重く押し潰し、その裏に潜む圧倒的な重圧が彼を追い詰めていく。だが、その答えを見つけるのは、まだ遠い未来のことだと感じていた。


「俺は、どうすればいいんだ……?」


 アキラはさらなる疑念と不安を抱きながら、空を見上げた。目の前には広がる未知の世界があったが、その未来には何一つ確かなものがなかった。彼が進むべき道を照らすものはなく、すべてが暗闇に覆われていた。


 その夜、アキラは眠れぬまま、異世界の景色を眺めていた。心の中には依然として不安と迷いが渦巻いていたが、少しずつ、決意が芽生え始めていた。


「この世界で……生き抜くためには、俺が変わらなければならない。どんなに辛くても、逃げずに立ち向かうしかないんだ……」


 アキラは、自分がこの世界で生き延びるために必要な変化を受け入れ始めた。彼が進むべき道はまだ不明瞭であったが、その道を歩むための覚悟は確かに育ちつつあった。しかし、それが自分自身の意志なのか、それとも記憶の透過によって混ざり合った他者の影響なのか、それすらも定かではなかった。


 自らの記憶が混ざり合い、境界が消えつつある中で、アキラは自分自身がどこにいるのか、誰であるのかすら見失いかけていた。それでも進まねばならぬという焦燥感が、彼の心を一層追い詰めていた。


 険しい道が待ち受けていることを


予感しながらも、アキラは一歩ずつその道を進む決意を固めた。そして、新たな力を手に、未知の世界での冒険を始める覚悟を決めた。アキラは、自分が選ばれた理由とその背後にある真実を探り自らの使命を果たすために、前に進むことを選んだ。


 迷いは完全には消えなかったが、それでも彼の歩みを止めることはなかった。むしろ彼を強くする要素となっていた。アキラは、自分がどのような選択をしても、それがこの世界の運命に大きな影響を与えることを理解していた。そして、彼がこの道を歩むうちに、自分が何者であるかという問いに答えを見つけなければならないという覚悟もまた、心の奥底で強くなっていった。


「俺が変わらなければ、この世界で生き延びることはできない。自分の信念を貫き、この世界を導く者となるために戦うしかないんだ……」


 アキラは新たな決意を胸に秘め、その第一歩を踏み出した。数多の困難と試練が待ち受けていることを予感しながらも、彼は前進することを選んだ。未知の未来が広がる中で、彼は自らの道を切り開いていく覚悟を固めていた。しかし、その道の先に待つのが光なのか、それともさらなる絶望なのか、アキラにはまだ分からなかった。


 彼が進む道は、自己喪失と己の存在意義を乗り越えるための旅路であった。過去の自分を探し、未来の自分を作り上げるために、アキラはこの世界で戦い続けなければならなかった。

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